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 気がつくと僕は緑が生い茂る小道を一人歩いていた。

 ここは……、近所の公園か。視界がせまくぼんやりしていて、いまいちはっきりしない。 

 それでも自然と足は進み、ゆっくりと景色は流れていく。

 やがて公園の広場が見えてくると、小学生ぐらいの女の子数人がこっちに集まってきた。


「あーみずきくんだー」

「どうしたのみずきくん」

「みずきくん今日はひとりなんだ」


 やってきた女の子達が、あっという間に僕を囲んでかわるがわる声をかけてくる。


「うん、妹にひっついてばっかいないで、たまにはほかの子と遊んで来いって父さんにおいだされちゃった」


 あ、なんか勝手に僕がしゃべったぞ。


「じゃわたしと遊ぼ!」

「わたしもー」

「ねえなにして遊ぶ?」


 なにして遊ぶって言われても……。

 こうやって女の子達に詰め寄られると、どうもけおされしまいそれどこじゃない。背だってこっちと同じくらいか、ずいぶん高い子もいるし。

 みんなやたら目をキラキラさせて、なんか期待されているようだ。弱ったな……。

 そうして何を言おうか困っていると、意思に反してひとりでに僕の口が開いた。


「うーん、そうだなあ……あれやろう、王様ゲームやろう」

「なにそれ?」

「みんなが王様の言うことなんでも聞くっていうゲーム。父さんに教えてもらったんだ」


 ろくでもないものを教える親だなあ。

 関係ないけどあのおっさん絶対いろんな子に手出してると思うんだよな。そのうち血を見ることにならなきゃいいけど。


「ぼくが王様だから、君たちはぼくの命令をなんでも聞かないとダメだからね」


 ……なんか違うぞこれ。いきなり王様決まってる。

 

「わかったー、じゃはやくはやく」


 ……わかっちゃったよ、いいのかこんな無法ルールで。


「うん、じゃいくよ。えーっと……二番が三番のスカートをめくる」

「二番とか三番ってなあに?」

「あそっか、決めてなかったっけ。じゃ二番がカオリちゃんで三番がユカちゃんね」

 

 なにその指名制。これって番号にする意味あるの? 

 やっぱり違う。これ僕の知ってる王様ゲームじゃない。

 王様っていうかとんだ暴君だよこれ。


「三番ってことは……わたし? え~、わたしやだよそんなの~」

「じゃ三番が二番にスカートをめくられる」


 変わらねーよ。


「なにそれぇ、もっとほかの!」

「なんだよ~、……じゃあもうユカちゃんが王様に向かってパンツを……、じゃなくってスカートをまくるでいいや」


 めんどくさくなってきたようだ。

 途中一回ためらったみたいだけど、それでも直球過ぎるだろ。


「もう~そればっかり。みずきくんのえっち」

「え、なに? ユカちゃん今のもう一回言って」

「だから、みずきくんのえっち」

「最後のとこもっかい」

「もー、えっち!」

「うむ、よし」


 満足したらしい。


「ずるーい、そうやってユカちゃんばっかり~」

「だって他のみんなスカートはいてないじゃん」

「あーあ、わたしもスカートはいてくればよかったぁ」


 正気かこの子たち。

 しかしこのみずきとかいうクソガキの頭の中は一体どうなってるんだ。


「うーん……なんかやっぱつまらないなあ」


 これだけ女の子に囲まれておいて堂々とそういう事を言ってしまう。

 女の子がそろいもそろってブサイクというわけでもなく、普通にかわいい子もいたはずだ。

 でもかわいい、で言ったら妹たちの足元にも及ばないな、と確かそんなふうに思っていた。

 それにみんな似たようなリアクションばかりで、なにか物足りなさを感じていた。

 

「あっ、あそこにスカートはいた子がいる」


 なにかお宝でも発見したように僕の体が公園の片隅を指さす。

 そこにはどのグループにも属さず一人でいる女の子がいた。


「あの子はやめておいたほうがいいよ」

「うん。そうそう」

「えっ、なんで?」

「だって……、ねえ?」


 女の子達は意味ありげに顔を見合わせる。

 彼女たちの間に、なにか暗黙の了解みたいなものがあるようだ。

 ……ああ、思い出した。最初に会ったころは、なんでか知らないけどあいつはぶられてたんだよな。

 

 そいつは一人で木にむかってばしんばしんとなわとびを叩きつけていた。意味がわからない。

 まあアレを見たら普通に考えても近づくのはやめておいたほうがよさそうだと誰もが思う。

 

