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自分の部屋に避難した僕は、勉強机の椅子にもたれるようにして座りながら、いぜんとして頭を悩ませていた。
もちろん「なぜ僕の家族はブサイクなのか?」という新書のタイトルにありそうな議題についてだ。
とは言っても本来ならこんなものは、やっぱり全員ブサイクでした、解散。ですぐ終わるはずなんだけど、僕以外誰一人として素直に認めやがらない。
というかさっきの反応だとよくわからなかった、というのが正直なところだ。
あとひっかかることがあるとすれば、かすかに僕の中に残る記憶。
昔は妹達はかわいくて母さんは美人……という半ば願望じみた妄想。
昔っていってもそんな前の話じゃないか、中学に上がるまではたしか……。
いつの間にか気がついたらみんなブサイクになっていた……というホラー。
いやなっていた、というか僕が気がついたというのが正しいのかもしれない。実はみんなブサイクだったということに。
まあ厳密にはブサイクっていう表現はおかしいのかもしれないけど……、うまく言葉で言い表せない。
そうしてさんざん悩んだ挙句、僕は一つの決心をした。
決心というか、頭がゆだっていてもたってもいられなくなったというのが正しい。
時刻は夜九時前。
こんな時間に呼び出すのは気が引けたが、どうしても今確認しないと今日は眠れそうにない。
これが最後の砦だ。
携帯で呼び出したのは伊織の番号。
携帯は半年前に買ってもらったんだけど、よく考えたら僕のほうから伊織に電話をかけるのは……、あれ、初めてのような気が。
ちゃんと出てくれるかな……。
『も、もしもし?』
つながらなかったらどうしようかと不安がよぎる前に、すぐに通話状態になった。
「もしもし、伊織?」
『う、うん……どうしたのいきなり?』
電話で話しているからなのか、なんとなく伊織の声が弱々しい。
まあ確かにメールでもなくいきなり電話って、どうしたのってなるよな。
「ちょっと今から話したいことがあって……」
『……な、なに?』
やはりどうにも伊織の声が固い。レスポンスが悪いというだけでなく、なにか警戒されているような……。
昨日気まずい感じで別れたからかな。あの時の話の続きをするのだと思われているのかも。
「いや別に文句があるとか暗い話とかじゃなくて、ただちょっと確認したい事があって」
『そ、そうなんだ。……それで?』
「……えーっと、電話じゃなくて、できれば直接会って話したいんだ。でも、時間も遅いし無理ならいいけど」
「ち、直接? ……わ、わたしはいいけど」
「今から? 面倒だから明日でいいでしょ」とかって断られるかと思ったけど、意外にすぐOKしてくれた。
どうしても直接会って、もう一度この目ではっきり確かめたい。
「じゃ、すぐ伊織の家の前まで行くから」
そう言って電話を切って、忍び足気味に一階に降りる。普段なら雫か泉に見つかりしつこく追求されそうだけど、今日に限ってそれはない。
しかし玄関で靴を履き替えていると、運悪くリビングから出てきた母さんに見つかってしまった。
「あら、水樹どこに行くのこんな時間に」
「ちょっとそこまで」
「水樹まさか……家出?」
「んなわけないでしょうが」
「ダメよ家出なんて……。せめてパパが帰ってくるまで待ちなさい」
なんだよそれどういうことだよ。さすがに意味がわからない。
「すぐ帰ってくるから」
母さんがなんやかんや父さんに吹き込まれた教育論を語りだしたので、僕は遮るようにそれだけ言い捨てて玄関を出た。
家を出て前方に目を凝らすと、薄暗い道路に黒い人影を発見した。おそらく伊織だ。
僕が母さんに捕まってもたもたしている間に、伊織の方からこっちに来てしまったんだろう。
僕と伊織の家は、間に五軒ほどはさむだけなので徒歩でも距離はほとんどない。
急いで近づいて声をかける。
「ごめん、僕が行くつもりだったのに」
「うん、大丈夫」
すぐそこで失敗したと思った。暗くて伊織の顔がよく見えない。
これじゃ直接会った意味がない。
家の明かりを付けてくれば大丈夫かもしれないけど、このまま家の前で話すのなんかやだな……。なんとなく母さんや妹達にも聞こえそうな気がして。
もし母さんが声に気づいて「あらどうしたの伊織ちゃん」なんて言って家から出てきたらぶちこわしだ。
それにここだと割と声が響いて近所の家にも聞こえてしまうかもしれない。
そうだな……。ここはちょっとだけ移動して、近所の公園まで行こう。
公園のほうには街灯もいくつかあるし特に問題ないだろう。
「えっと、ちょっとそこの公園まで行こうか」
と影に向かって促す。
何も反論がなかったので了解と判断し、僕が先にたって歩きだす。
いつもの伊織なら「面倒だからここでいいでしょ?」だとか、行くなら行くで「なら早く行きましょ」ってずんずん先に行ってしまうんだけど今日は割りにおとなしい。
それどころかさっきから一言も発しないし、やっぱいきなり呼び出されて怒ってるのかな……。
そしてお互い無言のまま、妙な緊張感を保ちつつ公園までやってきた。
時間が時間だけに、辺りに人の影は見当たらない。
奥まで入っていっても仕方ないので、入り口付近の小道、街灯の立っている近くで僕は立ち止まった。
そして振り返って伊織の姿を改めて確認する。
袖の長いシャツにロングのパンツ。風呂に入った後なのか、髪は胸元まで無造作におろしてある。
肝心の顔は……、位置取りが悪いな、逆光でちょうど明かりが微妙に届かない。
すると、僕が必要以上にジロジロ見ていて気持ち悪かったのか、伊織は軽く斜め下に顔をうつむかせた。
やばい、機嫌を損ねたかも。こんな時間にいきなり呼び出して、無言で顔を見てくるだけとか不審がられて当然だ。
そもそも直接会って顔を見たらなんかわかるかもって、単なる僕の思い込みにすぎない。
やっぱちゃんと話をしないとダメだろう。
「あ、あのそれで、話なんだけど……」
なんか緊張するな……。
伊織がなぜか静かなせいで、僕の予定と全然雰囲気がかけはなれてしまってどうも言い出しにくい。
「……うん」
「実はちょっと言いにくいこと……、あ、いや、軽く確認……なんだけど」
ここまで半分勢いできてしまったようなものだけど、夜風に少し当たって冷静になると、もしかして僕って今からものすごいアホなことをするのではないかという不安にかられた。
しかしもう後には引けない。
「あの……、伊織って誰が見てもやっぱり……かわいい、からさ……」




