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 にっこり。

 

 と伊織は笑っていた。


 ホラ笑顔だ。

 口元がぴくぴくしてるけど笑顔だ。

 なんか拳を固く握り締めてるけど笑顔だ。

 全身がぶるぶると小刻みに震えているみたいだけど笑顔だ。

 今にも全力で殴りかかってきそうな目つきをしているけど、トータルで見れば笑顔だ。

 

 うっ、と一瞬呼吸が止まる。

 僕は今、リアルで体感した。正真正銘の、殺気っていうやつを……。

 

 なんで? 爆笑とまではいかなくても「くすっ、なにそれバカじゃないのあんた」ぐらいにはなると思ったのに。

 それなのになぜ僕がまるでクリ○ンでも殺したかのような感じになってるの?

 これ……、もしかしてオラオラですか? 公衆の面前で。

 いかん、昨日の古傷が急にうずきだしてきた。本能が今すぐ逃げろと言っているが足がすくんで動かない。

 南無三。

 僕はゆっくりと目を閉じた。


「ぷぷっ」


 えっ? 笑った?

 もしかして時間差で効いてきた? 僕の笑いってそういうところあるからね。

 おそるおそる目を開く。

 

「なんか、よくわかんないけど二人、面白いね。でもダメだよケンカしちゃ」


 見ると二宮さんが、仲裁するように僕らの間に入ってきていた。

 笑ったのも二宮さんだったようだ。


「牧野さんって面白いねー、なんか全然イメージと違った」

「えっ、そ、そんなことは……」


 とたんにふっ、と伊織から殺意の波動が消えていく。

 すごい、二宮ファンネルがストレ-トに防御に働いた。

 なんて優秀なんだ。こいつは伊達じゃない。

 

「ほら、ダメでしょ水樹くん」


 二宮さんがばしっと背中を叩いてくる。

 え? 僕ですか? 勝手にヒートアップしてるのは伊織さんのほうじゃ……。


 ……ん? 待った、今水樹くんって言った?

 伊織以外の同級生女子に下の名前で呼ばれたのって……、ここ数年記憶にない。

 いきなり距離縮めすぎでしょ……。これが若さか……。いやリア充か。

 まずい、このままだと「水っちパン買ってきて」って言われるようになる日も近いぞ。

 

 がしかし。今はそうも言ってられない。

 伊織から身を守るため、この優秀なバリアをうまく扱わなければ。

 僕は無理やり笑顔を作り、


「ご、ごめんね、や、弥生、たゃん」


 勇気を出して櫻井のように弥生ちゃんって言おうとしたら、噛んで弥生たんになってしまった。

 うわ気持ち悪っ、弥生ちゃんでさえかなりの拒否反応があるのにこれはそうとうキモい。自分で言って鳥肌立ってきた。

 二宮さんは「うわこいつきめえ」みたいな顔でにやにやしながら僕の顔を見上げている。

 そして案の定伊織がエターナルフォースブリザードな視線を僕につきさしてきた。


「あ~そういうこと。それでこの前、もう朝迎えに来なくていいって言ったわけね。なるほど、今度こそよーっくわかったわ。ごめんね~ジャマしちゃって」

「い、いやっ、これは……」

「だからさっきからずっと挙動不審だったわけだ。変なのがずっとくっついてきたらそりゃそうよね~。なんだなんだそうか~」


 めっちゃ誤解されてる。

 ジト目って萌える、なんて思ってたけどとんでもない、萌えるどころか恐怖が……。あれもやはり二次元限定だったか。

 いや違うな、伊織のこれはジト目とは違う何かだ。じとっというか、どろっとした禍々しさを感じる。

 もうこうなったら僕がなにを言っても無駄だろうな。

 よし、いけ二宮ファンネル! あたしたちたまたま会っただけだからって言ってやれ。



 ……ってここはいかないんかい。

 今度は「どうすんの?」みたいな完全に他人事の顔。

 そもそもこの女、僕の味方というわけでもなんでもなく、単純に自分が楽しいように振舞っているだけなのでは?

