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 翌朝。

 僕は目覚ましの音でベッドから身を起こした。

 昨晩はなかなか寝付けなかったのもあり目覚めは最悪。その上今日は三十分以上早めにアラームをセットしてあった。

 なぜそんなことをしたのかというと、昨日の朝はこれに乗って急いでもギリギリ遅刻というバスには間に合ったため、というか要するに遅刻したためだ。

 なので当然妹たちが起こしに来るという事もない。というか、きっと時間に関係なく起こしには来ないだろう。

 

 寝ぼけまなこのまま下のリビングに降りる。

 まだ時間が早いので妹たちが起きていないのはまあいいんだけど、しかし誰も起きていないというのはこれいかに。

 今日も弁当は無しか……、まあいいけど。

 

 僕は一人寂しくテーブルについて朝食をとっていると、物音が聞こえ誰か起きてきた。

 階段の方をこっそり確認すると泉だった。

 やっぱりな、いつもは泉が一番早く起きているからな。

 そして泉がリビングに入ってくるなり、僕は先制攻撃をしかけた。

 

「おはよう!」


 開き直ってテンション高めにいってみた。


「ぷいっ」


 露骨に顔を背けられた。

 ……ぷいって言うか普通? 

 けど昨日の天上天下ひたすら無視より多少マシになっているような気がしないでもない。

 むしろ悪化しているという見方もあるが。


 しかしこのままだと、今日一日学校にいる間も気分悪くなるから嫌だなあ。

 今の内になんとかして取っ掛かりぐらい作っておきたいところだ。ここは他に誰か来る前に個別撃破を試みたい。


 泉は僕には目もくれずキッチンに向かった。

 なにやら食器をガチャガチャやっている音が聞こえるので、これから朝食を作る気だろう。

 僕は立ち上がってキッチンに顔を出し、棚からフライパンを取り出していた泉に声をかけた。

 

「な、何作るのかな?」


 無視されないように進行方向に立ちふさがるようにする。


「……邪魔です」

「ぼっ、僕も手伝おうか」

「いりません」


 泉は表情を変えず、僕の目を見ることなくぴしゃりと言い放った。

 まさに取り付くシマもない。

 ちょっと角度を変えてみるか。


「いや~しかしえらいなあ泉は。二人の分も作ろうとしてるのか」


 ちょっとわざとらしくなってしまった。

 泉はじろり、と疑り深げなまなざしをこちらに向けてくる。


「そうやって、機嫌をとろうとしてるのか知りませんが、そんなことしてもムダですよ」

「む、ムダってなにが?」

「……まさか昨日の事、なかったことにしようとしてませんか? 寝れば忘れるだろぐらいに思って」


 ばっちり見抜かれていた。

 やはりこのままうやむやに、というわけにはいかないようだ。


「だからあれはちょっとした手違いで……もう昨日さんざん謝ったじゃん」


 僕はすでに幾度となく謝罪を繰り返したのだ。ずっと無視されていたけど。

 

「あんな程度で許すと思ってるんですか?」

「じ、じゃあどうすれば……」

「そんなこともわからないんですか? まったくほんとうに……じゃあ、まずは、十秒以内に泉はかわいいって百回言ってください」


 なるほど、これは許す気ないな。


「いや、それはちょっと無理かも。物理的に」

「物理的とか、そういうことじゃないです。これは気持ちの問題ですから。本当にそう思っているなら言えるはずです」


 えっ、そうなの……? いやいや無理でしょう。

 時を超越しろとかそういうこと?

 しかし少なからずつかんだ糸口なので、これをみすみす逃す手はない。

 さすがにこれ以上悪い方向には行かないだろうし、やってみる価値はある。

 

「えー、……泉はかわいい泉はかわいいい泉はかわいいいじゅ、」


 ……はい噛みました。

 

「そんな……ひどい」


 目を見開いて信じられないみたいな顔している。

 いやいや自分でムチャ振りしといてそのリアクションはないでしょう。

 

「もう、いいです」


 泉はそう言うなり僕の存在を無視して朝食の準備を再開した。

 しまった……。機嫌をとるどころか、さらに険悪な雰囲気になってしまった。

 仕方ない、できればこれは使いたくなかったが……、こうなったら奥の手だ。

 僕は不意にポン、と泉の頭に手を乗せた。


「……なんのつもりですか?」


 相変わらずの冷え切った口調。

 が、体は抵抗するそぶりを見せない。

 コンロにフライパンを乗せたまま固まっている。


「そんなので機嫌が直ると思ってるんですか?」


 手ごたえあったと思ったんだけどやっぱダメか?

 手を離すと泉の体が再びせわしなく動き出した。


 む、これは……。

 もう一度乗せてみる。

 

 ぴたっ。

 とまた動きが止まった。

 これは……、面白いぞ。なんか頭にスイッチとかついてんのかな。

 今度は手を動かして頭をなでてやる。

 すると、かすかではあるが、徐々に泉の体が僕のほうに寄ってきて……、


「あら水樹、今日は早いわねえ~。ねえ泉ちゃん、お母さんの分も作ってぇ」


 いきなり母さんの声が聞こえてきたのであわててぱっと手を離す。

 途端に本来の活動を始める泉。僕の脇をするりと抜け冷蔵庫を開く。

 ……今のはおしかったな、もうちょっとで釣り上げられそうだったのに。



 結局その後は何もできそうになかったので、あきらめて身支度を済まし早めに家を出た。

 母さんが起きてきてしまった時点でどの道タイムオーバーだったし。


 あと、もう一人の妹の方はというと……。

 僕が家を出る時ちょうど起きてきて、玄関前で遭遇したのだが……こちらのあいさつを無視した上に、すれ違いざまに「ちっ」と舌打ちしてきた。

 こっちはまったく容赦がない。もうここまでされると逆にすがすがしい。

 娘に嫌われて家に居場所のないお父さんってこういう感じなのかな。

 

