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 今僕は便器の前でズボンのチャックを下ろしたままゴムを片手に固まっている。

 一体全体なぜこんなところにこんなブツが……。

 僕にとっては友達の父親の知り合いの兄の嫁ぐらいに縁のないものなので実際に見たのも手に取ったのも初めてだったが、それでもお菓子かなんかと勘違いするということはない。

 いやお菓子だったらどんなによかったか。

 そうそうこれおいしいんだよね~パクってノリツッコミ的なことができるしね。

 ……自分で言ってて超くだらないな。

 さておきこれは平和な我が家に波乱の予感が……いやすでに平和ではないか。

 僕はしばらく呆然としていたが、やがて原因を突き止めるよう頭が動き出すと、まず最初にさっき別れた人の顔が浮かんだ。

 なぜかわからないけど、僕の直感はまず第一容疑者に彼女を上げた。

 

 いや別に彼女がいつもこのようなモノを持ち歩いていて自由奔放にアレしてるとかいうことじゃなくてだ、お守り? じゃないけどなんかそういう感覚で財布とかに入れたりするって言うじゃん。

 まあ実際見たわけじゃなく完全にどっかからの伝聞情報で、ただの童貞の発想なのかもしれませんが。

 いやそもそもがね、高校生にもなって同級生がコンドームの一つや二つ持ってたぐらいで童謡、いや動揺することもないじゃないか。

 こんぐらい普通っすよ。全然、全然ビビってなんかないですわ。僕だってその気になれば買えるしね。ん? そういう問題じゃない?

 

 ……落ち着け。

 よく考えたら、そもそも二宮さんはトイレに入ってないじゃないか。早合点もいいところだ。

 しかし二時間ぐらい滞在したと思うけど、行きたくならなかったのだろうか。恥ずかしいのか遠慮したのかよくわからないが。

 おっとそんなことは今関係ないな。第一入っていたとしてもご丁寧にゴムだけポロっと落とすなんてちょっと考えられない。

  

 次に思い当たったのが櫻井だ。

 もしやあいつが帰り際に地雷を埋めていったのでは。

 櫻井はあわてて部屋を出て行ったので、僕らは部屋でぽかんとしたまま玄関まで見送るということをしなかった。十分犯行可能。

 しかしいくら櫻井とはいえ、常識的に考えてかなりキチガイじみた行為だ。

 人の家のトイレにコンドームを置いていく……さすがに意味がわからない。

 もし櫻井がメールかなんかで「礼儀にのっとって俺様が置き土産をしておいたぜ」とかなんとか送ってきたら、もう二度とあいつと口をきくのはやめよう。

 いや待てよ、トイレにコンドームを投げ込むだけの簡単なお仕事なら、二宮さんだって帰り際先に部屋から出て階段を下りていってしまっていたし、僕が追いつくまでの間十分犯行可能だった。動機は最後微妙な感じになっていた腹いせとかで。


 大体トイレというと、雫だってトイレに入っていたし、泉だって入ったかもしれない。

 僕が櫻井たちを迎えに行く前にトイレに入ったときは、確かにブツはなかった。

 まあありえないとは思うが……すべての可能性を考慮すると一応全員が容疑者になりうるのでは。

 つまり犯人は……この中にいる。真実はいつもひとつだ。

 せやかて水樹、この場合……あかんのとちゃうか。

 仮に犯人がわかったとして、犯人の懺悔とか聞きたくないよ。誰がどんな意図を持って、というのは気になるところではあるが。

 ……とまあこれだけいろいろな推理を展開してみたが、結局のところ、僕がこっそり始末すればいい話だ。

 

 しかしこれが噂の……。と手の上のブツをまじまじと見つめる。

 これが中身がなくて袋だけ、なんて状態だったらまた問題だったが。

 僕はそれをどこに捨てるか考えながら、そのまま用を足すのも忘れてトイレを出た。無防備に思いっきり手に持ったまま。

 

「あ」

 

 すると、ちょうどリビングから出てきた雫と目が合った。

 あ、と口の開いた雫の視線はバッチリ僕の手元に注がれている。

 僕が「あっ」という前に雫は明らかに「あ、やべっ」というような顔をした。それ知ってると言わんばかりの。

 それ以上口に出さずとも、もう問答無用で私が犯人ですというそんな雰囲気があった。

 雫はあわてて真顔に戻したが時すでに遅し。

 わが妹ながらなんていうアホな子だ。 


「……雫、ちょっと」


 僕はそんな雫に向かって手招きをした。

 無視……されるかと思ったが、雫は意外にも素直にこちらにやってきた。

 うしろめたいことがあるからこそ、無視するとヤバいと思ったのかもしれない。

 それとももう観念してるのかも。

 

「な、なぁに?」


 と思ったがまだシラをきるつもりのようだ。

 僕は警察手帳よろしくコンドームを雫の目の前につきだした。


「……これなんだけど、トイレに落ちてたんだけど」

「と、トイレに? そ、それはまたぶっそうだねえ」


 物騒? なんかよくわからん表現をするなあ。

 その謎な返しに二の句が次げないでいると、

 

