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バスが駅に到着した。

 いつもはここでの学校に向かうバスへの乗り換えが非常にだるいのだが……、今日はそうも言ってられない。

 僕はバスが停車するやいなや、お前絶対起きてただろという勢いで体を起こして立ち上がり、すぐそばに立っていたであろう伊織には目もくれずバスを降りた。

 

 僕の寝たフリに騙された伊織は、僕が目を閉じて以降もう声をかけてくることはなかった。

 何度かこっそり薄目を開けてみると、やはり伊織はもう僕のことなどすっかり興味を失い携帯をいじっている……かと思いきやなおもこっちをガン見していて目が合ってしまったというのはきっと僕の気のせいだ。


 とにかく十五分ぐらい一切会話がなかった、ということは一緒にいる感ゼロなわけで、今度こそ僕と伊織は完全なる個人。

 なので僕のこの行動はごく自然なものなのだ。非難されるいわれはない。

 

 駅前のバスターミナルを大またに早足で歩く。

 走ったりすると逆に目立つから、これが不自然にならない程度での最高速度。

 今は朝の通勤通学時間真っ只中で、周りはそこそこ混み合っている。同じ学校の制服を着た学生もちらほら。

 これはさすがに撒いただろう。

 しかしこのままだとどの道乗り換えたバスで一緒になってしまうな……。

 いや、でも今度のバスは混むから早めに列に並んで、奥のほうに乗り込んでしまえば……。

 

「ねえ、ちょっと!」

「ひっ!」

 

 背後からいきなり二の腕をつかまれた。

 びっくりした僕は、反射的にその手を全力で振りほどいてしまった。

 立ち止まりぱっと後ろを振り向くと、伊織が驚きと不満が入り混じった顔で立っていた。


「げっ」

「な、なによその態度……」

「あ、な、なんだぁ伊織か、いきなりつかまれたもんだからびっくりして……」

「いきなりって……、あんたが勝手にどんどん行っちゃうから」


 バカな、ずっと僕の動きについてきていたのか……?

 完璧に無視してぶっちぎったから相当不審がられるぞこれは。

 絶対キレ気味になにか文句を言われると思ったが、意外に伊織の声は少し不安そうなトーンになった。


「……ねえ水樹、もしかして怒ってる?」

「え? お、怒ってる?」

「やっぱり昨日、私の早とちりで蹴ったり叩いたりしたから……? そ、その……ご、ごめんね? 痛かったでしょ?」

「あ、ああ、そんなことか。い、いやそれはたいしたことなかったしね。大丈夫大丈夫。うん、それじゃ」


 痛かった。超痛かった。

 けどまあ昨日のは僕の方にも非があったわけだからもういい。むしろ五体満足でいられた事を感謝したいぐらいだ。

 といわけで話はおしまい。さよなら。

 僕が軽く手をあげて前を向き、再び大きく足を踏み出すと、今度は上着の裾をつかまれた。

 

「ちょっと待ちなさいよ。じゃその態度はなんなの?」

 

 しおらしく謝ったと思ったら今度は軽く逆ギレしてきた。やっぱこうなるのか。

 やめてくれ、そんな風に服をつかんだら余計人目を引くじゃないか。


「は、離してくれよ……。ふっ、じ、実はあんまり群れたりすんのは好きじゃないんでね……。基本的に人が嫌いなんだ」

「なによ今さら。ていうかなに? その変なキャラ」


 突然中二病が発症したことにして乗り切ろうとしたが全く通用しない。

 本当は一緒にいて目立ちたくない。その上ハンパなく気後れしてしまって今までみたいに顔を見て気楽に話せなくなっている。

 切羽詰った僕は、僕はオプションじゃなくてバリア派なんだよ! と意味不明な返しをしそうになった。

 ダメだ、ここはいったん逃げよう。

 

「あ、はは……、ほんとはちょっとトイレに行きたくてさ」

「トイレあっちよ?」

 

 伊織が顔を向けて指し示したのはまさに正反対の方角。

 

「あ、ああそうだった、完全に寝ボケてた……、はは。……じゃ、そういうことで」


 僕は伊織の視線を振り切るようにして、半ば強引にその場を立ち去った。



 ◆  ◇


 

 小用を終えた僕は、トイレを出て伊織の待ち伏せがない事を確認し、学校へ向かうバスの乗り場へ歩き出した。

 

 ここは適当に時間を潰してバスを一本遅らせるか?

