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「あっ、あの昨日は……」


 と、またあまり考えもなしに伊織の背中に向かって口を開きかけたところで踏みとどまった。

 待て待て、ここでいけしゃあしゃあと「昨日伊織は僕が告白すると思ってたの?」なんて最高にアホな問いをするつもりか。

 それだと上から行くような感じになってしまって、伊織にさらに恥をかかせることになる。

 それにまだあくまで仮説の域を出ないわけだから、「はあ? そんなわけないでしょ、死ね」なんて言われたら僕は思わず車道に飛び出しちゃうかもしれない。

 なのでとりあえずそれはおいといて、ますブス発言についての謝罪を入れて、あれは昨日の変なテンションの暴走だった事を伝えないと。

 

「ごめん、き、昨日のアレは、今となっては僕自身もなにがなんやら……、ちょっと昨日はどうかしてて……」

「……そうやって心の中でずっと、私のことからかってたんでしょ? 私だっていい加減もう……」

「いやっ、それは誤解で、僕の頭がおかしくなってきてるのかなあって思って確認を取りたくてだね……。昨日は確かに言い方がまずかったかなって……ブ、ブスって言ったのはちょっとした手違いで、ああ、いやブスって言っても僕は別に伊織のことは好きだから……、あ! いやいや、けして伊織がブスだって言うわけじゃないんだけどね、なんていうか、えっーと……その、やっぱ一回ブスとかそういうのから離れた方がいいんじゃないかと、思ったり、」


 ……ああ、ダメだ。もうグダグダだ。

 もうなにを言っても言い訳がましくなって、どんどん墓穴を掘っている気がする。

 

 ふとあちこちにさまよわせていた視線を正面に戻すと、いつの間にか伊織が振り返って僕のほうを向いていた。

 当然まっすぐ目と目が合う。すうっと通った鼻筋に凛とした切れ長の瞳。

 そのかすかに赤くなっている瞳が、徐々に大きく見開かれていく。

 僕はその様子を最後まで見ていることができなかった。すぐに視線を外し顔を下にうつむかせてしまう。

 まともに、伊織の顔が見れない。

 これはブサイクすぎて目が潰れるとかじゃない。

 その逆だ。


 まぶしすぎる……。

 一気に気分が曇るような、あの嫌な感覚もない。

 なぜ僕はこれをブスだと思い込んでいた?

 確かに昔伊織はかわいかったんだけどやっぱりいつの間にかかわいくなくなってて……、と思っていたらやっぱりかわいくて……。

 どういうことだ、わけがわからないよ。これは一体何がどうなっているんだ……。


「い、今のってどういう……?」

 

 伊織が僕の告白を待っていただって? 

 いやいやあり得ないだろう、思い上がりもはなはだしい。


 何が悲しくてこんな美少女が、僕みたいなキモメンの告白を待たなければならないんだ。

 僕のような醜い存在は、こうして見つめられただけで浄化されて消え去ってしまってもおかしくないというのに。

 あれだ、ザコモンスターを消す魔法をかけられたみたいな。

 実際いま僕、蒸発しそうになってるし。

 自然とおなかの辺りからぶるぶると、得体の知れない震えが全身に広がってきた。

 心臓の鼓動が早くなり、それに空気が薄く……、呼吸が苦しい。

 

 もしかしてこれまでも、いやついこの前もラブレターもらったとか言ってて、アレも全部本当だったんじゃないか?

 急にいままでの伊織の言動がフラッシュバックして頭がパニック状態になる。

 やばい、なんか今すぐにでも土下座して虚言癖がどうこうとかこれまでの無礼を詫びてついでに伊織の靴をなめて思う存分踏んづけて罵ってもらいたく……。

 っと待て。僕はそんなドMの変態じゃないだろう。

 今のはほんの一瞬そう思っただけだ。


 とりあえず落ち着け。

 そうだ、宇宙を感じろ。宇宙レベルで考えろ。そうすればこんなことは取るに足らないささいな出来事のはずだ。

 

 ……よし大丈夫、僕は冷静だ。

 と気が遠くなりそうになっていると、さっきから伊織がなにやら言っている事に気がついた。


「ねえ、今の……もう一回言ってみて」


 ひ、ひぃぃっ、今のもう一回って、昨日のパターンと同じじゃないか!

 昨日やられた打撲の痛みがまたうずきだしてきた。

 ていうか今のってどれだ、なんか地雷ワードがあったのか? 否定から入ろうがやっぱブスっていうワード自体がダメなのか?

 いやどの道ここは沈黙だ。断固として沈黙を!


