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「げっ!!」


 と声を上げたのは今度こそ僕だった。

 反射的におもいっきり玄関のドアを押した。ガチャンと音がしてドアが閉まる。


「……ほ、ホントに上がってくの?」


 僕は再びとってに手をかけて、さっきのくだりからやり直すことにした。

 今のをなかったことにしたのだ。今度は絶対引き止めたりはしない。


「お前、一回殴られたいみたいだな」

「は、な、なんで!?」


 櫻井は微笑を浮かべながら右手の拳を握りしめた。

 もちろんそんなものが通じるわけがなかった。やはり、見られてしまったようだ。

 櫻井はじろりと僕の顔をにらみつけると、まっすぐドアのほうを指差して声を張り上げた。


「お前、ドタキャンして家に女の子連れ込んでんじゃねーか! どういうことだよこれは! しかもかわいい!」

「つ、連れ込んでるって、違うよあれは!」

「なにが違うんだよ、お前今げっ! って言ったよな? げっ! て言ったぞ絶対!」

「げっ、ゲーセンでも行こうかってやっぱり思って」

「行かねーよ! 家のドア開けた瞬間にゲーセン行きたくなっちゃうんかお前は!」


 この男、なんという超絶誤解を招きそうな言い方を……。

 そう、間の悪い事に、僕たちは玄関を開けた瞬間ちょうどリビングに入ろうとしていた泉を目撃したのだ。

 二宮さんの不意打ち来訪に気をとられていて、泉の存在がすっかり頭から抜けていた。

 その泉は腕に抱えたノートパソコンを取り落としそうになっていた。

 おそらくパソコンを元に戻しに来た所だったのだろうが……なんという不運。

 

「んー? どーしたのかなぁ?」

 

 確実に聞こえていたであろう二宮様が後ろから不思議そうにたずねてきた。

 よくあるあの目が笑ってないパターンだ。

 

「いや姉御、いたんですよ、中に女子が!」

「ふーん……その子を家に呼んでいたから今日来れなかったんだねぇ、そりゃ来れないよねえ」


 感じるぞ……底知れぬ危険なオーラを。

 すぐに誤解を解かないと、恐ろしいものを見てしまいそうだ。

 本当はあまり気が進まないのだがやむをえない。


「だから違うよ、あれは、……い、妹だよ」


 よし、これで無事解決だ、とそう簡単にはいくはずもなかった。

 すかさず櫻井が追及してくる。


「妹? バカ言え絶対雫ちゃんじゃなかったぞ」

「いや、もう一人のほうの」

「もう一人? なんだそりゃホラー映画的なアレか」

「僕にしか見えてないとかそういうことじゃないよ、雫の他にもう一人いるって事」

「はああ? 聞いてねえぞそんなん!」

「そりゃ言ってないからね……」


 今にも噛み付いてきそうな櫻井の反応。予想通りだ。

 こういうのがあるから嫌だったんだよなあ。


「なんで隠してたんだ? あぁん?」

「隠してたわけじゃないけどさ……」


 至近距離で問い詰められる。

 さらに横から二宮さんが挟み撃ち。


「へー、妹いるって聞いてたけど二人いたんだ。じゃ看病してもらってたの?」

「はは、まさか……それどころか家に僕一人で放置されてて、」

「はっ、むしろお前が看病してたんじゃねえの、あんなとここんなとこを」

「いやそれ意味わかんないから」

「ねえねえどうだった? 水樹くんに似てた? かわいい?」

「いやー一瞬だったけどあれはヤバイね、思わず写メを撮りたく……とまあいいや、百聞は一見にしかずってな」

 

 櫻井は強引に僕を押しのけて素早くドアを開けた。

 抵抗する間もない。このためらいのなさは、僕のさっきの一言で他に家には誰もいないと踏んだからだろう。

 頼む、いなくなっていてくれ泉!

  

「どーもこんちはーお邪魔しますー」


 いた。

 一体なにをやっているのか知らないが泉はさっきとほとんど変わらない位置にいた。

 いきなり櫻井に声をかけられ固まっている。超絶人見知りの泉にこれはきつい。まあ僕が泉の立場だったとしてもかなりテンパるだろうけど。

 泉はひきつった笑みを浮かべてしぼりだすように声を発した。

>  

「こ、こ、こんにちは……」

「どうも~お世話になります~、水樹くんと同じクラスのものです~」

「え、あっ、う、うちは間に合ってます!」


 泉は案の定、意味不明なことを口走っている。

 そりゃセールスの人だったらそうやって言えって言われてるのはわかるけど、なにを勘違いしてるんだか。

 櫻井がふざけてそういうノリを出しているとはいえ、これは相当な慌てっぷりだ。

 

「そんなこと言わずにちょっとお話だけでも」


 さらにふざける櫻井。

 一拍置いて泉はおかしい事に気づいたのか、すぐに言い直す。


「あっ、いえ、今のは違くて……、あ、兄が、いろんな、お、お世話が、な、なってます」


 きっといつも兄がお世話になってますとか言いたかったんだろう。

 でもちゃんとしよう、という気持ちはあるわけだから雫よりは救いがある。

 けどえらい進歩だ。いつの間にかあの泉が……初対面の相手に。

 僕が感慨にふけっていると、櫻井が家の中に足を踏み入れながら質問を浴びせた。

 

「名前なんていうの?」

「なっ、長瀬です!」

「それは知ってるって! ふはは、いいね、お約束だけどわかってるね」


 どうやら櫻井は泉がボケたと思っているようだが、今のは完全に素だった。

 やや間をおいて、泉の顔がみるみるうちに赤くなっていく。うつむいてすっかり萎縮してしまったようだ。

 すかさず泉のキャラを勘違いした櫻井が調子に乗ってさらに振る。


「ねえ、じゃあミドルネームは?」

「……みっ、みどりネーム?」


 泉が困惑顔でちらっと僕に視線を送ってくる。

 いやそんな顔されても緑ネームとは一体なんなのか僕にも分からん。

 そもそもミドルネーム自体答えようがない。なにを言っても間違いなくお寒いことになるだろう。

 