 しかし僕はさんざん謝罪の意思を見せているのにこの仕打ち。日ごろから完全になめられきっている証拠だ。

 ここは兄の威厳を見せ付けるため一度ビシっと言ってやった方がいいのかもしれない。

 まあ絶対に言い負けるだろうな。ありありと映像が浮かぶ。


 僕はバス停までの道のりを歩きながら、一度強く目をつむりその悲惨なイメージを振り払う。

 まったく、それでなくともこっちは伊織のことで頭がいっぱいなのに。

 自分でまいた種だろと言われればそれまでだけど、とりあえず妹たちの事は後回しだ。


 昨晩伊織と別れたあの後、一刻も早くフォローしないと、と焦った僕は何を思ったか、『ごめんなさい、さっきのはほんの冗談です。また明日から頑張ろう^^』というコミュ障丸出しの下手すると煽りにも捉えかねないメールを送りつけていた。

 当然のごとく返信はなかった。

 だからといって電話をかける勇気ももちろんなかった。

 かけても多分でなかっただろう。死ねって三回も言われたからなぁ。

 

 これはもうダメかもわからんね、と一度さじを投げかけた僕は、しかし根気強く夜遅くまで伊織の言葉と態度を何度も反芻し、ついにある仮説にたどり着いた。

 その仮説とは、つまり。もしかすると。

 あの時伊織は……、僕が告白すると思っていたのではなかろうか……? 

 というか逆にあのシチュエーションで他に何を言う事があるのかと。

 まあ、そんな状況でブスだねって言っといてなんだけど……あれは完全に悪魔が囁いたとしか言いようがない。

 

 昨日の僕は本当にどうかしていた。

 それまでガマンしていた気持ちをすでに三人にぶちまけていて、完全に確変突入のナイトフィーバー状態になってしまっていた。

 ブスと言うまで今夜は眠らせないぜ? って言われた気がしたんだ。いや誰にかは知らないけど。


 そもそも今さら伊織がブスかどうかなんて、どうでもよかったはずなのに。

 中身だけ誰かと入れ替わってくれないかなぁ、なんて思ってた時期もあったけど、いい加減もうあの顔を見たときの嫌な感じにも慣れてきていた。

 そしてここ最近の、伊織に対する、僕の気持ちの変化。

 やっぱり僕は伊織の事が……。


 ただその前にひっかかるところがあるとすれば、伊織が僕の前でも変に見栄を張るところが気になっていた。

 このまま虚言癖が悪化したらイヤだなあって。

 

 しかし……それさえも僕の思い違いの可能性が出てきた。

 これは真偽を確かめるためもう一度呼び出して確認しなければ……。

 って何を考えてるんだ。あれをもう一回やる気かよ。


 などと煮え切らない思考を繰り返しながら、曲がり角を曲がる。

 すると前方のバス停には、一人バスを待つ伊織の姿が。


 ――やばい、伊織だ! 逃げろ!

 

 ……あ、違う違うやばいじゃない、なに逃げようとしてるんだ僕は。

 とっさにUターンしようとした体をすんでのところで踏みとどまる。

 

 まだ時間が早いからここは一度撤退して次のバスに乗るという手もある……なんて考えてる場合じゃない。

 これは昨日の誤解を解く絶交の、じゃなくて絶好のチャンスだろうに。

 明日から連休だし、ここを逃したら次に会えるのがいつかわからないんだぞ。

 鉄は熱いうちに打つべきだ。

 まあすでにぐちゃぐちゃに変形して冷え固まった後かもしれないけど。

 僕はわざとらしく足音を立てて伊織に近づき、斜め後ろから声をかけた。


「おっ、おはよう」


 伊織は微動だにしない。

 ビビって前から話しかけなかったせいか、それとも距離を開けすぎたか。

 やはり無視か。


「…………おはよ」


 伊織が前を向いたまま、かすかにそう言ったのが聞こえた。

 僕は全神経を集中させていたのできっと幻聴ではない、はず。

 これはやはりメールのフォローが効いていたに違いない。

 というかもしかして、僕が勝手にヤバイと思ってるだけで、伊織はもう別にそんな怒ってないんじゃないのか?

 だとしたらわざわざ昨日の事をほじくり返す必要はない。ここはいつもどおり何気ない会話を……。


「あ、あれ、今日は、ポニーテールじゃないんだね」


 ここ数日はずっと髪の毛を結わえていたのに、今日は普通におろしている。

 伊織は体を前に向けたまま、少しだけ首を横にひねって口を開いた。


「……ブスがどんな髪型しようがあんたには関係ないでしょ?」

「でっ、ですよねー」


 あっしまった、威圧感たっぷりの口調に押されてつい同意してしまった。

 やっぱ相当キテるぞこれは、昨日の会心のブス発言が。

  

「あ、いやっ違うんだこれは……」

「もう……いいわ」

 

 また烈火のごとく怒り出すかと思いきや、伊織は力なくそうつぶやいた。

 しかし今はこの反応のほうが……きつい。

 罪悪感がぐさりと突き刺さってくる。

 やっぱりごまかそうとしちゃダメだ。しっかり面と向かって謝罪をしなければ。


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