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 その後、僕はずっとモヤモヤした気持ちで午後を過ごした。

 授業の内容もろくに頭に入ってこず、気がつけばいつの間にか授業は全て終了。

 放課後になると櫻井がまた二宮さんにからもうとして僕の席に寄ってきたので、巻き込まれる前に隙を見て教室を離脱した。

 帰り道、駅前でちょっと立ち読みでもしようかと思ったが、やはり気分が乗らないのでまっすぐ家に帰ることにする。


 そして帰宅するなり、特に何をするでもなくこうして自室のベッドの上に寝転がってぼんやりしていた。

 雫と泉はまだ帰って来ていない。たぶん部活で遅くなるんだろう。一階では母さんがテレビを見ているだけなので静かなものだ。

  

 しかし最近やたら疲れるなぁ。僕はこれまでどおり目立たず平和に暮らしていくつもりだったのに、これはどうも穏やかでない。

 やっぱ高校は、中学と同じようにはいかないか。環境が変わればなにかと気苦労があるのは当たり前だろうし。

 

 ……いや待てよ。今思い返してみると、ここ最近のこれって全部……櫻井のせいじゃないか?

 妹がどうだとか伊織と付き合ってるとか、誰がかわいいとか僕がホモとかなんとか。

 って誰がホモだ。


 とにかくあいつのせいで相当余計なエネルギーを使わされている。

 ラノベとかの基本で言えば日常に変化が起こるのってたいていボーイミーツガールのはずなのに、ボーイミーツボーイとかおかしいだろこれ。

 意味もなくやたら主人公に親切な友達ポジションだとしても、こっちにしてみればもう僕たちを放っておいてくれ状態だよ。


 そしてそれに加えて、妹達が急にかわいく見えたり伊織が美人だと感じたりという謎の怪奇現象。

 これに関しては……、ちょっと僕には説明のつけようがない。

 

 昔は確かに妹たちがかわいくて仕方なかった。僕が重度のシスコンだったとかなんとかって、まあいい。それはもうこの際認めよう。

 ただ僕が中学に入ったあたりからそうでもなくなってきて……。

 これは僕が成長して価値観が変わったのかもしれないし、思春期とかそういうのが関係してるのかもしれない。

 娘がお父さんを嫌いになるとかそういう感じだろうか? まあそれとは違うか。

 もしくは過去の間違った思い込みがフラッシュバックしているとか。

 

 すると伊織は……、いやまあ伊織のことも、もうほとんど妹みたいな認識でいたからな。

 でも今はもう……。

 

 まだ伊織と向きあう決心がつかない。

 実は今日もうっかり学校で鉢合わせしてしまわないかびくびくしていた。

 いや、本当は意識的に姿を探したりして避けてすらいた。

 とはいえいつまでもこんな状態じゃいられないし……。



 などととりとめのない思考を繰り返しているうちに、僕はいつの間にかうとうとし始めていた。


 

 ◆ ◇


 

 ここは……。また公園か。景色がところどころ淡くかすんでいて不明瞭だ。

 目の前には……、耳が隠れる程度のショートカットの女の子が、なわとび片手に仏頂面で立っている。

 小さいころの伊織だ。そういえば昔は今より髪の毛短くしてたんだっけ。

 僕の両脇には雫と泉もいる。こっちの二人はまんま小さくなっただけであんまり変わってないな。

 

 僕たちは三対一でお互い対峙するような形になっていたが、雫が人懐っこく伊織に近づいて声をかけた。


「ねえねえ、なわとびするのー?」

「ちがうわ。これで敵をしばきたおすのよ」


 伊織は物ともせず言う。

 危ねえ子供だ。


「てき? テキって?」

「なれなれしく話しかけてくるヤツとか」  

「しずくもテキ?」

「……ち、ちがう……とおもう」

「じゃあだれ?」

「う~んと……」


 うわ、めっちゃこっち見てる。

 そうしてロックオンされているにもかかわらず、僕は全くひるむことなく口を開いた。


「やだなあ、僕は敵じゃないよ。お兄ちゃんだよ。……っと」


 びゅっと飛んできたなわをさらりとかわした。

 すごいな僕。完全に読んでるぞ。

 僕が余裕の足取りで元の位置に戻ると、泉が僕の背中に隠れておびえた声を上げた。


「お、おにいちゃん……こ、こわいよぅ」

「ほら、いずみが怖がってるじゃないか」


 たじろぐ伊織に、さらに雫が追いうちをかける。


「おにいちゃんいじめたらダメ!」


 これには伊織も参ったのか、急にしおらしくなって消え入りそうな声を出した。


「…………ご、ごめん」

「そうだそうだ、ダメだぞ、お兄ちゃんいじめたら」


 キっと僕だけガン付けられた。

 ちょっとこの人、小さくても普通に怖いんですけど。

 