 今日は早いからそれでも十分間に合うし。

 

 ……いや待て。だいたいなんで僕がこんなこそこそしなきゃならないんだ。

 わざわざ一本遅らせるなんてバカバカしい。

 しつこいようだけど僕は今一人で登校してるから、牧野さんとかいう人とは関係ないんですよ。たまたま何度か鉢合わせしただけで。

 

 結局そのままバス乗り場までやってきた。

 すでにバスを待つ学生が七、八人ほど列を作っている。

 遠目で確認したがなぜかその中に伊織の姿は見当たらない。どこに行ったんだあの女。

 周囲を警戒しながら最後尾に並ぶ。

 

 やばいな……。もしこのタイミングで伊織がやってきたら完全に詰むな。

 なんらかの対策をしておかないと……。

 僕はカバンから音楽プレイヤーを取り出した。

 よし、この遮音性がハンパないイヤホンでガンガンにアニソンを流そう。

 そして軽く目を閉じて外界の情報をシャットアウトするのだ。

 

 コードを伸ばし、耳にイヤホンを押し込んでいると、

 

 ――とんとん。


 びくぅっ!

 不意に肩を叩かれ、思わずイヤホンを取り落としてしまった。

 ああ、終わった……。奴だ。

 周りには見当たらなかったのに……。いったいどこに隠れていたんだ。ステルス能力でもあるのか?

 観念して後ろを振り返ると、

 

「おぃっす!」


 と元気のいい笑顔が目に飛び込んできた。

 あっ、なんだブス宮さん、じゃなくて二宮さんじゃないか。

 伊織じゃなくてほっと胸をなでおろす。

 そういえば彼女も駅からバスって言ってたっけ。

 いつもはイライラするこの顔、だけどなぜか今はこの顔がすごく安心する。

 思わず笑みがこぼれた。


「あ、おはよう」

「わっ、わぁ……」

「どしたの?」

「い、いきなり笑顔だったからちょっとビックリ」


 気まずそうに目線を逸らされた。

 僕の笑顔が直視に耐えないほどキモかったのだろう。

 慌てて顔を作る。

 

「……なるほど、今のが必殺王子スマイル……。確かにすさまじい破壊力」

「は?」

「しかし不意打ちとはヒキョウな。……い、言っとくけど、あたしはそんなちょろい女じゃないぜ?」

「はあ……」


 なんかぶつぶつ言ってる……。

 この人、言動がうさんくさいというか、キャラ作ってるような感じが微妙に鼻につくんだよな。

 伊織じゃなかったのはよかったが、やっぱりめんどくさい事には変わりない。


「ぐ、偶然だね、朝から会うなんて……」

「んー、まあ実はこれまでも何回かバス一緒になったことあるけどさ、今まではあんまりしゃべったことなかったから声かけなかったんだけど」

「……じゃなんで急に?」

「なにそれ、ひどいなー。だってオレたち……もう親友だろ?」

「は、はあ……」


 ……うざい。

 いや違う、ここでこういう風に思ってしまうからダメなんだ。

 ここで気の利いた返しができないから、なめられていじられるのかもしれない。

 いや違うな、ていうかこの程度ならぶっちゃけ僕のほうが全然面白いしセンスあるね。

 できないっていうか、あえてやらないみたいなとこあるから。

 まあまあ、ここはちょっと軽くかましてやるか。


「だ、だよねー。ア、アタシたち、ズッ友だよね」

「は?」


 ……やばい、完全になにいってんだこいつっていう顔された。

 

「今なんていったの?」

「い、いやっ、その、ズッ、ゲフンゲフン」

「ふふっ、なにむせてんの? だいじょぶ?」


 あ、危ねえ、ブリザードは避けたか。

 うん、今のはよく考えるとちょっとアレだったな。ま、まあそういうときもあるさ。


「あのさー、櫻井くんがさ、連休中いつでもいいから遊びに行こう、なんて言ってたけどどうするよ?」

「どうするよって言われてもね……」


 そういえばそんな事言ってたっけ。

 どうせいじられ役だから気が進まないんだけど……。

 いや待てよ。しかしこれは……、うまく利用すれば用事を作り出す事ができる。

 なんといっても安全度で言えばこのぐらいの不等式が成り立つんだ。

 櫻井たちと出かける>>>>>>>>>>>牧野姉妹と出かける(公開処刑)

 家にいても妹たちがあんなんじゃどうせ気まずいしな……。

  

「あら、王子はすでに予定がおありでしょうか」

「いや、僕はヒマだから別にいつでも大丈夫……」


 と言いかけたところで、はっと気がついた。

 やや背の低い二宮さんの頭越し、腕組みをして立っている女子生徒の姿に。


「ふ~ん、ヒマなんだそうなんだ~」

「あっ」


 とマヌケな声を出したのはもちろん僕だ。

 会話に気をとられていて全く気がつかなかった。

 いつの間にか伊織が二宮さんの後ろに並んでいたことに。

 

「さっきまでは用事あったのにねぇ~、不思議よねえ~」


 やってしまった、なんだこのベタな展開は! 

