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 非常に間の悪い事に、僕らが玄関先でごちゃごちゃやっているところに、雫が帰ってきた。帰ってきてしまった。

 くそ、勝手に家に帰ってきやがって。あ、いや帰って来るのはいいんだけど、じゃなくて、そう、むしろ僕が帰りたい。もう今日は帰らせてください。

 予期せぬ事態に我ながら混乱している。落ち着け、冷静になれ。ここはもう僕の家だろう。

 ……そうだ、あの雫の事だ。前回櫻井に会わせた時の反応からすると、不機嫌な顔で「どうも……」って言ってスルーしていく程度ですむのでは。

 

「こんちはっ」


 雫は歯切れよく元気な声であいさつをすると同時に、にこっと明るい笑顔を見せた。

 な、なんだそのスマイル0円の笑顔は。この前はめっちゃふてくされてたくせに。

 一体どういう風の吹き回し……うっ、これは……。

 ちょうど差し込んだ夕陽が、雫のくりっとしたかわいらしい瞳にきらきらと反射する。

 まさか、とは思ったけどやはり、雫もなのか……。

 超かわいい。あまりのかわいさに自然に顔がにやけてくる。

 あの子はなに? 誰なの? なんなの? なに使なの? あ、天使? なんだ、ただの天使か。


「お、おぉっす……」


 櫻井もそんな反応をされると思わなかったのだろう、隣で声にならない声を発している。

 雫の不意打ち状態異常攻撃に僕と櫻井がそろって一ターン行動不能になっていると、無事だった残り一名が雫にけん制を仕掛けた。

 

「こんにちは、お邪魔してるね」

「いえいえおかまいなく」


 二宮さんの一言に、雫は笑顔を維持したまましっかり相手の顔を見すえて返事をした。

 お前がおかまいなくというのはなんかおかしいだろ……。おそらく雫はそれらしい言葉を適当に言ってるだけなんだろうが。

 しかしそれでもはきはきしているのでグダグダになっていた泉よりずっと違和感がなかった。

 そう、しっかり相手の顔を見て答えているので……、

 

 ……ってちょっと見すぎじゃないか雫さん。持ち時間長くないですか。

 この場合あまり人の顔をじろじろ見ても逆に失礼に当たるのではなかろうか。

 それになぜか僕には雫が笑顔でガン飛ばしているようにも見えてしまう。 

 間に入ろうかと迷っていると、二ターン目に入った櫻井が得意の耳打ちをしてくる。

 

「やっぱ俺の思ったとおり、結構似てるよなあの二人」

「……まあ確かに、雰囲気はね。でも雫の方がはるかにかわいいけどね」

「は?」

「え?」


 櫻井がなんだこいつみたいな顔で見てくる。

 あれ、また今なんか僕おかしなことを口走ったような……? いやそんなことはないだろう。

 

 再び僕らが謎の硬直をしているところに、靴を脱ぎ捨てた雫がするするっと近づいてきた。

 そして櫻井の顔に向かって、はいにっこり笑顔。

 さらにすれ違いにちらりと僕の顔へ、はい真顔。

 

 ……真顔?

 なるほど、この落差がやりたかったわけだ。非常にわかりやすくてたいへんよろしい。

 そのまま雫は僕らの間をちょろっと抜けて、リビングへ入っていった。

 櫻井は雫の思いがけぬ態度に圧倒され声をかける間を失っていたようだが、ぱっと正気に戻りやや興奮した面持ちでささやいてくる。

 

「お、おい、もしかして雫ちゃんやっぱり俺に気があるんじゃねーの?」

「いやそれはない、あるわけないわ」

「え?」

「ん?」


 また櫻井が怪訝そうな顔をしてくる。

 さっきからなんなんだよ、まるで僕がおかしな事を言っているみたいじゃないか。

 

「いやなんでお前そんな最高に冷たい声なの? なんなの?」

「そう? 単純に事実を言っただけだけど?」

「そりゃわかってるよ、冗談半分だろーが。そんな真顔で返すこともねえだろ」


 そうか冗談か、そうだよなあ何をムキになってるんだ僕はまったく。

 ん? 待てよ、冗談半分? 残りの半分はなんだ? 五十パーセント? 二分の一? 


