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 自室、時刻は夜十時すぎ。

 明日は十時に駅前に集合だから、休日だからってダラダラ寝ているわけにもいかない。

 櫻井からのよくわからない明日の打ち合わせメールを適当に切り上げ、(あらかじめギャグを仕込んでいくからちゃんとつっこめとかわけのわからない事を抜かしていた)寝る準備をしていると、コンコン、とドアをノックする音がした。


「よっ」


 ドアを開けたのは予想通り、父さんだった。

 父さんが家に帰ってきた日に、こうやって僕の部屋にやってくるのはいつものことだ。


「いいか?」

「うん」


 父さんは一言確認を取り部屋に入ると、小さい液晶テレビを消し、CDコンポを勝手にいじりだしていつものヒーリングミュージックっぽい音楽を流す。

 そして勉強机にひっついている椅子をひきずってきて、ベッドの上に腰掛けている僕のすぐ前に座った。

 これもいつもの流れだ。

 

「どうだ、高校は。楽しいか?」

「まあぼちぼちかな……」

「よかったな、第一志望受かって。おくればせながらだが」

「うん、ありがとう」


 父さんは家を空けることが多いけど、久しぶりの時はこうやって二人で話をする時間をしっかりとっている。

 

「バスか……、結構遠いだろ?」

「まあね。もう慣れたけど」

「そうか。勉強は大変か? 進学校だしな……」

「そうだね、予習やんないとダメだし宿題も多いし」

 

 基本的には向こうがいろいろ聞いてきて、僕が話すのが主体。

 細かくあいづちをうったり、しきりにうなづいたりしてしっかり話を聞いてくれるから、こっちもとても話しやすい。

 詳しくは知らないけど、仕事でカウンセラーまがいの事もしているらしいのでさすがというところか。

 なんだかんだいって僕は父さんの事をとても信頼している。


「しかしお前たち、なんかあったのか? しばらく見ない内にずいぶん仲が悪くなっているみたいだが」


 やっぱり来たかこの質問。

 妹達にブサイクだよね、って言って嫌われた、なんていうバカな話をするべきかどうか。

 しかしその話をしてしまうと、最終的にあんたの嫁も子供もブサイクだよねなんて救いのない事を言うハメになってしまう。そんなひどいことは言えない。

 昨日の僕ならノリで言えたかも知れないけど、今はもうこりごりだ。

 

「さっき雫と泉にも聞いたんだが、別になんでもないって言われちまったからなあ。本当にあの二人はとりつくシマもない」


 二人はなんでもないってか……。

 ならやはり僕も口を閉ざすべきだな。


「で、どうなんだ実際」

「い、いや……別に。二人とも、そういう時期なんじゃないの」

「まあ確かにそうかもな。泉も中学生になった事だし。そういやお前は中学上がった頃はまだ二人とベタベタしてたが」

「そ、それは昔の話で……、今の僕は違うから。ちゃんと分別のある人間に成長したんだよ」

「そうだな。それは良かった本当に」

 

 とその話はあっさり終わり、また一通り話が済んで、沈黙になる。

 僕は普段あまり自分から話すほうではないので、もう五日分ぐらいはしゃべった気分だ。

 こうなると、そろそろ攻守交替が始まる。


「そうか~……。しかしあれだな、俺が高校の頃は……」


 父さんの昔話が始まった。

 僕はこうやって毎回似たような話を延々聞かされることになる。でもこうして父さんの話を聞くのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 優しく、ゆったりとした口調。声を聞いているだけで心地いい気分になってくる。

 それに内容も微妙に違っていて、作り話なんじゃないかと思うぐらいいろんな話をしてくる。

 だけどいつも最後まで聞けたためしがない。すぐに途中で眠くなってしまうからだ。そしていつの間にか寝オチしているパターン。

 実際今日も、十分とたたないうちに僕の意識は朦朧とし始めていた。


「眠そうだな水樹……、そうか、もう眠いか。そうだな、眠いよな」


 今にもまぶたが閉じそうになる。

 おかまいなく父さんは一方的に話を続けた。

 