 まさか僕がこんな、三流のラブコメみたいなことに……。

 しかしベタだからこそのこの破壊力。もうこれは言い逃れようがないぞ……。

 

「ふっ、不思議だねえ~、ははは」

「で?」


 で? と来ましたか。

 返答次第ではタダじゃおかないわよと言わんばかりの鋭い眼光。

 こうなったら…………ボケてごまかすしかない。


「き、急に用事がなかった事を思い出したんだ」

「『こういうとき普通は用事があった事を思い出したって言い訳するでしょ?』ってつっこませてごまかそうとか思ってない?」


 カンっペキに読まれている。

 これは小細工が通用する相手ではない。


「ち、違うんだ、実は、その、どうしても佳織さんだけはイヤで……」

「うん、わかった、それはそれでお姉ちゃんにしっかり伝えとく。でも私、最初はお姉ちゃんの名前出してなかったんだけど?」


 しまった、墓穴をショベルカーで掘り起こした!

 そんな告げ口されたら、「ねえ私のなにがイヤなの? ねえねえねえ!」とかって詰め寄られるぞ。

 僕が答えに窮していると、そこで二宮さんが僕らの顔を交互に見比べるようにして一言。

 

「えーっと……あたしジャマ?」


 確かに間にはさまれてごちゃごちゃやられたらまあそう言いたくもなるだろうな。

 

「え? あ、ううんごめん、むしろ私のほうがジャマしちゃったみたいで」


 伊織が大げさに手を振ってあわてて笑顔を取り繕う。

 危ない、助かった。まさかの助け舟が。

 伊織が焦りだしたぞ。同年代の女子が苦手なのまだ直ってないようだ。

 伊織は女子相手だとそれはもう別人のように萎縮するからな。

 よし、ブス宮シールド展開だ。


「牧野さん、だよね。知ってるよ~。わ、すっごい髪きれ~。触っていい?」

「あ、う、うん」

「しっかし美少女だねぇ~かわいいねえ~。あたしが男の子だったらこんな子と付き合ってみたいなぁ~」

「あ、あはは……そんなことないって」


 伊織は作り笑いをして明らかに居心地悪そうにしている。

 いいぞいいぞ二宮さんもっとやれ。 

 よし、ここは便乗するチャンスだ。

 僕が伊織の事をブスだと思っている、と伊織は思っているからな。なんかややこしいけど、徐々に修正していかねば。

 そして僕のような底辺の人間とは身分が違うんだという事を思い知らせてやらねば。


「そうそう、伊織はかわいいよね~」

 

 ギロっと僕を石にするような視線をぶつけてくる伊織。

 なぜだ。なぜそうなる。

 ああ、でも昨日ブスと言っておきながらいきなり手のひら返したようにかわいいとか言ったらそりゃそうなるか。

 昨日のは冗談だったということで、なんとかならないかな。

 

「か、かわいすぎてもう一週回ってブスみたいなね」


 あれ、今なんかとっさにこんなセリフ出てきたけど、これいけるんじゃないか?

 度重なる誤解を一発で解決する奇跡のような一言なのでは?


 ――ズンッ!

 

「いたっ!!」


 そんなわけなかった。

 伊織は僕の靴を思い切り踏みつけると、ぐっと顔を近づけて凄んできた。


「ねえ、やっぱりあんた絶対わたしのことからかってるわよね?」

「そ、そんなめっそうもない」

「そうよね、最近はおとなしくなってたから変わったのかと思ってたけど、そういえばあんたって昔からそういうヤツよね。そうやってふざけて、いろんな子にちょっかい出して」

「ち、違う、僕はそんなんじゃ……」

「昔はそれこそ伊織ちゃんのこと好きだよなんてしょっちゅう言ってたわよね。僕たちずっと一緒だよね、なんて言って。どうせそれあちこちで言ってたんでしょ?」

「い、いやそんなこと言った記憶ないですし」

「いや言ったし!」


 やめて、それ夜中に布団の中でうわあああってなるやつだから。

 

「あっそう。わかったわ、それも全部、ただふざけて言ってたわけだ? そして昨日も今日も、全部冗談だったってこと? 昨日の夜も変なメール着てたし」


 何か話が妙な方向に……。

 いやでもこれはチャンスだ。なにかよくわからないが昨日焦って送った『ごめんなさい、さっきのはほんの冗談です。また明日から頑張ろう^^』

という煽りメールがここに来て功を奏していたらしい。

 昨日のアレも今なら全部冗談という事にできるのでは。

 しかし伊織の剣幕も鬼気迫るものがあるので、僕は重い感じにならないようにできるかぎりの軽~いノリで返した。

 

「うん、そうそう全部冗談。ごめんねごめんね~」


 自分で言ってぷっ、と少し吹き出してしまった。

 今のちょっと面白くない?

 これなら伊織も怒る気がなくなって丸く収まるかもしれない。

 ちらり、ときっと笑いをこらえているであろう伊織の顔をうかがう。


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