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 そのとき二人の前に現れた人物とは……。

 ご愛読ありがとうございました。次回作にご期待ください。

 などとやれるはずもなく。

 薄暗い道ですれ違いそうになった牧野さんっぽいけど多分別人(願望)は、ビクっと反応しこちらに顔を向けて立ち止まった。

 不審者にでも声をかけられたと思ったのか、返事をするでもなくそのまま体を硬直させている。

 

「え、うそー、どしたの? なんでこんなとこにいるの?」


 それは向こうも同じ気持ちだろう。というか向こうのほうがその衝動は強いに違いない。

 なんとか状況を読んだらしく、進行方向を指差しながら小さい声で返答する。


「え、ええっと……、ウチそこだから……」

「あーそっか! 二人近所なんだっけ忘れてた~」


 僕もすっかり忘れてた~。やだ~。

 ……いや、まさかこんなところで鉢合わせするとは夢にも思ってなかった。

 相手は別人でもなんでもなく間違いなく伊織さんご本人だ。

 伊織はパーカーにジーパンというちょっとコンビニ行って来るみたいな格好。

 で、実際コンビニの袋を手に下げているという……。

 かたやこちらの二宮さんは模様のついたヒラヒラしたワンピースにニーハイというよそ行き用の服装。

 なんかのブランドなのか知らないけどよさげなカバンを肩にかけている。

 

「でも偶然だね~こんなところで」

「う、うん、そうだね」


 気まずそうにしているのは僕だけではなく伊織もだった。やはりどこかぎこちない。

 これはあれだ、一人で漫画を買いに行ったときにたまたまクラスのリア充グループに遭遇してしまい「なにしてんの」みたいに声をかけられるアレと同系統のやつだろう。

 伊織の気持ちもよくわかる。あれは間違いなく気まずいランキングの上位に入る。

 しかしこの女、暗闇と言うほどではないにしろ日も暮れて視界もあまりよくないのに向こうが伊織だとよく気づいたな……。

 

「あたしはさっきまで水樹くんちにお邪魔してたんだけどね」


 おいおいおい、いきなりなにを言い出すんだ聞かれてもいない情報を。

 ガチで気まずいっていうレベルじゃないぞこれ。

 そういや伊織に連休の予定は? とかって聞かれて結局うやむやになってたけど、なんかマジで僕が伊織の誘いを断って二宮さんと遊んだっぽくなってるような。

  なんか説明しないとヤバイ。いやヤヴぁイ。

 

「こ、これはね、おかしな流れでいつの間にか……」

「いや~、あたしは家の前で帰ろうとしたんだけど、水樹くんが家上がってけっていうから」


 タイミング悪く二宮さんの声に思いっきりかぶった。しかも僕の絞り出した声は小さすぎてかきけされ、存在感ゼロ。

 確かにウソは言ってないが……ウソではないが……。あれはもう無理やり言わされたようなものだ。

 しかしものすごい誤解を生む言い方をするなあ。櫻井のこともたまには思い出してあげてください。

 だいたいそういう情報いらんだろうに。ああ、ちょうちょでも追っかけてそのままどっか行きたい。

 

「そ、そうなんだ~、仲いいんだね」


 僕一人だったらどんな罵声が飛んでくるかわからないが、二宮さんがいるため大きく出れないようだ。

 伊織は同年代の女子に対しては無難な会話しかできないっぽい。

 まあそういうことで今は伊織と二宮さんが会話をしているので僕は関係ないな。

 二人の会話だからね、とりあえず僕は関係ない。邪魔したら悪いし。

 僕はおもむろに携帯を取り出していじりだした。

 

「二人でしゃべってたら結構遅くなっちゃって」

「ははは……」

「それで今帰るところなんだけど、水樹くんが途中まで送ってくれるっていうから」

「そ、そうだったんだ~」

「……牧野さんはどしたの? コンビニ?」

「う、うんちょっとね……」


 僕はビクビクしながら携帯の画面に視線を落としていたが、ふとコンビニ袋を固く握りしめた伊織の手が視界の端に入った。

 もしや伊織がブチキレてこっちを睨みつけているのではと不安に駆られた僕は、こっそりと首を動かし伊織の顔を盗み見る。

 愛想笑いをしていた伊織が、一瞬僕のほうに送った視線。

 それと僕の視線がぶつかり、目が合った。

 伊織の顔は怒っているわけではなく、もちろん笑っているわけでもなく……僕の一番苦手なあの顔だった。

 