「いやしかし、よかったよ妹離れできたみたいで。お前らは昔からこっちが心配になるぐらい仲が良かったからな~、水樹が中学生になっても一日中べたべたして一緒に風呂入って一緒に寝て。いつ間違いが起こるか一時はマジで心配だったぞ。俺も家をあけることが多かったし、母さんに任せるのも不安だしな。そこで最悪、男が反応しなければ事は起こらないだろうということで、妹の顔を見る、というのをトリガーにして不快になる、嫌悪感を抱く、となるようにアンカーを定期的に入れていたわけだが……」

「……ふーん……?」

 

 なにかとんでもない事を言われたような気がするけど、頭がぼーっとしていてよくわからない。


「まあ、といってもただの気休め程度だけどな。最初は軽く、徐々に強めていったりもしたんだが結局効果があったんだかどうだかよくわからなかったな。お前の被暗示性はかなり高いが、かといってそううまくいくとは限らないし。お前も分別がついたのか、昔に比べてやたらおとなしくなったし、そもそもがただの取り越し苦労で、自然に任せるのが一番だったのかもな。いや~俺もホントにムダなことをよくやってたよ」

「うん……?」


 やっぱりなにを言っているのかよくわからない。


「まあ、これからはもうバカげた暗示をかけるのはやめて、ナガセ式成功プログラムで自信をつけて能力開発して、お前もゆくゆくは成功者の仲間入りだ。で、まあさしあたっては……」


 父さんの声がどんどん遠のいていく。もう限界だった。

 体の力が抜け、僕の視界は徐々に暗くなっていった。

 


◆  ◇



 ピリリリリ、と部屋に響き渡る携帯の着信音で目が覚めた。

 僕はほとんど無意識のうちに布団から這い出るようにしてベッドを降り、音の発信場所、テーブルの上の携帯に手をのばす。


『おいこら! なにやってんだよお前! 今どこだよ!』


 電話に出るやいなや、櫻井のどなり声が耳をつんざく。

 びっくりして一度携帯を耳から離して確認すると、すでに時刻は十時を十分ほど過ぎていた。

 ……やばい、なんだこれ思いっきり寝過ごしてる! どうなってるんだこれは、昨日僕は……アラームすらセットせずに寝た?

 しかし寝過ごして相当寝たはずなのに、頭がぼーっとしてまだまだ眠い。測ったわけじゃないけど、これはもしかしたら熱があるかも。


「ご、ごめん、今日ちょっとムリ……」

『はあ? 無理じゃねえよなにが無理なんだよ』

「あの、体調が悪くて……」

 

 頭が……、というか全身がだるい。こんな調子で、今から出かけるなんてとてもムリだ。


『いやもうそういうのいいからさ、いいから早くしろよ、みんな待ってんだぞ』

「ホントごめん。悪いんだけど……、実はまだ家だし、今から行ったとしても……」

『家ですか! マジですか、ご在宅で!? いやないない。さすがにそれはないわ』

「いやそれがあるんだって」

『お、お前なあ、ふざけんなお前マジで、いやキツイだろこれ……三対一だぞ? 軽くレムハーじゃないすかこれどうすんのよ……」


 レムハー言うな。


「いや、ホント悪いんだけどムリっぽい……」

『あー、くそっマジかよ! てめえおぼえとけよな!』


 と、もういいとばかりにブツっと電話を切られた。

 やってしまった……。これは本当に申し訳ないことをしてしまった。行けないなら行けないで、早めに連絡しなければならないところを。

 後で改めて櫻井と、女子にもちゃんと謝らなければ。でもどの道これはムリだ。なんでいきなりこんな不調に……。

 ふらふらとベッドに戻ると、手にした携帯がすぐメールを受信した。送り主は二宮さん。


『このドタキャン王子!(怒怒怨とかなんかよくわからない絵文字)』


 う~ん怒ってるなあ……。

 ベッドの上に横たわりどう返したものかと迷っているうちに、僕はいつの間にか再び眠りに落ちていた。

 



