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「なつみになにしたの!?」


 雫が結構強い調子で怒っている。

 そして僕が結構な勢いで怒られている。

 やっぱりというか当然の展開というか、厄介なことにどうやら雫は僕が彼女を、そのなつみちゃんを泣かせたと思っているらしい。


 ……まあ、その通りなんだけどね。

 ただどうも腑に落ちないというか、直接的な原因がよくわからなかったもので。


「ねえちゃんと聞いてる!?」


 おっといけない。

 怒っている雫がこれまたかわいいので、僕はにやけそうになっていた顔を引き締めた。

 罵られてありがとうございますといわんばかりのそんな反応をすれば、雫とその友達ともども変態認定されてしまう。

  

「だいたいトイレの前でなにやってんの? ねえ?」

「あ、いや……なにをって言われると、難しいんだけど……」 


 本当そのとおりだ。一体なにやってるんだろう。

 簡潔に説明すると、うっかりトイレに突撃してしまったので謝ったが、それでも相手がしつこく煽ってきたので軽くいなしつつさらに相手のドッキリも見抜いて完全勝利ってとこか。

 で向こうが泣き入れてきたんで許してやろうかなと。ま、こんな感じかな。ドヤァ。

 ……ってそんなん言えるか。かなりのクズじゃないか。

 しかし恐ろしいことに、さすがに今のはちょっとふざけたけど大筋はあながち間違っていないということだ。

 はたしてこれをできるかぎりソフトに言い換えられるか……?

 うっかりトイレに突撃、まで言った時点でマジで二度と口利いてくれなくなるかもしれない。

 トイレのくだりうんぬんはさっき言わないって約束したし言わないほうがいいとは思うけど、そこだけ省いてどう説明していいか。

 とっさに何も思い浮かばず口ごもってしまう。

 

「こ、これといって特になにも……」

「なにもしてないってことないでしょ! じゃなんでなつみ泣いてるの?」


 当のなつみちゃんはうつむいて小さなすすり声をあげながら、手で目元を拭っている。

 これは困った。

 トイレ覗かれて泣いたとかだったらまだあきらめがつくんだけど。

 なんで泣いてるかって、それは僕のほうこそ聞きたい。なんて言おうものならさらに雫の怒りに油を注ぐだろう。

 僕が答えに窮していると、不意になつみちゃんが目元をぬぐっていた手を伸ばして雫の腕をつかんだ。


「いいの、雫、いいから」

「いいって……、いやでも」

「私だから、私が悪いから……」


 なにこの私泣き寝入りしますみたいなパターン。

 さらに僕の悪人度がうなぎのぼりだ。

 もういい、もういいんだ。どうせ最初から僕が全部悪かったんだ。

 ドッキリを見破ってドヤ顔なんかしてる場合じゃなかった。トイレの時点でさっさと焼き土下座しておけばよかったんだ。

 それかおとなしく部屋にこもってボトラーの仲間入りをしていればよかったんだ。

 というかそもそもこんなのが雫の兄なのが悪いんだ。

 もうすべては僕のせいだってことで、この場はひとまず終わりにしてくれないと……。

 とそのとき。やはり恐れていたことが起きた。


「なになにどしたん?」

「わ~こわ~。雫がキレてる~……」


 リビングの方からやってきた声に心臓が飛び跳ねるほどギクリとする。

 まあ、これだけ騒いでいれば当然だ。敵の増援が新たに二体。完全に包囲された。

 僕はもう完全に腹をくくった。

 

「あっ、どうもお邪魔してまーす」

「え~あれがウワサの雫兄? やだどうしよー」

「ちょっと、ユキ! あ、なんかすいません」

「どうもどうも、はじめまして~」


 雫の友達A、Bが勢いよくしゃべりだす。

 ああ、これはあれだ、なんかうぜえ。うぜえノリっていうやつだ。


「お、おぅっす……」

 

 かろうじてあいさつを返す。僕は元気のないオッスオラの人という謎キャラになった。

 さらに二人追加とか、すでにもう僕のキャパシティをはるかに超えている。

 

「ねえねえちょっとヤバイ、雫兄イケメンじゃん」

「え~ユキ見たことなかったっけ?」


 なんかひそひそやってるけどこっちにも思いっきり聞こえているパターン。

 やっぱうぜえ、これやっぱうぜえやつだよ。これはめんどくさすぎる。


 ……ん? いや……ちょっと待て。今イケメンって言った? 兄がイケメン? 

 この場合イケメンというと、いけ好かない男? いや陰険な男略してイケメン。

 イケメンというかイケメソ? ああイクメン? イタメシ? メリケン? ノリケン?イケメンノンケ? 

 誰がノンケだ。いやノンケだけど。

 僕の頭の中で勝手にイケメンがゲシュタルト崩壊していると、友人A、いやBだがもうどっちがどっちだかどうでもいいけど一声。


「やっぱさすが兄妹だけあって似てますね~」


 似てる? 僕が雫と? 

 そりゃ子供のときは散々言われて、僕も女の子に間違えられたとかあったけど、昔の話だから。

 子供のころなんてどれも似たようなもんじゃないか。

 ん? あれ? でも今も妹達は僕に似てブサイクで……。

 いや違う、妹はブサイクなんかじゃなくて……。そうすると僕は……?

