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 優しくアーチを描く眉。そこにかかる黒髪の下から、つぶらな愛らしい瞳がこちらを見上げている。

 そのキラキラした視線にまっすぐ射抜かれ、僕はくらっと立ちくらみのようなものを覚えた。

 と同時に、急に頭の中に何者かの言葉がこだまする。

 

 ――妹の顔を見る、と不快になる、嫌悪感を抱く……?


 あれ? なんだっけこれ、誰かがそんなことを言ってたような……。誰だ? ……よくわからない。

 誰が一体そんなおかしなことを……。嫌悪なんてするわけないじゃないか、こんなにかわいいのに。

 かわいい。あれ、かわいい……? 

 やばい、これは……、伊織の時と一緒だ。かわいすぎて直視できない。浄化される。無理。

 僕はすぐに顔をあさっての方向にそむけた。

 

「なんでそうやって顔そむけるんですか? ああ、そうですよね、ブスの顔なんて見たくないですもんね」

「ち、違……」

「なにが違うんですか? 本当はわたし……気づいてたんです。兄さん明らかにわたしの顔が近づくの避けてますよね? この前だって……」

 

 ……ああ、あのあやうくキスしかけたときのアレか。

 確かにあの時は結構派手にスウェーバックしてしまった。それ以前にも幾度となく回避行動をとってしまったことは認める。

 でも今は……それとはわけが違う。なんか自分の妹じゃなくなったような感じがして、別人にすら思える。

 言ってみればいきなり見知らぬ美少女と二人きりで見つめあうようなもんだ。そんなのムチャに決まってるだろう。


「いやそれは、そもそも普通に考えておかしいじゃないですか、兄妹の顔が至近距離まで近づく事自体が……」


 ほらなんかこっちも敬語になってるし。


「別におかしくないですよ? だいたいそれを教えてくれたのは兄さんですよね?」


 う~ん殴りたい。タイムマシンを借りて昔の僕をシバき倒したい。

 ダメだ。こっちの方向に出口はない。

 とはいえ口で何か言い合いしても圧倒的に不利だ。ただでさえ口下手なのに。やはりここは態度で示さなければ……。

 

 落ち着け、相手は泉だ。全然知らない人なんかじゃなくて、れっきとした僕の妹だ。

 これまでだってずっと慕ってきてくれたわけだから、伊織のときみたく気後れする事なんてないはずだ。

 泉の顔を直視するなんて何の問題もないじゃないか。これなら今までみたいに気分が悪くなるっていうことはなさそうだし。

 

 僕はどうにかそう自分を納得させ、意を決してまっすぐ泉の顔に向き直った。

 すると……、

 いきなり泉が声を荒げた。

 

「なっ、なにいきなりにやにやしてるんですか! ふざけないでください!」

「え? あ……」


 どうやら気づかないうちにキモい笑みを浮かべていたみたいだ。

 確かにここは笑うタイミングじゃない。だけど自然に顔がにやけて……、泉があまりにかわいくてにやにやが止まらない。

 めっちゃ怒ってるけどかわいい。気持ち悪いって言われてもかわいい。

 僕は今までこんなかわいい子に慕われていたのか……。

 

「完全にふざけてますよね? 今『うわやっぱ無理、この顔ブサイクすぎて吹くわ』って思ってたんでしょうどうせ」

「そ、そんなわけないだろ、むしろ逆で……」

「兄さんがよそよそしくなったのって、そういうことだったんですね。実はわたし、これまでムリしていいほうに考えようとしてたんですけど、もう今回の事ではっきりしました。こういうこと、あんまり言いたくなかったんですけど……、わたしこれでもけっこう、モ、モテるんですよ? ……つまり兄さんは結局……、わたしのことが嫌いなんですよね?」

