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 僕は鼻息を荒げている泉の頭にさっと手を乗せ、さわさわと動かした。

 奥義とかなんとかたいそうなこと言ったけど、実のところただ頭をなでるだけのカンタンなお仕事です。

 ……悪いな泉、弱点の頭をなでさせてもらったぞ。


「……やめてください」


 ……バカな、効いてない?  

 僕はまるで○ッパのシッポを握ったときのような衝撃を受けた。

 まさかこの短期間に弱点を克服したというのか。

 それとも弱点をついているのにもかかわらず効果がないほど修復不能なレベルにまできてしまっているのか。

 いや、そんなはずはない。たぶんヒートアップしてるせいで故障気味なだけだろう。ここはちょっと刺激を与えてみるか。

 僕はなでていた手をいったん止め、べしべし、と軽く頭を叩いてみた。


「……いたいです」


 あれ、ダメか。やっぱ故障はしてないか。単純になで方がよくないんだな。

 そういえばもっとオーバーにやってた気もするし。

 今度はぐるんぐるんと大きく円を描くようになでてみた。

 泉の首から上がぐるぐる回る。


「……ぐるぐるして気持ちわるいです」

 

 あっれ、おかしいなあ。昔どうやってやってたっけ。すごい効くのがあったんだよな。

 えーっと、確かこうやって……左回りに二回、次右回り、で左と見せかけてまた右と。


「……ちがいます、そこは左です」


 あ、そうだそうだ。最後左でよかったんだっけ。

 やっぱあんまりやってないと忘れちゃうなあ。

 

 ……ってそんなバカな。

 ちょっとふざけてみただけなのに、そこは左って……どういうこと? ホントになんか法則みたいのあるの? すごく怖いんだけど。

 うまくやると隠し部屋が出現して奥にアイテムが……、なんて言ってる場合じゃないな。

 でもこれ、このまま続けるとどうなるんだろう。そんなひどいことにはならないと思うんだけど……。

 妙な好奇心にかられた僕は、怖いもの見たさに泉の言うとおり無心に頭をなで続けた。

 

 ふと気がつくと、いつの間にか泉の体が密着するほど近くに、というかすでにぴったりひっついていた。

 さっきまで大騒ぎしていたのがウソのようにおとなしくなり、されるがままになっている。

 今度はこの静けさが逆に不気味だ。顔もややうつむきがちなので、どんな表情をしているのかわかりづらい。

 実は不機嫌になっていて爆発寸前、という可能性もなきにしもあらずだ。僕はおそるおそる一度声をかけてみる。

 

「い、泉?」

「……ふぁい?」


 ぱっとこちらを見上げてきた泉と、至近距離で目が合ってしまう。

 とろんとした瞳。だらしなく開いた口元。これぞまさに恍惚の表情。

 ……な、なんつー顔してるんだこの子は。え、エロい……、を超えてヤバいぞ、大丈夫なのかこれ。なんか意識が飛んでそうだけど、ちゃんと息してるのか?

 危険なにおいを感じた僕は、ビビって思わず手を離してしまう。

 するとそのとたん、はっと泉が正気に戻った。すぐにどん、と両手でお互いの体を引き離すように突き飛ばされる。


「そ、そうやって途中で……その気もないのに触らないで下さいこの変態!」


 そう罵倒しながら、泉は口元のよだれを手でぬぐった。

 その気があったら変態じゃないのか……? 変態っていったいなんなんだ……。


「わ、わかったよ、触らなきゃいんでしょ……。それにあんまりやるとなんか危険そうだし」

「なんですかその触らなきゃいいって言い方は! ま、まあまあ上手だったから今回はおおめに見てあげようかと思ったのに……、やっぱり変態ですね」

「……その変態っていうのやめてくれないかな」

「イヤなんですか? イヤならそれなりに態度でしめしてほしいです」

「態度でって言われてもね、もうなにがなんだかさっぱり……」

「はぁ~、さっぱりなのはこっちです。ほんっとしょうがないですね……、わかりました。特別にチャンスをあげます」


 泉はあきれた口調で言うと、くるりと体の向きを変えてソファーに向かって歩き出す。

 そしてぼふっとソファーの上に身を投げ出して、そのまま横たわった。


「わたし、眠いので今からちょっと寝ます。疲れているので、……その、なにをされても……お、起きないかもしれません」


 そう言って目を閉じる泉。それっきり動かなくなる。

 そして訪れる静寂。

 

 えーっと、ちょっと意味がわからないんですが……。

 なんでいきなりここで寝るんだ……。そんなに疲れていて眠いなら自分の部屋で寝ればいいだろうに。

 要するにこれは、僕になにかしろってこと?

 いやいやそれはありえないでしょう……。寝ている妹にちょっかいを出すとかそんな変態行為を僕がするとでも……?