 なんかやっぱおかしいな……。なにかがおかしい。

 

「え、ていうかなに、なつみ泣いてるの? どうなってんの?」

「なにこれヤバ、うちら空気読めてなくない? きゃははは」

「あ、あれじゃない? もしかしてなつみが玉砕したんじゃん?」

「え~マジ? すごくない? なつみぱねぇ~」


 二人のひそひそのうざさが最高潮に達する。

 もう収拾つかなくなりそうな感じだ。もう逃げたい。ザワールドして全力でこの空間を離脱して玄関からダッシュしたい。

 このこそこそやられるのは非常に苦手だ。なにか悪口を言われているのではないかと。

 しかし次の瞬間、どこからともなくそのひそひそを横から吹き飛ばす怒気まじりの声が。

  

「ちょっと、二人うるさい」


 その一撃で二人のひそひそがピタリと止んだ。

 思わずその元をたどると、今のドスのきいた声を出したのはなんとなつみちゃんだった。

 ……今のなんだ? 怖いんだけど。

 彼女は二人に向けてキっとひとにらみを利かせたあと、視線を雫のほうに戻した。

 そしてなつみさんの矛先は二人から雫へと移る。


「雫、どういうこと?」


 泣きべそかいてたと思ったら急に別人になったような声色。

 それに雫も気づいたのか、少したじろいで聞き返した。


「な、なにが?」

「なんか、いろいろ話がちがうんだけど」

「は、話って……?」

「お兄さんのこと!」


 僕にもどういうことかわからないが、さっきまで僕にキレていた雫がなつみさんにキレられている。

 一つわかったのはこの中でのパワーバランスは僕が最弱だということだ。


「お兄さん彼女いないって言ってるよ?」

「そ、そうなの? さ、最近別れたとか? ちょっと情報が古かった……かなぁ?」

「なにそれ、おかしくない? 話したのけっこう最近じゃなかった? あとこの前までは受験だし勉強も忙しいしで、高校入ったら入ったでいろいろ忙しいから相手してる暇ないとか言ってたでしょ? そんな感じでもなさそうだけど」


 まあ勉強大変といえば大変だけど、部活とかやってるわけでもないし。

 休みとかはぶっちゃけ暇ですよね。

 ていうかこの追及今ここでやる? 彼女もいないみたいだしすげー暇そうだったよあの人みたいなことだよね。

 そういうのってできれば後日、本人のいないところでやってほしい。

 僕今ここにいるんだけど。存在を忘れられているのかな。

 

「い、いやほら、もしかして最近彼女と別れちゃって、つい最近結構ヒマになってきたんじゃないかなあって……」

 

 いやだからなんで僕がいないとこでしゃべってるみたいな感じになってるの。

 それにしても雫のやつ、動揺しすぎだろう。

 やはり雫は兄をよく見せようと友達にホラを吹いて回っていたようだ。

 もうこんな風になるぐらいならブサイクのコミュ障オタクですって言ってくれてよかったのに。

 はあ……。でも実際それが兄だとなると嫌なもんだよなあ。

 僕はどうにも申し訳ない気分になった。


「だいたい雫はお兄さんの話になるといつもごまかすし」

「ご、ごまかしてなんてないよ? もともとうちはそんなにオープンじゃないし? だ、だいたいなつみもね、しつこいの!」

「しつこいってなによ! だから雫がごまかしてるからでしょ!」


 なつみ選手大分ヒートアップしてます。

 しかしなにもそこまで怒ることなのか。

 要するにお前のとこの兄貴ゴミのくせに見栄はって嘘ついてんじゃねーよってこと? 

 マジで容赦ない。


「あらら~これは雫の分が悪いねえ」

「もうコーナー追いつめられてるよね」


 外野二人ももうタオル投げそうな感じだし。

 それで僕は……。

 僕には何も、なにかうまい考えも、発言する力もない。

 このままじゃ雫がかわいそうだっていうのはわかってる。

 きっと悪気があってそんなことを言ったわけじゃない。

 そんな嘘をついたのも僕に原因がある。つまり雫は僕にそうあってほしいってことなのだろうか。

 

 一瞬、雫と目が合った。

 あの時に似ている。あの時っていうのはついこの前の、伊織の時の……。

 嫌な感じだ。とても嫌な感じ。何もできない自分。

 ただあの時と違うのは、雫の目が僕に助けを求めていた。

 

『助けて、お兄ちゃんだいすき!』


 とそう言っている。幻聴とかでなくマジで。


 ……いや違う。今のは違う。

 最近ちょくちょく出てくるやつだ。誰かは知らないけど今のは僕じゃない。

 ただ、雫の目が助けを求めていたように感じたのは確かだ。

 かといって僕に何ができるかって言うと……。

 いやダメだ、こんなんじゃ。こんなんなら、さっき出てきたやつに身をゆだねたほうがまだマシな気がしてきた。

 ただ昔の僕はそんなノリで特に深く考えず行動してて……、そうだ、それに妹に限らず女の子は全員僕のことが好きだと思っていた。

 相当にいかれた思考回路だけど……なにもできないで今みたいにひたすら自己嫌悪に陥るよりは。

 こうなったらやるしかない。

 

 ……よし。そうか。なつみちゃんは僕のことが好きだったのか。それで僕のことに関して嘘をつかれてあんなに怒っているわけだ。

 なんだなんだ、僕のことでケンカしているのか。かわいい子たちじゃないか。

 そうだ、そういうことにしよう。

 あまりにも無理がある、がそれでもそう思い込むことによって多少は楽になった気がする。

 そして僕は、言い合いを続けている雫となつみちゃんの間に立つようにして近づいた。

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