「……ね、もしかして昨日もそうやって言おうとしてたの……?」


 何も言うな、これ以上余計なことは言ってはならない。

 僕は固く口を結んで言葉を閉ざす。

 すると急激に息苦しさがこみ上げてきた。

 思いっきり口呼吸していた僕は、鼻で呼吸ができる事も忘れすっかり息を止めてしまっていた。

 アホだった。

 ただでさえまともに息をしていなかったのにそんなことをしたものだから、すぐにくらくらっとめまいがして足元がふらつく。

 そしてそのまま前方にバランスを崩し……。

 

「ち、ちょっ、いっいきなりこんなところで……な、何考えてんのよ!」


 はっと気がつくと、伊織の顔は目と鼻の先。

 なんと、僕の体は伊織に抱きつくようにしてもたれかかっていた。なんと、とかやっている場合ではない。


「わ、わぁっ!」


 心臓が飛び上がりそうになるほど驚き、あわててばっと飛びのく。

 危なかった……、超至近距離で見つめられて一気に成仏するかと思った。

 

「ごっ、ごめん!」

「……ふ、ふざけないでよねもう」


 やばい張り倒される! と思ったが追撃はなかった。どころか、伊織は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。

 伊織は外面を気にするタイプだから、ここで白昼堂々ラッシュを叩き込んでくるようなことはせず、女の子らしい反応にシフトしたのだろう。

 僕らのいる歩道には人はあまり通らないけど、目の前の車道には車がバンバン走ってるし、むしろ僕のほうが「おまわりさんこの人です」されないかビクビクものだ。

 グロメンが一方的に美少女に抱きついている図なんて、一部不適切な映像がございましたでは済まされないぞ。

 僕が目撃者はいないかとキョロキョロしていると、伊織が上目遣いでにらみつけてきた。

 

「昨日は私が……早とちりしたってこと?」

「……えっ、そ、そうなんですかね?」


 わからん、ごちゃごちゃに頭が混乱してて伊織がなにを言ってるのかさっぱりわからん。

 実は今、僕の頭は伊織の体が柔らかかったという情報でメモリを九割方食っている。


「いいわ。私べつにブスじゃないと思うけど……ブスってことにしておいてあげる」

「は? はあ……」

 

 なにいってんだこいつ……。

 酸素不足で脳が働かず人間の言葉がわからなくなってきた。

 今の僕には酸素が足らない。ここは深呼吸を……。


 と、このタイミングでバスが停留所に滑り込んできた。

 僕は深呼吸するのも忘れ、もう逃げるようにして我先にと乗り込む。

 

 運良くバス右側、前から四番目の席が空いていたので、椅子取りゲームの勢いで座った。

 こういうときいつもは僕が立って伊織に席を譲ったりという小ざかしい事をしているんだけど、今日は別に、元から伊織と一緒に登校しようとしたわけじゃないし。

 たまたま偶然会って、ちょっと会話をしただけだ。そしてもうそれは終わって、僕は一人だ。個人だ。

 もしここが喫茶店だったとして「お客さま二名様ですか」って聞かれても、一名ですって答えるね。

 何度も言うけど僕は今日個人として行動しているので、一緒にいなければならないという義務はないのだ。

 当然伊織の方も今日はそのつもりのはず。

 

 ……で、伊織さん、なんで僕のすぐ横に立つんですかね?

 あそこの席空いてるのに……、気づいてないのか? 

 あの中年のリーマンっぽい人の後ろの席だから加齢臭がすごそうでイヤなのか?


 そのまま伊織がポジションを変えることなくバスが発車してしまった。

 僕は全力で窓の外へ視線を逃がす。にもかかわらず、横顔にジーっと焼け付くような視線を感じる。

 

 うわぁ、これあれだ。伊織さんそうとうブチ切れてるわ。

 さすがに今表立って物理攻撃をするわけにはいかないから、ならばここは精神攻撃ってわけだ。 

 そうやってひたすらガン飛ばして、僕を目で殺す気だ。伊織さんまじパねぇっす。オレ尊敬してます。


 実際見られてるだけでもうキリキリ胃が痛いし、ガンガンMPが減ってきてるのがわかる。

 やはり僕の謝罪は受け入れられなかったようだ。

 しかもその上脈絡なく抱きつくというセクハラ行為をかましたので、この怒りも当然といえば当然か。

 

「ねえ、明日から学校休みだし、久しぶりにどっか出かけよっか?」


 ずいぶん社交的になったなあ伊織は。いきなり知らない人に明日出かけようだなんて誘いかけるなんて。


「ねえ、聞いてるの水樹」


 ……なに? まさか今の僕に言ったの? 前の席の人じゃなくて?