「はーい、あたしやっぱ上がってくー」


 二宮さんの声に僕の思考は遮られ、意識が外に向いた。

 僕はなにを考えていたんだ、なんか我に返った気分だ。


「ど、どうしたの急に」

「ん~? なんか、オモシロそうだから」


 なぜかわからないが急に上機嫌になった二宮さん。 

 まあ本当はわかってるけどね、面白そうだからだよね。

 どの道反対意見は通りそうにないし、ここでまだごたごたやっているとろくでもないことになりそうだ。

 さっさと部屋に押し込めてしまったほうがいいと判断した僕は、腹をくくり二人を家に招き入れる事にした。



 ◆ ◇


 

「ねえねえ、妹さん呼んできてほしいなあ」


 僕の部屋に入って落ち着くなり、彼女はいきなりそう口火を切った。

 櫻井はベッドの上に腰掛け、二宮さんは椅子に座り、僕はなぜか部屋の中央付近につっ立っている。

 危険なブツが発見されないかビクビクしているうちに、勝手にポジションを取られてしまってこのザマだ。

 普通は僕がどうぞ座ってとかって言って主導権を握るべきところを。

 ここは僕の部屋のはずなのにどういうわけか僕が一番浮いてしまっている。

 

「……な、なんで?」

「あたしお話したい」


 そりゃそうだ。

 僕の時間稼ぎにもならないわかりきった愚問に答えてくれてありがとう。

 ただ人にはできることとできないことがある。それはわかってほしい。


「……それは、嫌です」

「は? なにが嫌って?」


 威圧。


「あの、嫌というか、正確には無理」

「なんで? ちょっと来てって言えばいいじゃん」

「いやそれが、今そういう状況じゃ……」

「……ドタキャン」


 二宮さんが急にうらめしげな表情になる。

 そうですか、そういう風に利用してくるわけですか……。

 あんたらは知らんかもしれんけど、今のこの状況で妹を呼んでくるとか無理ゲーにもほどがあるぞ。

 断られればまだいいほう、全力で無視されるに決まってる。

 するとその時、早くも枕元にある人の本棚を物色し始めていた櫻井が唐突に立ち上がった。


「まったく情けない奴だな。よし、俺が行く!」


 間髪いれず続けて手を上げる二宮さん。


「じゃあたしも行くー!」


 なんだ、急に何が始まったんだ。こいつら気でも触れたか。

 僕が傍観していると、二人が急にしらけた空気をかもし出してきた。

 

「……うわ、ないわ~、そこはお前が『じゃあ僕が行く』ってやって俺らがどうぞどうぞってやるとこだろ。ノリ悪いなお前」

「しょうがないよそれは、ドタキャン王子だから」


 そんなの知るか、勝手に言ってろ。しょうもない。

 そんな芸人のマネなんかしてなにが面白いのかさっぱりわからない。

 だいたいそんなもん面白くもなんともないんだよ、全くこれだから素人は……。


「い、今のはそれを見越した上であえてやらずにスカすという非常に高度な……」

「あーもうなに言ってるかわかんないからさっさと行って来て」


 くそうこの女……。また不機嫌になりかけたのでこれは逆らえない。

 仕方ない、とりあえず呼んで来るフリだけしてダメだったって戻ってくればいいか。

 僕はしぶしぶ部屋を出て階段から一階へ。

 降りたはいいがどうしよう。すぐに戻ると怪しまれるので、少し時間を潰さないと。

 妹達はまだリビングにいるはずだが……、このまま入っていったら超絶気まずい。

 よしここは……、トイレだ。トイレで時が過ぎるのを待つしかない。あそこは第一級のシェルターだ。あれなら核にも耐えられる。 

 さしあたっては音を立てず、かつ迅速にトイレのドアを開けて侵入するのだ。

 しかしまさか自宅のトイレでスニーキングミッションを敢行するハメになるとは……。


 爪先立ちでささっと近づき、ドアノブに手を触れる。

 しかしその寸前、ひとりでにノブがぐるんと回った。


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