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 僕はそこで意図的に言葉を止めた。

 真偽を確かめるのになにもブサイクだよね? って聞くことはない。そんなのは女の子の気持ちがわかっていないバカのやることだ。

 さっき僕がやらかしたのは、つまるところ、相手が妹だからということで油断していただけだ。計画性が足りなかったというのもある。

 しかし今回のは、すでに前もって考えておいたセリフだ。ぬかりはない。

 

 つまりこうやって言ってみて、否定してもらえればそれでいいんだ。

 これは誰が見ても、っていうところがポイント。

 僕はすでに何度か社交辞令的にかわいい発言をしてしまっているから、あくまで一般的に見て、というところをここで強調する必要がある。

 さすがにこう言われたら否定せざるを得ないだろう。「そ、そんなことないわよ私なんか……」みたいに。

 伊織ぐらいのレベルなら「はあ? そんなわけないでしょ? 眼科行った方がいいんじゃないの?」ぐらい言ってくれてもおかしくなはい。

 そうすればこっちは「だよね~、最近ちょっと視力が落ちてきてるかも」って言って丸く収まる。

 われながらなんという策士。

 これで今夜はぐっすり眠れる。

  

 ……がしかし。

 伊織はただ黙っている。

 さらに僕が何か言うのを待っている様子だが、いやいやこっちだって伊織がはやいとこ否定してくれるのをひたすら待ってるんだけど?

 ああ、これあれか、先に焦って動いた方が負けるっていうやつか。

 はっ、そっちがその気ならこっちだって。負けるか。


 そうして水面下のせめぎあいが続くこと十数秒。

 ついにしびれをきらした伊織が口を開いた。

 

「……うん、そ、それで?」

 

 勝った……、と思いきや違った。

 まさかの肯定。

 しかもそれで? って……、その前に何か言う事あるでしょ?

 ていうか早く全力で否定しろ。


 とまあそんな事を口に出せるはずもなく、僕はただ息を飲みこんだ。

 なんてことだ……。ことここに至って見栄を張るとは……。やっぱり伊織はプライドが高すぎる。

 策士策におぼれるとはまさにこのことだ。

 一度かわいいねで肯定されてしまったら、やっぱりブサイクだよねとか言えるわけないじゃないか。

 妹たちでさえダメだったのに、あの伊織にだなんて考えるだけでも恐ろしい。

 

 ……やられた。僕の負けだ。完全に読み誤った。

 残念だけど……、ここはあきらめるしかないか。


 伊織は落ち着きなく、体をもぞもぞさせている。

 いかん、早く帰りたがっているぞこれは。これ以上機嫌を損ねる前にさっさと謝って帰ろう。

 

「そ、それでっていうか、その……ごめん。やっぱりなんでもなくて……、か、帰ろう」

「えっ、な、なによここまでしといて……、私に話があるんじゃなかったの?」


 急に伊織の語気が変わった。表情が見えない分、声に余計神経質になる。

 やば、やっぱ怒ってる。そりゃそうだ、ここまで連れてきといて。

 

「えぇっと、こ、これはやっぱり言わない方がいいのかもって思って」

「そんなの、言ってみないとわからないじゃない」

「いやでも、これだけは言わないでおこうって、ずっと前から決めてたから」

「ずっと前から……? ……じゃあ、なんでそれ……言わないでおこうって思ったの?」

「これを言ったらどうなるかわからないから、……怖いんだよ」


 そりゃ昔口げんかでうっかり口走ったらボコボコにされたからね……。

 リアルな話、入院とかしたくないんだ僕は。

 

「怖い? ……大丈夫よ、そんな……怖いことなんてない」

「そ、そうかな? いやでも……僕はやっぱり怖くて」


 そりゃ伊織は大丈夫かもしれないけど……。

 怖くないとか言って、恐怖を感じさせる間もないって意味じゃないだろうな……。


「……なによ、意気地なし」


 そう言われるのも仕方ない。

 半殺しにされるってわかってて言う度胸は僕にはない。


「それとも私から……言わせるつもり?」 

「えっ、そ、それはいくらなんでも……」


 と言いつつも、僕としてはそうしてくれるなら願ってもないことだ。

 まさか伊織の方から自供してくれるなんて。


「わ、私はべつに……言えないこともないけど……でも私は、どうしても……水樹の口から聞きたいの」

  

 そんなにまで僕に引導を渡して欲しいのか……?