 そのとき僕は急に思い出す。

 小さいころ、一人輪から外れていた彼女のことを。

 そういえばあのころも、ときおりこんな顔をしていた。

 表向きは強がっていたし、本人も無意識だったと思うけど……僕は見逃さなかった。

 彼女は決して口には出さなかったけど、助けを求められている気がした。

 ちょっと他の子と変わっていて、不器用な子だと思って、でもなにか特別なものを感じて好きになっていって……。

 同い年だったけど僕の目に彼女はとても脆く映った。だから僕は上からで、妹みたいに思ってて守ってやろうと思っていた。二人の妹たちと一緒に。

 そのころの僕は今とは違ってなぜかとてつもない自信に満ち溢れていたように思う。自信というか、好き勝手やってた。

 でもいつからか僕のほうがとてもそんな余裕がなくなっていて……、それはたぶん僕は本当はただのブサイクのコミュ障だってことに気づいたから。

 自分のことだけで手一杯で、ただ周りに流されていくことしかできない。

 伊織のことを守ってやろうとか、そんな風に考えていたことすら今の今まで忘れていた。守るどころか、こうして逆に傷つけてしまっている。

 

「……行こう」

 

 僕は伊織から目をそらし、そう言い捨てて歩き出した。

 胸が苦しくなって喉が締まり、嫌な気持ちが体中をかけめぐる。

 かける言葉すらなにも思い浮かばなかった。この前のようにふざけたことを言ってお茶を濁すこともできず、ただ逃げることしかできない。

 無理に何か言ったところでろくに声にもならないだろう。

 今の僕のやってることはもうメチャクチャだ。それが不本意であったとしても、余計なことを考えずにもっとしっかりしていれば状況に流されるばっかりなんてことはなかったはず。

 昔の僕だったらこんなときどうしただろうか。

 本当に何も考えてないようなバカだったからどうしたかなんて予想もつかないけど、少なくとも伊織のあの顔を見たにもかかわらずそのまま逃げるなんてことは絶対にしないだろう。

 こんなことだったらいっそのこと昔の僕に……。


「もー、なんで勝手に行っちゃうの?」


 追いついてきた二宮さんがむくれながら僕の横に並んで歩く。


「せっかく会ったのにさ」

「僕は特に話すこともないし」

「いやあたしが話してたんだからさあ。……にしても、牧野さんってすっごくかわいいけど、やっぱりどっか冴えないっていうか……なんでだろうね?」

「さあね……」


 僕はわからないフリをしたが、なんとなく思うところはある。

 伊織はやっぱり昔のことを引きずっていて、必要以上に周囲の目を引くようなことはしたくないのかも。


「いい人そうではあるけどなんか壁があるっていうか……、それで終わりそう。友達もあんまりいなそうだし」


 ゼロってことはないだろうけど、休みの日に大勢で友達と遊んでいるようなイメージはない。

 でもだからって非難されるいわれはないはず。

 

「なんかもったいないよね、あたしだったらもっとこう……」

「伊織の事ろくに知らないくせに、勝手な事言うな」


 気がつくと僕は立ち止まって二宮さんを睨みつけ、怒気を含んだ声でそう返していた。

 向こうにしてみればただの冗談で、空気の読めないやつだって思われるかもしれないけど……今の僕は聞き流すことができなかった。

 僕だって全てを知ってるわけじゃないけど、少なくとも二宮さんよりはずっとよく知ってる。

 

 彼女も立ち止まり驚いたように目を見張ったまま、じいっと見つめ返してくる。

 こんな風になったら普段の僕ならすぐに目をそらしているだろうけど、そうはならなかった。

 そうして見つめ合うこと数秒。


「……なんだ、そういう顔できるんじゃん」


 てっきり怒るのかと思ったら、二宮さんは急にふっと小さく微笑んだ。

 つられて僕も拍子抜けしてしまう。

   

「なるほどね~、やっぱそっか」


 そして彼女は口元に手を当てながらそう意味深につぶやいた後、


「ありがと、もうここでいいよ。わかるから。じゃあね、楽しかったよ」


 バイバイ、と小さく手を振ると、二宮さんはあっけなくそのまま明るい大通りに向かって一人歩いていった。



 ◆  ◇


 

 さてそんなことがあった後で、また僕はもやもやといろいろなことを考えてしまっていたが、今また新たな問題に直面している。

 二宮さんと別れ家に戻った僕は、とりあえず一息ついて用を足そうと便器の前に立った。

 まではよかったが、なにやら足にカーペット以外になにかを踏んづけたような感触が。

 なんだ? と思って足をのけてみると、そこにはお菓子かなにかが入ってそうな四角い包装紙が落ちていた。

 何気なく拾い上げてみるとそれは。


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