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 つつがなく一日の授業が終わった。これで明日から、晴れて連休へと突入だ。

 結局あれやこれやと話が進み、明日は櫻井・二宮さん他女子数名と出かけることになってしまった。

 どう考えてもいじられ要員なわけだけど、それはもう仕方ない。

 とりあえずそれは置いておくとして……、

 やっぱり今日の朝は、まずったなあ。 

 思い返すと、我ながら全く不可解な行動をとってしまった。

 

 伊織に昨日の事を謝るつもりが……、伊織がいきなりかわいくなっているという怪奇現象にテンパり、露骨に避けるようなことをしてしまった。

 相当焦ってたのでなにを口走ったのかもはっきり覚えてない。

 あのあとバスを降りるときも伊織はさっさと一人で行ってしまい、あれから顔をあわせることもなかった。

 謝罪のメールをしようか迷ったけど、「死ね」って返信されて終わりかもしれないし、それならまだしも「いいわ、その代わり連休買い物付き合って。お姉ちゃんも一緒だから」とか返ってきそうで怖くてできなかった。

 昨日のこともあるしいい加減、機嫌を損ねたという次元ではなくなってきている。

 とても気が重い。かといって何もできない自分が情けない。


 それにしても不思議だ。なぜ伊織があんなにかわいく?

 いや伊織が変わった、というか、伊織は何も変わってないような気もする。

 変わったとすれば、あの顔を見るとイラッとくるいつもの感じがなくなってて……。

 もちろんそれはいいことではあるんだけど、でも一気に手の届かないところに行ってしまったようで、果たしてこれまでどおり接することができるだろうか。

 まともに目も見れないし、一緒に歩く事さえままならないかも。

 ていうかなんなんだろうね、あの人。さっさとどこぞのイケメンとでも付き合えばいいのに、なんで僕なんかに絡んでくるんだろうね。

 またラブレターもらったとかなんとか自慢してきてさ、そうだよあれもホントなんだったとしたらすごい嫌な奴だな。

 ああ、でもやっぱもらってないとかなんとかって……、なんかこうなるとわけがわからなくなってくるな。

 

 とまあこんな調子でぐるぐる同じような事を考え込んでいるのは今日何度目だろう。半ば現実逃避ぎみに。

 というのは、今僕は現実逃避をしたくなるような相当気まずい状況にいるからだ。

 

 現在時刻は夜八時すぎ。 

 僕は自宅のリビングで、やや遅めの夕食をとっていた。

 テーブルを挟んで対面に座るのは、無言の妹二人。

 昨日同様、僕はがっつり無視されています。なんか、いないものとされているっぽい。透明人間にでもなった気分。

 さっきも意を決して二人がしゃべっているところに強引に割り込んでみたのだが、華麗にスルーされてしまった。

 これは地味に、いやかなりこたえる。二人の怒りは一向に収まる気配がない。

 もうさんざん謝ったというのに、これ以上どうしろと言うのか。

 もういいでしょう。そっちも飽きたでしょいい加減。

 などと言えるはずもなく。

 

 そしてその冷戦場に乗り込んできた男が一人……。


「はっは、なんか静かだなお前ら」


 スーツから部屋着に着替えて、どさっと椅子に腰を下ろしたのは父さんだ。長瀬大樹という。

 ついさっき、母さんと一緒に帰ってきた。こうして顔をあわせるのは、半年弱ぶりぐらいになる。

 

「なんだよ弁当でふてくされてるのか? たまにはいいだろ~」


 母さんたちは車で父さんを駅まで迎えついでに、二人で外で食事を済ませてきていた。

 そして僕たちに夕食として与えられたのが、安定のコンビニ弁当。

 父さんがいるときは、母さんはしっかり料理をするので知らないかもしれないけど、たまにどころの話じゃない。

 でも僕らが、というか妹たちが静かなのはそういう理由じゃないんだけどね。


「にしても雫が静かなのは珍しいな~」

 

 父さんはにやにや笑いを浮かべながら、おとなしく箸を動かしている雫に接近しタッチを試みている。

 それに対し雫は明らかに不快そうな表情。

 

「あんま近寄んないでよ」

「なんだよ、いいじゃん」

「タバコくさい!」

「あー、ちょっとくさいかもなー、じゃ早めに風呂はいるかあ。よし、今日は久しぶりにパパと一緒にお風呂入ろうか」

「死んでもヤダ」


 雫に冷たく突き放された父親は、すかさずちらりと泉に視線を送り、


「じゃ、いず「嫌です」


 言い終える内に拒否られていた。

 するとちょっと寂しそうな顔をして、今度はこっちに顔を向けてきた。

 