 というかあんまりバカなこと言うな僕。危険だぞ。

 ……っておい、待て、なんでヤツに近づく。そしてなぜ手を頭に伸ばす。

 

「えらいね。ちゃんとあやまって」


 ぽんぽん、と伊織の頭に軽く手を触れる。

 頭、といっても背も変わらない、いやむしろ微妙に向こうの方がでかい。

  

「さ、さわんなっ」


 案の定ばしっと手を払いのけられた。

 やっぱりな。これは相当怒るだろう。

 しかしてっきりなわでシバかれるかと思いきやそうでもなかった。

 伊織はびっくりした、戸惑っているような顔をしている。

 

「あっずるいー、いずみもなでなで!」


 出た。なでなで魔神だ。

 さっき怖がってたくせにガンガン前に出てきた。


「よし、じゃあこのお姉ちゃんにしてもらおう」


 僕はぱっと伊織の手をとって泉の頭に乗っけてやる。

 伊織がまさに「あっ」という間もない早業。

 遅れて鋭い眼光をこちらに向けてきたが、一回触ってしまったら引っ込めづらくなったのか、伊織はぎこちない手つきで泉の頭をなで始めた。

 これだと泉が嫌がるかと思ったけど、それどころか伊織にすり寄り体をくっつけだした。

 ……こいつ誰でもいいのか?


「えへへ……おねえちゃん」

「お、お姉ちゃん……?」


 泉にいきなりそう呼ばれ、戸惑う伊織。


「おねえちゃん! しずくもあそんで!」


 すかさずわたしもとばかりに、雫が体当たり気味に伊織にしがみついていく。


「わ、わたしが……お姉ちゃん……」


 伊織が呆然とした表情で、なわとびを取り落とした。

 これは……、なんか凶悪犯がお母さんの声を聞いて改心したみたくなってる。


「う、うん。……お、お姉ちゃんが遊んであげる」


 伊織はそこで初めて笑顔を見せた。

 まだ少し照れくささの残る、だけどとても可憐な笑み。

 僕は思わず見とれてしまう。いや僕だけじゃなくて、あれを見たらきっと誰もがそうなる。

 

 そうやって三人の少女が手を取り合い笑いあっている姿は、とてもほほえましい光景だった。

 

「……ふっふ、ちょろいな」


 その様子を見ていた僕が、一人こっそり笑みを漏らした。

 ……しかし悪いガキだなこいつは。ぶちこわしだ。

 

 こっそりやったつもりだったのだろうが、伊織は目ざとく見ていたらしく、


「いまなにか言った?」

「いえなにも」

「なんか、こいつ単純であつかいやすいなって感じがしたんだけど?」

「そ、それは気のせいでしょう」


 伊織の第六感はこの頃からすでに研ぎ澄まされていたようだ。


「言っとくけど私、あんたのことは普通にキライだから」

「えっ……」

「あたりまえでしょ? なにそんな信じられない、みたいなカオしてんの?」


 これは一筋縄ではいかない。

 でもやっぱりこの子は面白い、と確か僕はそう思った。


「そっか……。でも僕はスキだよ」

「は、はぁっ!? バッ、バカじゃないのあんた!」


 見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい過剰反応する伊織。

 い、いや僕は、こんなことは言ってない、はず。


「ちょっとおにいちゃんどういうこと!」

 

 雲行きが怪しくなり始めた。

 怪しくなり始めたならまだいいが、その時突如として、巨大な黒い影が現れる。


「き、きゃー! うそうそ何この子たちかわいすぎ! これ天使? もしかして天使降臨しちゃった?」


 影はこれでもかというほどの至近距離でまじまじと雫と泉の顔を見比べる。

 すると伊織が若干引き気味に声をかけた。


「お、お姉ちゃん、あのね。わたしもお姉ちゃんになったんだよ」

「は? 何言ってんの? お姉ちゃんは私でしょ?」

「え、だから……」

「はいはい、伊織ちゃんもとってもかわいいですよー、よしよし」


 暴風雨が吹きすさぶ。

 激しいスキンシップの嵐が三人を襲った。

 僕はなすすべもなく、ただ眺めていることしかできない。


「なんてことだ……。僕の妹たちが……」


 いや一人違うだろ。


「さて……と」


 ひととおり蹂躙しつくした影は、ゆらりと立ち上がり、

 

「そろそろメインディッシュといこうかしら」


 すぐに直感した。

 ここは危険だ。一刻も早くこの場から逃げろと。

 

 しかし体が……、金縛りにあって動かない。

 そんなことはおかまいなしに、のしのしと近づいてくる影。

 そしてすぐ、目と鼻の先にその顔が……。


「みーくんお待たせ☆」

「ひっ」


 そこで僕の意識は途切れた。

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