 泉の不可解な行動にげんなりしながら、とりあえずはソファーに近づいてみる。

 そして眠っている? 泉の体を見下ろした。無造作に足を放り出して寝転がっているため、スカートが少しめくれ上がっている。

 なるほど、これは位置取りによっては中が……。

 

 ――あーなんか急に僕も眠くなってきたわー。あまりにも眠くてもう床の上に寝転がっちゃう勢いだわー。

 

 ……ん? なんだ今のは、いや今のは違う。

 今のは僕じゃない。僕じゃない誰かのささやきだ。

 言っておくが僕は寝ている妹のスカートの中をそんなダイナミックに覗き込もうとするような変態じゃない。まったく誰だ今のは本当に……。

 

 ――ほら右の足、もうちょっとこっちだ頑張れ! もうちょっとでいい感じにスカートが……。


 いやだから誰だお前は。なにを応援してるんだこいつは。

 全く不思議なこともあるもんだ。そんな、実の妹でねえ……、あるわけないじゃないですか。

 いやまあ、確かにこれまで妹と認識していた人物とはまるで別人のようなんだけど、これが本当の俺の妹がこんなにかわいいわけがないとかなんとかっていうアレなんじゃないかという……。ああ、泉かわいいよ泉。

 ん? というか、泉は今眠ってるんだから別にスカートぐらい僕が自分でめくればいいじゃん。なんだカンタンじゃん。それで何の問題もないじゃん。

 僕はおもむろに手を伸ばし、それはもう工場のライン作業のような勢いで泉のスカートを……、


 ……っておいまた誰だ! 誰だよもう……あれ、今の普通に僕? 

 なんだ僕か。僕じゃしょうがないな。

 

 ……おや、今ちょっと泉の目元がピクッと動いたぞ。

 やっぱ起きてるだろこれ……。たぶん僕がじろじろ眺めながら不審な動きをしているのを確認したに違いない。

 そして今度は泉の両膝がもじもじとこすりあうようにかすかに動きだした。

 絶対起きてますよねこの人。だいたいそんな数分で眠れるはずがない。


 もしかしたらこれはとんでもない罠なんじゃないか? ちょっとでも変なことしたらプギャーってやられるアレ。

 なにかものすごいデジャブを感じる。似たような事をさんざん雫にやられたような……。やはり血は争えない。

 ここは性急に一度確認してみる必要がある。

 僕は泉の顔のそばにしゃがみ込み、手を泉の肩のあたりに触れて体を軽く揺すってみる。


 ゆさゆさ。

 

 お、大丈夫そうかな? 念のためもう一回。

 

 ゆさゆさ……


 と、その時突然泉がくわっと目を見開いた。


「さっきからなにやってるんですか! 真面目にやってください!」

「うわっ」

 

 びっくりした……。

 なにをしても起きないって、思いっきり起きてるじゃん。

 触ったらやっぱりミミックが発動したぞ。そんでたちの悪い事にまた元通り目をつぶってるし。

 これは宝箱でもなんでもない、ただのトラップじゃないか。もうこれどう考えても放置するしかないだろ。


 でも触りさえしなければ大丈夫そうだというのは好都合だ。

 今のうちにパソコンに保存した危険な画像をもっと安全なところに移しておかねば。

 というのは万が一にも見つかってはいけないブツがあることを思い出したのだ。いやはや人の欲望というのは本当に恐ろしい。

 僕はチャンスとばかりに泉を放置してテーブルに戻り椅子に座り、起動しっぱなしだったパソコンの画面を開いた。

 すると泉がさっきまで見ていたのであろうインターネットのページが前面に映し出される。

 なんだこれは、小説……?

 



『本当にいいのか真結……』

『うん、わたしお兄ちゃんなら……ううん、お兄ちゃんじゃなきゃイヤ』


 直人はゆっくりと真結のブラウスのボタンに手をかけ……、




 ってなんだこりゃ! 泉のやつなんてものを……。

 僕が思わず大声を上げそうになっていると、突然すごい勢いでパソコンの画面が閉じた。

 当然タッチパットを操作していた僕の指はがっつり間に挟まれた。


「痛ぁ!」


 いきなりなにを……、と恨めしげに顔を上げると、そこにはいつの間にかお目覚めになっている泉が。


「お、お前なあ……」


 こんなもの見て……、と言うつもりだったが、泉の鬼気迫る表情を目の前にして思わず言葉を飲み込んだ。

 なにかすごく、いやものすごくお怒りのようだが……。

 

「わたし、今とてもひどい辱めを受けました。いえ、辱めというかこれはもう、陵辱です! そうです今わたし、兄さんに陵辱されました!」


 な、なにを言い出すかと思いきやなにをそんなバカな。

 でかい声で……、こんなんだれかに聞かれでもしたらどんな疑いをかけられるか。

 しかしここで焦ってはいけない。「なにが陵辱だよ!」なんて怒鳴り返しでもしたらさらに倍返しされるのは目に見えている。ここは冷静に……。


「い、いやー泉は難しい言葉知ってるなあ~、びっくりだ。でも絶対他の人の前で言ったらダメだよ? お兄ちゃんとの約束だ」

「信じられないです……。わたしにあそこまでさせておいて……放置して……パソコンの画像のほうに行くなんて……」

「放置っていうか……、疲れて眠ってるんだから放っておくのが当然なわけで……」


 僕の言うことなどもはや聞く耳持たずと、泉はキっとひときわ強くにらみつけてきた。

 そして電源ケーブルを引っこ抜くと、がばっとすばやく両手でノートパソコンを腕に抱える。

 

「もういいです! この鬼畜! 変態!」


 そしてそう捨て台詞を残すと、泉はそのままパソコンを持ってリビングから逃げていった。

 

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