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「い、今のはアンダースローの練習だよ」

「なにそれ、いきなりなんなの? なんか投げなかった?」

「投げる? いや、特には?」

「妹さんになんか渡されてたよね? なんだったの?」

「あ、あー、あれはなんか、忘れ物的な?」

「的なってなんなの? なんでぼかすの?」


 怒涛の質問攻め。僕もここで譲るわけにはいかない。

 とはいえ陥落も時間の問題だった。

  

「い、いちいちかけてくんなよ、わ、わかってるよ」


 僕と二宮さんがそんな押し問答をしている横で、櫻井はこそこそとかかってきた電話に出ていた。

 なにやらあわてているようだがそれは僕も同じで、気にかけている余裕はない。


「だんだん雑になってきてるよね、ごまかし方が」

「ご、ごまかしってまたそんな……」


 まるで一連の僕の発言がウソだと決め付けてかかっているこの言い草。

 どうですか奥さん。

 まったく、非常に的確な指摘ですよね。


「さ、さ~て、じゃあ弥生ちゃん、そろそろおいとましますか」


 と、そこで電話を切った櫻井が、いきなりそんなことを言い出した。

 思わず僕は耳を疑った。これから地獄のいじられショーが始まると覚悟していたばかりに。

 なんだ? 櫻井のやつ一体どういうつもりで……。

 無様なごまかしを続ける僕を哀れんで助け舟を出した……なんてことはないよな。

 そしてこれには二宮さんもあっけに取られた様子。


「……え? 帰るの?」

「いや長瀬も大丈夫そうだしさ、これ以上は特に……」

「でもまだ来たばっかじゃん。わざわざ来たんだしー」

「っていってもさ、もう時間も遅いしさあ」

「え? まだ五時ちょっと過ぎだよ? あたしは八時前ぐらいに駅に着けば大丈夫だし」


 ああ、そうか、結局僕がいると邪魔だから、帰ると言いつつ二人きりになってどこかに行こうという魂胆か。

 と同時にさりげなく二宮さんが今日何時までいけるかっていうのを確認したのかもしれない。

 なんという高等テク。と僕が密かに感心しながら櫻井を見ると、なぜか櫻井は居心地が悪そうな顔をしていた。


「水樹くん、別にバスってなくなったりしないよね?」

「うん、だいたい八時までは十五分刻みぐらいであるけど……」

「なんか用事あるんだったら櫻井くん先に帰っていいよ? 水樹くんが途中まで送ってくれるし」


 え、僕が送るんですか……。

 しかし妙だな。こうまで言われたのに櫻井はどうにも歯切れが悪い。

 電話に出ていたときも少しおかしかったし。

 気にかかった僕はそこを尋ねてみた。

  

「あ……、今の電話、なんか急用?」

「……い、いやその……じ、じくが……」

「軸?」


 櫻井がいいよどみ、謎の沈黙。


「その、塾が」

「えーと、それって……」


 僕と二宮さんは、そろってお互い首をかしげた。


 ◆ ◇


 塾をさぼると家に入れなくなるとかおこづかいが減るとか結構強めにぶたれるとか、その恐ろしさを僕にこっそりと耳打ちして、櫻井は帰っていった。

 ここまでひたすら二宮さんに合わせてきたらしいが、そもそも僕の家に来ること自体櫻井にとっては予定外の想定外だったらしい。

 しかしマジで一人で先に帰るとは。あの男が一体何者なのかわからなくなってきた。


「櫻井くんて意外に不思議な人だよね~」


 そしてもっとわからないのは、なんでこの人は帰らなかったのでしょうか。

 とても不思議だ。不思議な人ばかりだ。

 残った僕たちは小さな丸テーブルをはさんでお見合いのような形で座っている。

 この状況は一体なんだ。女子と自分の部屋で二人きりなんて、僕にしてみたらどこのギャルゲーの話だよというレベルだ。

  

「ねえねえ、ふつーさ、こういうときってなんか飲み物とか出すよね」


 二人きりになっていきなり何を言い出すかと思えば。

 確かにそうかもしれないけど、赤の他人を部屋に入れること自体数年ぶりの人間にそういう常識を期待するのがそもそもの間違いだ。

 

「は、はいただいま」

「でも別にのど渇いてないからいいけど」


 どないやねん。

 

「ねえ怒った? 怒った?」


 いえ怒るなんてめっそうもないです。

 ただそうやって近寄ってきて顔を覗き込んでくるのはやめてくださいしんでしまいます。

 しかし今ちらっと目があって速攻で顔を伏せたが、やはりこれは僕の知っているブス宮、もとい二宮さんではない。

 普通にかわいい。いや普通よりかわいい。とてもかわいい。

 おかしい、この感覚はどこかで……、そうだ妹たちと同じような違和感だ。

 僕は狼狽をごまかすために質問をぶつける。


「で、でさあ、残ったのはいいけど、な、なにするの?」

「なにって、なにかするつもりなの? やだぁ~」

「い、いや違くって!」


 だからなんのために残ったんだっていう話をしているわけでして。

 もしや、まさか、これはなんらかのフラグなのか? 普通なら帰るであろうところを。

 いやいや僕に限ってさすがにそれはないでしょう。

 グロメンが主人公のギャルゲーとか誰得だよ。絶対売れないわ。僕でも買わないね。

 

「とりあえずおしゃべりしようよ」


 お、おしゃぶり……? 