 ……いやいやいや。それはないでしょう。 

 普通に風呂狭いからね。いやそういう問題でもないんだけど。

 一度視線を外して拒絶の意思を表示する。

 でもこのままだとちょっとかわいそうな気がしたので、代わりに少し気になった事を尋ねてみた。

 

「どうしたのそのキズ」

「ああ、これか。まあクライアントにちょっとな」


 額の辺りに、前はなかった切り傷のようなものが目に付いたのだ。

 父さんはそれ以上話す気はないようで、急にふっと真顔に戻ると手でやや波がかった髪をかきあげる。


「あれ、灰皿どこだっけ」

「はい、ただいま~」


 台所から母さんがいい返事をするが、雫と泉が露骨にいやそうな顔をした。


「ここでタバコ吸うの~?」

「吸うなら外で吸ってほしいです」


 雫と泉が声をそろえて不満を口にすると、灰皿を持ってきた母さんが一言。


「二人とも、イヤなら自分の部屋で食べなさい」

「「は~い」」


 一切反論することなくガタっと席を立つ二人。

 この母親には一家団欒という言葉が通用しないようだ。

  

「あっ、ちょ、ちょい待ち! 吸わない、吸わないから!」

「大樹さん、遠慮する事ないんですよ?」


 父さんが二人を慌てて引き止めるが、笑顔の母さんに阻まれる。

 その隙に雫と泉は待っていましたとばかりにリビングを出て、さっさと二階に上がっていってしまった。

 父さんは名残惜しそうにリビングの扉の先を眺めていたが、やがてあきらめたのか背もたれに寄りかかるようにして座りなおした。


「あー、まったく……。いやー、しかし相変わらずかわいくない妹たちだな」

 

 タバコを取り出しながら、誰にともなく言う。

 まあこの人に対する妹達の反応は、いつもあんな感じだ。

 たいていふざけていることが多いので、それがすこぶる不評のようだ。

 でも父さんが密かに真面目モードでしっかり二人と話をしているのは僕も知っている。

 

「な?」

「あ、まあ……」


 にやり、と僕に同意を求めながら、意味ありげな笑みを浮かべた。

 きっとこの人の事だから僕らの様子がおかしい、なにかあったな、と見抜いているはず。これは間違いない。

 妹たちが僕に一言も絡んでこないでいなくなるのは、どう考えても変だからね……。

 

「水樹、ちょっと」


 二人がいなくなって、僕が少しだけホっとしながら箸を運んでいると、すぐそばで母さんが僕に小さく手招きをしてきた。

 ちょっと耳をかせ、ということらしい。

 仕方なく顔を近くに寄せる。

 

「なに?」

「空気読め」


 ……はいはいわかりましたよ。僕もとっとと部屋に行って二人きりにしろって言うんでしょ。

 まあ久しぶりだからね、僕だって両親の仲がいいに越した事はないしね。

 僕も二人に続いて席を立つ。


「おいこら、水樹もどこ行くんだ」

「二人のジャマしたら悪いし部屋に……」

「あらやだ、どうしちゃったの水樹ったら急に~」


 クソババアが軽くポン、と肩の辺りを叩いてくる。

 ……これ、一回キレたほうがいいのかな。

 文句の一つでも言ってやろうかとちらっと母さんの顔をうかがうと、ギラリ、と怪しく両目が光っていた。

 僕はおとなしく自分の部屋に行く事にした。

 

「待て。お前はマジで待て」

「いやここは失礼させてもらって……」

「またそんな気遣っちゃって~、でも行くならさっさと行きなさい」

「いや母さん、悪いんだが水樹にちょっと話があるから」


 ついに父さんがきっぱり言い切る。

 あ~、これは、面倒な事になるかも。

 すると案の定、ず~ん、とうなだれる母さん。


「……わかりました。私、部屋に、行っています……」

「そ、そうか。悪いな」

「……それと明日から、しばらく実家に帰らせてもらいます」

「い、いやいや、なんでまた急に?」

「邪魔者ですから……」


 やっぱり始まった。上がるか、落ちるかどっちかだからなあ。

 いきなり凄まじい負のオーラを発しだす母さんを尻目に、父さんがこちらに目配せをしてくる。

 

「ゴホン、あー、まあいいか。そこまで急ぎでもないからな。水樹、また後でな」


 そう、結局こうなるんだよね。

 僕は弁当の残りを一気にかきこむと、これ以上巻き込まれまいと逃げるようにリビングを出て自室に向かった。

 


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[良い点] みんなきっしょい。この小説きついっす
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