「嫌いなんてそんな、とんでもない、僕が変なこと言ったのはほんの誤解というか、冗談みたいなもんで……」

「またそうやって……。それだと、自分で認めることになりますよ? 兄さんは実の妹で欲情しない変態だって」

「いやそれ変態じゃないよね!? むしろ正常だと思うんだけど。すこぶる健全だと思うよ」

「どこが正常ですか! そんな、アニメとかマンガの女の子ばっかりで○○○○して!」


 かわいい顔してそんな単語を口走ってはいけない。ここは聞こえなかったことにしよう。

 どっかのラノベみたいにえ? なんだって? で乗り切れればいいんだけどそれは明らかに使いどころが違う。この場合ただのセクハラオヤジになる。

 もうダメ、この子をこれ以上しゃべらせると何が飛び出すかわからない。しかも普通に反論できないと言うあまりに残念な僕。

 くそ、ここは仕切りなおしだ。もう一回やり直すぞ。

 僕はきりっと顔をつくると、今度はにやけないようにしながら再びじーっと泉の顔を凝視する。


「な、なんですか……」


 今度は絶対にやついてはいけない。奥歯を必死にかみ締め、そのまま見つめ合う事数秒。

 先に動いたのは泉だった。

 ややうろたえたように目線をそらしたかと思ったら、そのままぱっと顔を伏せられてしまった。

 ……勝った。

 あ、違う、勝ってどうする。

 しかし泉の動作がいちいちかわいらしい。できれば写真に……、いや動画にとっておきたい。

 僕は泉がこっちを見ていないのをいいことに、そのままうなじのあたりをガン見していた。

 泉は自分の手元に視線を落としたまま、さっきよりおとなしくなった声を出した。

 

「なにをそんな……ブ、ブスの顔なんて見てなにが楽しいんですか」

「い、いや、あれは違うんだ、今となってはなんであんなこと言ったのか自分でもさっぱり……」

「……もうそういう言い訳は聞き飽きました。さっぱりわからないのはこっちです。そんな、思ってもないことを言うなんておかしいじゃないですか」


 それはごもっともです……。

 そこなんだよな問題は。あの時は確かにそう思っていたんだけど、いやほんとにどういうわけか、今なんでこんなことに……。

 うーん、ここは一つ率直な意見をしてみるか。

 

「い、泉、急にかわいくなったね。や、やっぱ成長期ってすごいな~」

「次、ふざけたこと言ったら一生口利きませんから」


 そう冷め切った声で言い放つと、泉はガタっとイスから立ち上がっておおまたにリビングから出て行った。

 ……危ない危ない、やっぱりノリで適当な事を言うもんじゃないな。なんとか首の皮一枚繋がっているようだけど、次は本当にないだろうな。

 泉は自分の部屋に行ったみたいだけど、ここで深追いは危険だ。

 僕自身なんだかよくわかっていないうちから妙な事を口走ってしまいそうだし。


 とりあえず……、お腹が減った。

 もう午後三時過ぎだというのに今日まだ何も食べていない。なにか食べてから考えるとしよう。

 冷蔵庫を漁ろうとキッチンへ向かおうとしたが、テーブルの上には泉が使っていたノートパソコンが放ったらかしに。

 画面が閉じてあるだけで電源はついたままだ。


 泉のやつホントに画像全部消したのかな……。

 いや、さすがに新しいフォルダ(2)の中に偽装された本命の方は発見されてないはず。ていうかアレ見られてたらヤバイ。

 

「まったくつけっぱなしで、しょうがないな~、僕が片付けるか」


 などと誰もいないのにそんなことを口走り、おもむろにパソコンの画面を開こうとすると、ドンドンドンと階段を下りる音が聞こえてきた。

 そしてドドドドドドっとリビングに駆け込んできた泉が、走ってきたそのままの勢いで上からパソコンを押さえつけて、必死の形相でにらんでくる。

 自分で片付けるから触るなとでも言わんばかりに。

 

「じっ、自分で片付けるんで触らないで下さい!」


 ホラ言った。

 そんなに慌てるなんて一体なにを見ていたんだか……気になる。

 それに泉が慌ててる姿もかわいい……これ開いたらもっと慌てるかな……? 見てみたい。

 

 僕は泉の警告を無視して画面を持ち上げようと手に力を込めた。

 しかしその瞬間。


「あいたたたっ」

「なにやってるんですか? 日本語わかりますよね? わかりませんか?」


 左手の小指をつかまれてひねりあげられた。

 本当に何をやってるんだ僕は。わざわざ怒らせるようなバカなことを……、ふざけてる場合じゃないっていうのに。


「別に片付けなくても……、僕もちょっとパソコン使おうかと思って……」

「そうやってまたしょうもないサイトでしょうもない画像ばっか集めるんでしょう!?」

「し、しょうもないって、そんな言い方は……」

「だからそれがダメだって言ってるんです! やっぱり兄さんは普通じゃないんですよ、もうここまでくると病気です。いえ、いうならばこれは……変態です! そうです、変態ですよ、この変態!」


 はい、ついに変態頂きました。

 だけど泉の言う定義によれば、二次元には一切反応せず、実の妹にのみ発情するド変態こそ正常ということになるのだがその辺はどうお考えなのだろう。

 でもふーふー言って一人でハッスルしちゃってるので余計な事はもう言わない方がいいな。

 う~ん、どうしたものか。いやでもこうやって罵られるのも案外悪くはない、というかむしろ興奮……、

 とその時ふとひらめいた。というかすっかり忘れていた。

 対泉用の奥義の存在を。

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