 

 次に目が覚めて時計を確認すると、なんと午後三時を回っていた。 

 まさかこんなに眠ってしまうなんて。自分でもちょっと引いた。

 いやまあ、熱が出て寝込んだと考えればそこまでおかしい事でもないんだけど……、もうすっかり体はいつもどおりだ。さっきの不調がウソのよう。

 単なる寝不足だったのだろうか? でも昨日だって普通だったしな。

 

 しかしこれだけ眠っていても、誰にも起こされることなく半日以上丸々放置されるというのはこれいかに。

 さてはみんな朝早くから出かけたな。

 部屋を出て一階に降りていくと、案の定家の中は静まり返っている。

 

「ふぁ~あ」


 どうせ僕一人だしと思いマヌケな声を出してリビングに入っていくと、ガタガタっと変な音がした。

 なんだ今の音? まさか泥棒!?

 

 びくっと体を強張らせて音がした方を見ると、リビングのテーブルの窓側の席で、泉が椅子から転げ落ちそうになっていた。

 なんだ泉か……。いたのか。てっきり誰もいないものだと思ってたからびっくりした。

 テーブルの上には家族共用のノートパソコンが乗っている。こっち側からは画面は見えない。

 泉のヤツ、誰もいないのをいいことに、またネットでいかがわしいサイトを見ていたんじゃないだろうな……。

 それになぜか学校の制服着てるし……、いろいろ怪しすぎる。

 泉は明らかに動揺していた風だったが、なにもなかった体で無言のまま再び椅子に座り直し、パソコンの画面に顔を隠すように身を縮こまらせた。

 

 ……なんという気まずさ。かといってこのまま声もかけずに無視、というわけにもいかない。

 父さんの手前もあるし、やはりある程度は関係を修復しておかねば。

 僕はこそこそしている泉のそばまで一直線に近寄って声をかけた。


「な、なに見てんの?」


 泉がバンっと凄まじい勢いでノートパソコンの画面を閉じた。

 壊れるって……。

 

「……またネットでおかしな質問してるんじゃないだろうね」

「だったらなんだって言うんですか?」


 泉は僕の顔を見ようとせず、顔をうつむかせたまま答えた。

 否定はしないんだ……。しかしそういう態度でこられるとやっぱり厳しい。


「連休の初日から家でパソコン……」

「わたしは午前中から部活に行って、終わって帰ってきたんです」


 ああなるほど、それで制服着ているのか。泉は美術部に入ったらしいけど連休でもちゃんと部活あるんだな。


「それで帰ってくるなり着替えもせずパソコン?」


 誰もいないからチャンスとばかりに……。


「連休の初日からずっと部屋にいる人に言われたくないです」


 ……ああ、そりゃそうですよね。


「いやホントは友達と出かける予定だったんだけど、なんか調子悪くて行けなくて……」

「ふん、どうだか。この前の春休みだって部屋にこもってアニメばっかり見てて……」


 ……まあ、そう思うのも無理ないですよね。前科ありますもんね。


「そういえば、このパソコンに入っていたアニメの女の子の画像、全部消しておきましたから」


 ……ですよねえ。いっぱい保存してあって……、


「ってちょっと待った! なんてことしてくれたんだよ!」

「ああいうのばっかり見てるからダメなんですよ! 親切な人が教えてくれたんです!」

「いや親切な人ってそれ誰よ!?」

「ヤ○ー知恵袋の人です!」

「だからそれはもういいって!」


 きっとお兄さんは二次元の女の子にしか興味がなくなっているのでしょうとかなんとか言われたに違いない。

 くそっ、当たらずとも遠からずだが、余計なお世話だとしかいいようがない。

 こっちの事情なんて知らないくせに。ちゃんとウチの妹の顔見てから言えってんだ。これを見たら二次元に逃げたくなる気持ちもわかるだろう。

 

 ほら、今もこうやってにらみつけてきて……。

 やや気圧されながらも、泉の顔を見返す。

 するとその瞬間、ドキっと心臓が跳ねた。

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