「うそー、ヤダ超かわいい~」


 そこで最後に入ってきた二宮さんが歓声を上げた。

 それに驚いたのか泉の体がビクっと跳ねる。

 ……どの道もうダメだなこりゃ。

 その間一足先に靴を脱ぎ家に上がった僕は、泉と櫻井の間に立つようにして代わりに答えを返す。

 

「泉だよ」

「いやお前に聞いてねえから」

「誰から聞いても同じでしょ……」

「あの子の口から聞きたいんだよ」

「うわ、なにその気持ち悪いセリフ」

「はいはい、いいからお前ちょっとどいてろよ」


 櫻井は家に上がると僕を押しのけてさらに泉に接近する。


「ねえ泉ちゃん、今日さあ、」

「おいお前なれなれしく人の妹に話しかけてんじゃねえよ。いい加減にしろ、ていうかそれ以上近寄るな」

 

 そうだよなれなれしいんだよいきなりちゃんづけとかさ。

 誰だか知らないけどいいこと言うじゃないか。


 そのとたん、櫻井が目を丸くして僕の顔を見た。

 ってなんだ? なぜ僕を見る。そんな顔されても困るんだけど。

 さらに視線を感じたほうをぱっと振り返ると、玄関前に立っている二宮さんも同様にこちらを見ていた。

 泉は……まだ緑ネームを考えているのか一人だけ心ここにあらずといった感じ。

 ふむ、なるほどこの空気。

 実はそうだろうとは思っていたけど、やっぱ今のって僕らしい。

 ――まあでも、僕の泉にちょっかいをだす輩には当然の対応か。

 ん? 僕の泉? ……おかしいぞ、やはり今日の僕は何かがおかしい。


「なっ、なんだよお前、なにいきなりマジギレしてんだよ……」

「……え? あ、いや……」

「び、びびらせんなよな……。一瞬お前の親父かなんかが出てきたんかと思った……」

「い、いや違うごめん、今のはなんかつい反射的に口が……」

 

 櫻井は得体の知れないものを見るような顔を僕に向けてきた。

 僕らしからぬ、結構な暴言だったからなあ。ヤバイやつと思われたかも。とっさに出てしまったとはいえなぜあんなことを……。

 しかし櫻井はすぐ気を取り直したようで、僕を放って再び泉のほうに声をかける。


「ねえ、さっきなんか大事そうに持ってたよね? あれなに?」


 そういえば泉がさっき手にしていたパソコンがなくなっている。

 そうか、一度リビングにパソコンを戻した後またここで鉢合わせしたのか。

 つくづく間が悪いな。

 また代わりに答えないとダメかなと目配せするように泉に視線を見る。

 しかし目が合った途端、変態の助けは要りませんといわんばかりの顔をされてしまった。

 今度は大丈夫ってか、そうかなら好きに気にすればいいさ。


「あっ、あれはその、兄さんが画像を集めているので……」

「ちょっ、ストップ!」


 なにを言うつもりだこの子は!

 これはまずい、何が飛び出してくるかわからないだけに危険だ。さっさとこの場から退場させよう。

 僕は急いで泉に近づき、背中を押してリビングに押し込もうとする。

  

「は、はいもういいから、泉はちょっとあっち行ってようか」

「なんですか? 触らないでください変た……」

「いいからほらほら」


 よからぬ単語が出かけたが、僕は有無を言わさずリビングに押し出しを決めて扉を閉めた。

 しかし僕が近寄ると急に別人のような態度になるな。

 泉を早々に締め出してしまったので、櫻井があからさまに不満をもらす。

 

「おいなにやってんだよお前、ちゃんと紹介しろよ」

「い、いやあ、あんなもんでいいでしょう」

「雫ちゃんのときは自分から紹介するとか言い出したくせにどういうことだよ」

「あの時と今とはちょっと状況が……」

「あ、お前なに? もしかしてあの子には嫌われてんの? さっきなんか言われそうになってたよな」

「へ、変圧器の調子がおかしいとか何とか」

「はあ? つまんねーよ、しょうもな」

 

 なんて冷たい顔をする男だ。どんだけ僕のボケに厳しいんだよ。

 まあいいなんとか窮地は脱した。だがやはりこのまま家に上げてしまうのは危険だ。

 なんとかうまくお帰りいただく流れに仕向けないと。

 ここはやはり不機嫌な彼女に協力を仰いで……。

 

「ふ~ん、そういう感じなんだぁ~」


 まだ玄関で靴を履いたままの二宮さんが、にやついた顔で感心したような声を上げた。

 ……おやおや、さっきのご機嫌斜めとはうってかわってやけに楽しそうじゃないですか。

 なんか面白そうだからやっぱあたしも上がってくと言わんばかりの……。


「やっぱあたしも……」


 ほらみろ、僕には見えるんだよ悲惨な未来が。

 僕ほんとに能力者かもしれないわ、なんかの組織からスカウトされるかもしれないわ。

 とアホな厨二妄想を展開しそうになっていると、開きっぱなしの玄関ドア、二宮さんの背後にさらに小さな人影が現れた。


「あっ! 雫ちゃんじゃん! 久しぶりー」


 おい櫻井、冗談はよせよ……。なんでこの奇跡のタイミングで雫が帰って来るんだよ……。

 確かにジャージ姿の雫が立ってるけどさ、それはダメじゃん? それはやったらいけないよ。

 前言撤回、僕には未来なんて見えません。ただの凡人でした。

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