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バスの中は座席がほぼいっぱいになるぐらいの混みようだった。
運良く空いていた後部ドア付近の席に伊織が座り、僕がすぐそばのつり革につかまる。
ここはたとえブサイクだろうがレディファーストだ。
バスに揺られること数分、二つ目の停留所で結構な年のおばあさんが乗ってきた。
するとすかさず伊織が席を立ち、おばあさんに声をかける。
「ここ、どうぞ」
「おやぁ、悪いねえ」
ジャマになるので僕はちょっと前の方に移動。
なんの気なしに二人の会話に聞き耳を立てた。
「あらかわいらしい娘だねぇ、高校生?」
「はい、まだ入ったばっかりですけど」
「あ、その制服蓮ヶ丘だね。賢いんだねぇ」
「いえいえ、そんなことないですよ」
「勉強頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
賢いは否定したのにかわいいは否定しなかったな……。
まあ当たり前か。普通今の流れで「はい、高校生ですけどブサイクです」なんて言うわけないし。
そもそもあれはあのおばあちゃんからすれば子供がかわいいって言う意味であって、そういうのを意図したわけじゃないだろうし。
ってどうでもいいじゃないかそんなこと。僕はなにをまじめに考察してるんだ。
でも伊織のこういう風にさっと自然に席を譲ったりできるところは尊敬できる。
僕だったらいろいろ迷った挙句グダグダになりそうだし。
◆◇◆◇◆
バスが学校前の停留所に到着した。
まだここから校内まで少し歩かなければならない。
バスを降りてすぐは生徒たちでけっこう混雑する。
僕は伊織より先にバスを降りて、このまま一人で行ってしまおうかちょっと迷った。
というのは、できれば学校の近くまで来たら伊織とはあんまり一緒に歩きたくない。
これはブサイクと一緒に歩きたくないっていう意味じゃなくて、ただ女子と二人でいるだけでなんとなく目立ってしまうような気がするからだ。
さらに男女のブサイクが二人並んで歩いてたらかなりの破壊力だろう。
とにかく僕はできるだけ目立ちたくないんだ。今までもできるかぎりそうしてきた。
周りだって僕みたいなブサイクなんかに目立ってほしくないだろうし。
露骨に避けるっていうのも悪い気がするし、ここは混雑にまぎれてはぐれたってことで……。
「水樹~!」
呼び止められたし……。
振り向くと小走りで伊織がやってきた。
ブサイクの自意識過剰って最悪な響きだけど、どうもまわりの生徒から視線を感じる気がしてしまう……。
伊織はそんな僕の思惑などどこ吹く風といった表情。
結局連れ立って歩くことになった。
「あのね、実はすごい発表があるんだけど」
ええ? なんだよこのタイミングでめんどくさいな……。
「この前私ね……その、……ラブレターもらったんだ」
ウソつけこのブス。
「え? 今なんか言った?」
「えっ、いや? なにも?」
危ねえ、口に出してたかと思った。
しかしま~た始まったか……。
伊織がいきなりこういうこと言い出すのは中学のころからあった。
告白されただのラブレターもらっただの。
最初のころはものすごく驚いてたんだけど、結局誰とも付き合ったりしてなかったし。
本当に残念、いや悲しい事だ。
ブサイクを受け入れたくないがために虚言癖ができてしまったなんて。
でもウソつけブスとか口が裂けても言ってはいけない。今言いそうになったけど。
僕もブサイクのはしくれとして、そういうふうに見栄を張ってしまう気持ちがわからないでもないから。
ここはいつものように調子を合わせるんだ。
「ウソ!? ほんとに!? よかったじゃん!」
「えっ、あ……うん」
明らかに伊織のテンションが落ちた。一気に空気が重くなった気がする。
ヤバイ。僕のリアクションがわざとらしくて演技だと見抜かれたのかもしれない。
これ以上は危険すぎる。ここは無理にでも話題をそらそう。
「い、伊織、そ、そういえば今日髪型変わってるね。なんかあったの?」
我ながらすさまじく不自然な切りかえし。こういうのって最高に苦手だ。
無視されるかと思ったけど意外や意外、伊織の顔がぱあっと笑顔になった。
「あっこれね、昨日髪切ったついでに変えてみたんだけど……どう?」
どうって言われてもな……。わりとどうでもよかったけど話をずらすために聞いただけだし。
ストレートのロングヘアーから急にポニーテールとはね……。
「うん、まあ……」
「なにその微妙な反応。まえ水樹さ、あのポニーテールのキャラが好きだって言ってたじゃん?」
「いやそれはアニメの話だから。ていうかそれと伊織がポニーテールにするのに何の関係が?」
キョウコちゃんの真似事だって? なにをバカな……、
っといけない。ついきつい口調で言い返してしまった。一瞬で険悪ムードに逆戻り。
三次元を早くもあきらめた僕は当然の流れとでもいうか、けっこう二次元にどっぷりつかっている。
だからそれなりにこだわりみたいのがあるんだけど……また悪い癖がでてしまった。
これじゃ僕だって伊織のことウソつきだとか悪く言えない。
それにことあるごとにブスだブサイクだなんつって……自分だってブサイクのくせに。なんてクズなんだ。
いくらブスだって、こんな奴にこうして口を利いてくれているだけでも感謝しなきゃ。
「ごめん伊織……ありがとう」
「……は?」
「今までありがとう」
「な、何よいきなり?」
「いやなんとなく言いたくなって」
「なにそれ、なに勝手に最終回してんのよ」
よかった。なんかいつもの調子に戻った。
「……さっきの、冗談だから。ホントはラブレターなんてもらってない」
「うん、知ってたよ」
僕はわかってるさ。という意味を込めて笑顔を送った。
「はあ……。ていうかあんたホントにバカね」
……なんでこうなるわけ?
伊織は呆れた顔でため息をついた後、小走りで先に行ってしまった。
ま、いいか。なんか知らないけどいなくなってくれたし。
まだ登校時間までは余裕がある。僕は周りに合わせてゆっくりと校舎へと歩いていった。