 おい、自重しろおっさん(僕)。

 

 こうして二宮さんによりおしゃべり? が始まった。

 あの先生はどうとかクラスメイトのだれそれがどうとか。

 僕はテーブルの上の電波時計に視線を落としながら、ひたすら聞き役に徹した。

 聞き役というか自分からあいづち以外の言葉を発せないというのが正しいのだが。

 最初のうちはガチガチになりながらもなんかうまいことを言ってやろうと必死に頭を回転させて、ここぞというところで少し自分の意見を言ってみたら全力で反論された。

 これは、求められてないですね。特に何も。

 そしてそのうち僕は考えるのをやめた。

 

 そのまま話し続けること約一時間ちょい。体感で三時間ぐらい経ってるような。

 ぎこちないリアクションを返していた僕も、次第に少しずつ慣れてきた。

 だが慣れてくるにつれ今度は徐々に話を聞くのがつらくなってきた。

 これこれこういうことがあって~の長いフリからのまさかの恐怖オチなし話。

 しまいには友達の彼氏がカレーが好きとかそんなんどうでもいいわという話まで。

 このあたりまで来ると聞いた瞬間に内容が左から右へと抜けていく。

 僕はいつしか、とりとめもなく続く彼女の話をほぼ「ふ~ん」「そうなんだ」「へえ~」だけで切り抜けていた。

 これは……そう、母さんや妹たちの相手をさせられている時と似たようなアレだ。

 

「あたし、男子ともわりとすぐ仲良くなれるんだけど、でも彼氏となるといないんだよねえ」

「へえ~」

「コクられたことは何回かあるんだけどなんかピンと来ない感じ?」

「ふ~ん」

「あたしって結構かわいいからね~、なんつって」

「そうなんだ」

「そうなんだ、じゃねえし!」

「えっ?」


 やば、今度発売するゲームのこと考えてた。

 いつの間にか結構きわどい話になってきているではないか。


「ねえちゃんと聞いてる?」

「はいもちろん」


 わりと聞いてる方だと思います。

 よし、集中集中。


「まあ~でも水樹お兄ちゃんはかわいい子見慣れてるでしょうしねえ~。妹さん二人ともすごくかわいかったし」

「超かわいいっしょ」

「ん?」

「うん?」


 一瞬時が止まった気がするけど気のせいだろう。

 向こうも特に何もなかったように話を再開した。

 

「でもこれで納得。水樹くんもやっぱり二人と似てるし、兄妹そろってって感じなんだね」


 ……僕があの二人に似てる? なにをバカな。

 まあ顔面の不快指数が半端ないという理由ではそうだったかもしれないけど……、今は実際のところよくわからなくなってきている。

  

「水樹くんは俺かっこいいオーラ出さないからなんかいいかも」

「い、いやいやそれは……」


 なにをトチ狂ったらそんなことをするんだ。僕がそんなもん出してたらやばすぎるだろう……。

 やばすぎて一周回って逆に人気者になれるかも。


「でもあんまりきょどってるのはさすがにアレだけど」

「はは、は……」


 素直にキモいって言っていいんですよ。ニコッ。


「やっぱ表情って大切だよ、チミはいっつも表情が暗すぎるんだよ」

 

 そう言って二宮さんはすっと腕を僕の顔へ伸ばして、指でぐいっと両頬を押し上げた。

 ……って近い近い! 

 あまりに自然な動きだったため、一瞬なにをされたかわからなかった。

 まるでさっきの僕と雫みたいな。

 僕は顔を触られているのと二宮さんの丸っこい瞳がこっちを見つめてくるのに耐えられず、彼女の手をやや強めに振りほどいてしまった。

 二宮さんは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにあきれたような表情になり立ち上がった。


「はぁ~あっと……、さあてそろそろ帰ろうかな」


 明らかに全体のトーンが下がっている。

 やばい、今のは半ば反射的にやってしまったとはいえ確実にご機嫌を損ねた。

 ここは何か言わないと……、仕方ない。

 もう外は薄暗いし、どの道このまま一人で帰すのもよくないだろう。

 

「おっ、おっ、お、送っていくよ」


 我ながら噛みすぎだお。

 女の子に向かって「送っていくよ」なんて僕には縁のなさそうなワードだっただけに。

 なんとなく「先にシャワー浴びてこいよ」に通ずるものが……。

 たぶん「送ってくよ」が60レベルアップぐらいするとなるんだなきっと。間違いない。


「えー、いいのー? うれし~い」


 あさっての方向を向いたままめっちゃ棒読みっぽい言い方。

 やっぱこれはそこそこきてるね。 

 僕はせめて最後だけはきちんとしようと率先して部屋を出ようとしたが、二宮さんはさっさと先に行ってしまったのであわてて後を追った。

 



 

 家を出てバス停までの道のり。大きい通りに行くまでは明かりもないのでそこそこ暗い。

 送っていくとは言ったものの、気がつくとやや斜め後ろをついていくというストーカースタイルになってしまうのはいかがなものか。

 とはいえ気分を害してしまっているのでうかつには近寄りがたい。

 向こうからは何も話しかけてこないしこちらをかえりみようともしないし。

 

「あれぇ? もしかして牧野さん?」


 一瞬僕が話しかけられたのかと思ってギクリとしたが違ったようだ。

 なんだ牧野さんか。

 と、ほっとしかけたところでさらに強烈なギクリが襲ってきた。

 ま、まさか……。

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