 冗談じゃない、こんなのと並んで歩いたら「おい、超かわいい子いるぞ」「なんだあの隣のヤツ、もしかして彼氏か?」「いやないだろ、あれだよ、オプションじゃね?」「ああ、あのひっついて一緒に弾撃つやつか」とかって絶対バカにされるぞ。

 ていうかやっぱあれだろ、今までもやたら注目浴びてた気がしてたのは僕の被害妄想じゃなくて、全部伊織のせいなんじゃないのか?

 もうすでに学校でも密かにオプション男とかってあだ名をつけられてるのかもしれない。

 もしかして伊織はそれがわかってて……、これまでも僕をからかってさんざん羞恥プレイを強いてきたんじゃないだろうな。 


「むっ、無理だね。ちょっと明日は用事があって」


 疑心暗鬼になった僕は、あさっての方角を向いたままぶっきらぼうに答えた。

 用事? もちろんありますよ、とり溜めたアニメを消化するという作業が。


「ふ~ん、用事ってなに?」

「え? あ、ああ、ちょっと家族と予定が……」


 とっさにでまかせが出たが、妹たちが遊園地に行きたい、なんて話をしてたのは本当だ。

 この調子だと僕だけ置いてかれるかもしれないけど。

 

「じゃあさっては?」

「あ、えぇっと、あさっても予定が……」

「予定って?」

 

 おいおい……、お前は僕のマネージャーかなんかか?

 いやマネージャーだってプライベートにはそこまで干渉しないだろうに。


「い、妹たちと買い物に……」

「あっそ。じゃその次は?」

  

 しつこいな、こいつどんだけヒマなんだよ。

 しかもなんでこのタイミングで、GW(連休)目前になって誘ってくるんだ?

 人には都合ってものがあるだろうに。

  

「い、いやぁ~実はなんだかんだで連休中ずっと忙しいかなぁ~」

「なんだかんだって具体的に何?」


 あっそう、そう来る。そうやって踏み込んで来ちゃうんだ?

 普通は空気読んで引き下がる所だろうに……やばい、これ以上はもうネタ切れだぞ……。

 すでに今のだって大嘘ぶっこいたっていうのに。この険悪な状態で妹たちと買い物とか絶対にあり得ないっての。

 

「……い、伊織の方こそ予定あるんじゃないの?」

「私? 私は……、お姉ちゃん帰ってくるっていうから一緒に出かけるかも」


 げえっ、これは伊織宅は連休中絶対に近寄ってはいけない魔窟と化すな。

 やっぱもう牧野家とはかかわりあいにならない方がいいのかもしれない。


「もし予定ないんだったら水樹も一緒にどうかなって」

「いやいやいやそんな、せっかくの姉妹二人きりに僕が水を差すようなマネは……」


 絶対にあり得ない。それなら今の機嫌を損ねた妹達と遊園地に行ったほうがまだマシかもしれない。


「水を差すって言うか……、水樹がいたほうがお姉ちゃん喜ぶと思うけど」


 なんで喜ばせなきゃならないんだ、僕はあの人のおもちゃじゃないんだよ。

 最悪向こうから押しかけてくる可能性もあるな……。家でじっとしていても危険かもしれない。

 何か適当に用事を作って外出すべきか……。でも一人で行くところなんて限られてるしなあ。

 

 しかしいったいどういう風の吹き回しだこれは。

 あの険悪な空気からなんでこんなフレンドリーに……。 

 新手の嫌がらせか?

 僕が佳織さん苦手な事、百も承知だろうに。

 なるほどそうか、二人で協力して僕の事を……。

 

 なんか自分を含め、いろいろ信じられなくなってきた。

 少しでも真意を探ろうと、こっそり首をもたげて伊織の顔を盗み見る。

 

 ――ちらっ。


 ――にこっ。


 ぐきっと首の骨が鳴りそうな勢いですぐに窓側へ顔を戻す。

 ……心臓止まるかと思った。なんという光のオーラ。今のをまともに受け止めていたら僕は確実に消滅していた。

 なんだ今の。なんでそんな笑顔なんだ、なにがそんなに楽しいんだ。


「……あ、あー、今日異様に眠い、なんか眠いわ~」


 僕は心臓をバクバクさせながら、ぶつぶつひとり言を漏らす。

 そして座りながら軽く背中を丸め目を閉じ、究極奥義寝たふりを発動する事にした。

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