 やっぱり今さら自分から言い出すのもプライドが許さないのかもしれないな。

 だけど伊織にそうまで言わせてしまったなら、ここはもう僕も覚悟を決めないとダメだろう。

 

「……わかった。じゃ言うけど、本当に大丈夫、なんだよね……?」

「うん、大丈夫だから……、ちゃんと言って」


 今まで僕は、ずっと逃げてごまかしてきた。

 でもやっぱりこのままじゃダメだ。

 これをはっきりさせないことには、僕たちはこれ以上前に進めない。


「あのさ……」

「……うん」


 僕はごくりと唾を飲み込むと、まっすぐ伊織の顔を見て言った。



「伊織って…………ブスだよね?」



 言った。

 言ってしまった。

 直球勝負。

 我ながらこれは男らしい。

 これでもう意気地なしなんて言わせない。

 今僕は、自分で自分を誇らしく思う。


「……今なんて?」


 ちょっと間を置いて伊織が聞き返してきた。

 僕はしっかり言ったつもりだったけど、やっぱりためらいみたいなものが出てしまっていて聞き取りにくかったか。

 でも大丈夫。一度口に出したらふっきれたみたいに自信がついた。今度はもっとはっきり大きな声で言える。


「伊織って本当はブスだよね?」

「絶対に私の聞き違えだと思うからもう一回」

「伊織って実はブスだよね?」

「ごめん、私たぶん疲れてるんだと思う。今日は早く寝ることにするわ。でもその前に念のためもう一回いい?」

「だから、伊織ってブス……」


 と言いかけたところでがしっと両肩をつかまれ、

 

 ――めきぃっ!!



「うごぉっ!」


 腹部への激痛。

 膝が……、伊織の膝がわき腹にモロに入った……。

 僕はわけもわからずその場に崩れ落ちた。

 そしてさらに伊織はうずくまる僕に容赦なくケリを入れてくる。

  

「このっ! このっ!!」

「あだっ! いたっ! ち、ちょっと!」


 ど、どういうことだこれは、約束が違うじゃないか! 

 罠だ! これは罠だ! 伊織が僕を陥れるために仕組んだ罠だ!

 きっと僕をサンドバックにしてストレス解消をしたいがためにこんな……。


 僕は痛みと混乱で頭がおかしくなりそうになりながらも叫んだ。

 

「ま、待った! さっき言っても大丈夫って言ったじゃん!」

「こ、こんな……なんでそんな……、うぅ、ぐすっ」


 泣いてる!?

 ま、まさかあの伊織が……。 

 これはやっぱり罠じゃないのか……? となると伊織は本気で……? 

 何が何だかわからない……。

 

「わ、悪かったよ、ごめん! な、なにも泣く事ないじゃないか!」

「……ぅぐっ、なっ、泣いてないわよ! このバカ!」


 と言いつつ鼻をぐずぐずさせながら、僕の背中にボカボカと握りこぶしを振り下ろしてくる。

 

「もぅ……うぅっ……なんなのよっ……あんた、ほんとに、頭に何詰まってんの!?」

「い、いやっだから僕は伊織の代わりに……」

「どうやったらこの状況でそんなセリフが出てくんのよ!」

「そんなセリフって、僕はてっきり……。そ、それじゃあ、僕がなにを言うと思ったんだよ!」

「そっ、それは……」

「それは?」


 するとそこで伊織の打撃がやんだので、僕はしゃがみこんだままおそるおそる首をひねって伊織の顔を見上げてみた。

 そして今度こそ僕ははっきりと見た。ちょうど街灯の光に照らしだされたその顔を。

 こちらを見下ろしていたのは、かつての記憶にあった可憐な少女の、さらに美しく成長した姿だった。

 なぜかこれまで抱いていた嫌悪感や不快感。それが湧き上がってくる事もなく、綺麗さっぱりなくなっている。

 僕が言葉を失い、そのキラリと頬を伝わる一筋の光に目を奪われていると、伊織は強くかみしめていた唇を開いた。


「うっさい死ねバカっ! 死ね! 死ねっ!」


 伊織はあらん限りの大声でそう罵倒すると、くるっと身を翻して走り去っていってしまった。

 

 

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― 新着の感想 ―
夜電話して呼んでわざわざ直接ブスって言うの酷すぎて草
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