「……それで?」


 それで? って言われた。

 次になにを言おうか考えていただけなのに、沈黙に耐えられなくなったのかおそるおそる次を促してきた。

 僕にしてみればすでに限りなく100パーセントに近いぐらいに確信しているのだが、雫はまだ知らんふりをする気満点のようだ。

 ……しかし知らんぷりをする雫もかわいい。このまま気づいていないフリをしたい。

 という衝動をこらえ、僕はもう雫が犯人だという前提の上で話をすることにした。


「これ僕が見つけたからよかったものの、父さんあたりが見つけでもしたらどうなってたか」


 本当に危なかった。

 もし櫻井か二宮さん二人のどっちかがトイレに入りでもしたら、長瀬家のトイレにはコンドームが常備してあると思われていたところだ。

 僕の新しいあだ名はさしづめゴム王子というところか……。もしくはゴムゴムの……いややめとこう、考えただけでも恐ろしい。

 父さん、という名前を出したところで雫もぎくっと姿勢を正した。

 そしてそのままどうしたものか迷ったように沈黙しているので、僕はもう一度発破をかけてみる。


「もし父さんがこれを……」

「あーもうやっぱり!」

「えっ?」


 雫が急に開き直って大きな声を出したので少しビックリした。

  

「……それ、はめられたの」

「ハ、ハメられた?」


 一瞬思考停止しかけたがすぐに僕が勝手に変な解釈をしたと気がついた。


「それってどういう……」

「そういうのを、勝手に人のジャージのポケットとかに入れたりすんの! なんかいま部活でそういういたずらがはやってんの!」


 いたずら?

 それはいわゆるわいせつな……違う違う。単なる友達同士のおふざけか。

 ……なるほど、誰かに入れられて気づかないまま帰宅し、トイレに入った時にポロリとこぼれ落ちたということか。

 おそらく僕がトイレから出てきた雫と鉢合わせして奇声を上げたあの時かな。

 しかしなんという危険ないたずらを……。


「一応……それほんとなんだよね?」

「ほ、ホントに決まってるじゃん! ……なに? おどすつもり?」

「ん?」 

 

 まったくそんな気はなかったのだが……。

 父さんにチクったらということか? 

 まあ確かにそういう理由があったとはいえ説明するのは面倒には変わりないし、そういうことがあった、と説明しても必ず信じてもらえる保証はない。

 いたずらでやられたと言ってもなんらかのお叱りを受けそうだな。

 見覚えがあるということは雫自身も入れたり入れられたりをやっているということなのかもしれないし。

 そんなつもりは毛頭ないんだけど……いやでも待て。今こうして雫とまともに話していられること自体得がたい機会だ。

 ここでなんとかわだかまりを……。


「……なんかさ、こんなときに言うのもあれだけどさ……その、いい加減機嫌直してくれないかなぁ」


 無言。

 無言だが、向こうもなにか思うところがあるのだろう。こういう間は必要だ。

 雫は無言で、僕の股間の辺りを見つめていた。

 ん? 股間?


「……なんでチャック開けてるの?」

「え? あっ!」


 そういえば用を足そうとしてズボンのチャックを下げ、そのときブツを発見してそれに気をとられてそのままだった。

  

「ま、まさかそれつけようとして……」

「そっ、そんなわけないだろ! なにを言って……」

「もしお父さんに言ったら、こっちもそのことばらすよ?」

「いやいやいや!」


 意味がわからん、いや意味がわからんとしか言いようがない。

 なんでそんなことでこれでイーブンになったよみたいな顔されなきゃならんのだ。

 大体トイレで用を足すのにチャックを開けてなにが悪い。トイレというのはチャック全開にしていてもなんら問題がない空間なんだぞ。

 ああ、この場合は開けたままトイレから出てきたのが問題なのかそうか。

 といってもそんなもんはただの状況証拠でしかない。いやいや証拠っていうかそういう次元の話じゃないから。

 何で僕がトイレに落ちていたコンドームをいきなり装着しようとすると思った?

 道端に落ちていたものを拾って食うとかそういうレベルの、いや下手するとそれよりもっとハイレベルな行動だぞ。

 百歩譲ってつけるとしてもトイレの中でつけるわ。いやつけないけどね!

 チャック開けたままゴム片手に移動してリビングでつけ始めるとでも思ったか? どう考えてもおかしいだろう。

 開放感を求めてとかそういうこと? 変態的には正解なのかもしれないけど。

 

「ち、違う僕は落ちてたのを見つけただけで……」

「それでこれからつけるんでしょ?」

「いやつけないっての!」

「じゃつけてほしいの?」

「つけて……? それじゃお願いしようかな」


 そうして僕はゴムを雫に手渡した。

 ……手渡した?

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