 

 完全に窮地に立たされた僕。

 こういうときにウソでもなんでも適当にぺらぺらまくしたてることができればまた違うのだろうけど、そんな芸当はできっこない。

 もごもご言って「は? はっきりしゃべりなさいよ芋でも食べてんの?」ってキレられるのが目に見えている。

 

 しかしこの絶妙なタイミングで、僕にこれ以上ない援軍が到着した。

 そう、バスが来たのだ。

 こうなったら何度でも言うが、僕は今日は一人で登校(以下略

 

「あ、やっとバス来たか。やれやれ(ひとり言)」

 

 なにか弁解が必要な流れを無理やりぶったぎって、前の人に続いてバスに乗り込む。

 席は空いている。もうさっさと一人がけの席に座ってしまおう。イヤホンを使って今度こそ完全に一人の世界に……。

 いや待て。ここでうかつに席に座ったら、また伊織にそばに立たれてプレッシャーかけられるのでは?

 ここはまた寝たふりで……、いやさすがにバレるか。奥義だけあって実はとても疲れるし精神衛生上よくない。

 さっきも変な汗かいてたし、やっぱこいつ起きてんじゃんみたいなことになったら目も当てられない。

 くそ、こうなったら……。


「え、えっと……、一緒に座ろうか」


 後ろをついてきていた二宮さんにそう声をかける。

 緊急事態だ。ここは二人がけの後部座席を使わせてもらおう。

 僕が窓際に座り、隣にシールドを置けばきっと伊織は手を出せない。

 完璧な守りだ。


「え? いいの?」

「いいよいいよ」


 何に対してのいいの? なのかよくわからないが、こまけぇことはいいんだよ!(AA略)の勢いでずんずん進み右側後部座席に座った。

 そして笑顔で大事なシールドを隣に招き入れる。 

 彼女は一瞬戸惑うそぶりを見せたが、すぐにおとなしく着席した。

 肝心の伊織はというと……、さすがに手が出せないと踏んだのか、僕らの席から四つ前の一人がけの席に座った。

 

 はあ~、助かった、これでひとまず……。

 僕がほっと胸をなでおろしていると、すかさず二宮さんが尋ねてくる。

 

「よかったの? 牧野さんほっといて」

「いや今はちょっと……」

「ふーん、ケンカかぁ……」


 二宮さんは面白くなさそうな顔で、前方を向いたまま(おそらく伊織のほうを見ているのだろう)つぶやくように言う。


「水樹くんってウソつきだよね」

「えっ、なんで……」

「牧野さんとは付き合ってない、とか言っときながらさー」

「い、いや付き合ってませんが」

「さっき朝迎えに来なくていいとか何とか言ってたよ? 付き合ってもないのに朝迎えに来るってどういう関係なんだろね」


 うわなんだこれ、なんかすごい問い詰められてる。

 僕を守るシールドのはずが、まさかの反乱。

 これじゃ自分で隅に追い込んだも同然で、逃げ場がないじゃないか。


「……家が近所で、ちょっと」

「やっぱ幼なじみっていうやつ? 話聞いてるとうすうすそんな気してたけど。でもすごいねー、朝迎えに来る幼なじみとか、ホントにいるんだね。都市伝説だと思ってた」

「は、はは……、まあ、ね」


 なんかすごくイヤミっぽく聞こえるんだが……それにこころなしか口調もとげとげしいような。

 ついさっき三人でいた時は楽しそうにしてたと思ったけど、内心では伊織の事どう思ってるんだか……。

 まあ単なる僕の考えすぎかもしれないけど。

 

「そっかそっかぁ、まーでも、すごくお似合いだよね~」

「えっ? 僕らが?」

「そーだよ。なんか水樹くんも教室にいるときとちょっとキャラ違う感じだったし」


 そりゃ付き合いが長いし、唯一といっていいほど気楽に話せる女子だからなあ。

 確かにブサイク同士お似合いなのかも、とか思ったこともあったけど……。

 今は何だかよくわからないことになっている。

 僕の妄想がひどすぎて頭がおかしくなっていたのだろうか。

 

 ふと窓に映った自分の顔に目がいく。

 やっぱ嫌な感じ。すぐに不快になる。

 すぐにぱっと視線を外し、


「いやホント、全然だよ。それだったらむしろ僕と二宮さんの方が……」


 まだマシだ。

 腹立つ顔同士ね。


「方が?」

「あ、いやっ……」


 やべっ、今とんでもない事を口走りそうになった。

 それは君ブサイクだねって言ってるようなもんだろ。そういうのはもうこりごりだ。

 二宮さんは言葉を詰まらせた僕を、真顔でじーっと見つめてくる。

 うっ、これは……「あんま調子に乗るなよキモいんだよ」とか言われるかも……。

 しかしこのわざとらしい上目遣い、かわいいと思ってやってるのか知らないけど……はっきり言ってその顔でやられるとイライラしてくるんだよな。

 どうにも耐え切れずさっと目線をそらす。

 

「ねえ~なぁに~?」


 二宮さんは一転にたにたしながら僕の袖を軽く引っ張ってくる。

 どうやらブチ切れ寸前というわけではなかったらしい。

 もしやこの子のことだから、もうちょっともてあそんで後で「あいつにキモいこと言われた~」とか冗談まじりに言い触らすのでは。

 このまま学校に着くまでこんな調子? バスはぼちぼち動き出したが……、これはたまらん。

  

 僕は適当に笑ってごまかしつつ、会話から逃げるためカバンから携帯を取り出した。

 すると二宮さんがすかさずそれを見て一言。


「あ、そうだ。アドレス交換しよ~」


 はい?


「だ、誰と?」

「キミしかいないんだけど」

「ぼ、僕? い、いやあー、僕にアドレスとか、教えない方がいいんじゃないかな。ほら、ウザイメールとか、しょっちゅう送りつけちゃうかも」

「うん別にいいよー、してして」


 していいんかい。

 ていうかそんなことするわけないだろ。

 話すの苦手だけどメールは得意、なんてことはないんだよ、あまりコミュ障をなめないほうがいい。

  

「あー、でも僕あんまりメールとかしないから……」

「どっちやねん!」

「だ、だから送られても返さなかったりするかも」

「わっ、ひど~い。そんなこと言うかなーふつう」

「つまり、その、交換してもしょうがないっていうか、」

「いいから早く教えろや☆」


 うぅっ、なぜか逆らえない。

 うかつだった。しかし携帯を出したらいきなり聞かれるとは夢にも思っていなかったし……。

 あれ、でもよく考えたら別に普通に交換すればいいじゃないか、何をそんなにビビッてるんだ撲は。わけのわからない言い訳をして。

 しかし巷ではいろいろ小細工を弄して手に入れるものらしいけど、女子のアドレスなんてカンタンに手に入っていいものなのか。←特に何もしていない

 慣れていないので少し手間取りながらも、通信でアドレス交換を終える。

 そして僕はそのまま、携帯とにらめっこするモードに入った。が、おかまいなしに二宮さんが手元を覗き込んでくる。


「あたしの登録名、弥生たんに変えた?」

「ぶっ、ゴホ、ゴホっ! ち、違っ、さっきのは噛んだだけで、あの、とりあえずなかったことにして……」

「えー、どうしよっかなぁ」

 

 やっぱり忘れてなかったか。そうか、これがあるからなんとなくイヤだったのかもしれない。

 櫻井あたりにチクられたら、下手すりゃ僕のあだ名が弥生たんになるぞ。


「あ、そういえば連休に出かけるって話ね、あたし友達と遊びに行くつもりだったから、それにキミらを混ぜてあげてもいいかなって思ってるけど」

「はあ……」

「それとも二人だけでどっかいく?」

「え? ええっ、とそれは……」

「ぷっ、冗談だよぉ、キョドりすぎー、おもしろっ」


 もういい。もう好きにしてくれ……。

 と、結局バスが到着するまで僕はこんな感じでいじられ続けた。

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