 しかし僕は周りが止めるのもかまわずその子に近寄っていった。それは、単純にただ面白そうだったからとしか言いようがない。

 ……そうだ、僕は確かこのとき初めて伊織と……。



 と、その時僕の行く手に何者かが立ちふさがった。


「あらぁ、みーくんどこ行くのかなぁ?」

「うわっ」

「そんなにお姉さんのパンツが見たいの? しょうがないなあ」


 ひときわ大きな影が目の前に迫ってくる。

 な、なんでこの人が急に……。この時はいなかったはず。

 いやそんな場合じゃない、これは危険だ。一刻も早く逃げなければ。

 くるりとUターンして駆け出す。

 ここで初めて僕の思考と行動が一致した。


「あっ、こら待ちなさい」


 しかしいくら走っても全然前に進まない。

 もちろんすぐに捕まり、がばっと体を抱きすくめられてしまった。

 

「つっかまえた~」

 

 腕の中でもがいて激しく抵抗するが、全く振りほどけそうにない。

 なんだこの化け物は。凄まじい力だ。

 それに後ろからつかまったと思ったのに前から……?

 どうなってるんだいったい……。

 

「みーくんかっわいい~。このまま持って帰っちゃおっかなー」

「く、くるしい……」


 さらにきゅうーっと抱きしめられ完全に身動きが取れなくなる。

 巨大な胸に顔面を圧迫されて呼吸が……。

 

 し、死ぬ……。


 ◆  ◇



「ううっ」


 うめき声と共に目が覚めた。

 ここは公園ではなくいつものベッドの上。カーテンの隙間から洩れる日差しが網膜を刺激する。

 夢か……。にしても最悪な目覚めだ。最後なんて完全にホラーじゃないか。

 寝ぼけ眼で上半身を起こすと、ふと枕もとの時計に目が止まった。


「あっ!」


 目覚ましセットするの忘れた!

 やばい、これは遅刻コース……。


 僕はあわててベッドから跳ね起きると、もうその場で制服に着替えカバンを引っつかんで部屋を出た。

 昨日は寝る前になってまた昔の事を思い出してしまったせいかすっかり油断していた。起きる時間が遅れることはこれまでなかったのに。

 しかし珍しい日もあるもんだ、まさか雫も泉を起こしに来ないなんて。


 どたどたとあわただしく階段を降りきったところで、ちょうどトイレに入ろうとする雫と鉢合わせた。


「あ、雫……」

 

 なんで起こしてくれなかったんだよと言いかけたが、すばらしく情けない発言であることに気がつきすぐに言い換えた。


「おはよう」

「……お、おはよ」

 

 なんかヘンだな、雫からまともなあいさつが返ってくるなんて。しかもなんかぎこちない。

 いつもなら「やだ、お兄ちゃんそこで中の音聞くつもり?」とか言ってきそうなもんだけど。

 違和感が頭をよぎったが、今はいちいち気にしているヒマはない。そのまま雫の前を横切りリビングに向かう。

 

「あら水樹。今日は遅いわねえ~、間に合うの?」


 リビングでは母さんがテレビを見ながらゆるりとコーヒーカップを口に傾けていた。

 目覚ましを忘れた僕が悪いんだけど、普通の母親ってここまで他人事のように振舞えるものなのかねえ。

 それにブサイクな顔で優雅にブレックファーストを決めているのが腹立つ。ああ、ブサイクは言わない約束だったっけ。


「間に合わないよ、ていうか起こしてよ!」

「あら? だってまだ伊織ちゃん来てないわよ」

「誰を頼りにしてるんだよ!」

 

 やっぱり伊織は来なかったか……。

 しかし昨日伊織にしっかり起きて遅刻しないようにすれば大丈夫だからとか言っといていきなりこれは恥ずかしすぎる。


「水樹、ケンカでもしたの?」

「うるさいなぁ、このおにぎり持ってくよ」

「今日お弁当作ってないからお昼は買って食べてね」


 またか……。

 まあいつもの晩飯のあまり物を残飯処理とばかりにぶち込んだ手抜き弁当渡されるよりは、パンでも買った方がマシなんだけどね。

 雫か誰かの食い残しが入ってたときはさすがにキレそうになったし。

 ていうかよく考えたら無理に弁当作ってもらう必要ないな……。


 キッチンに置いてあったラップにくるんだおにぎりを朝食用にとカバンに放り込む。 

 雫が出てくるのを見計らい、家を出る前にトイレに行こうとすると、今度は洗面所から出てきた泉とぶつかりそうになった。

 

「っと、ごめん」


 泉はすでに制服に着替えていた。時間が時間だしな、こっちも急がないと。

 そのまますれ違おうとすると、ぼそっと泉がつぶやく声が聞こえた。


「……昨日……なんで来てくれなかったんですか……」

「えっ」


 思わず足を止めて振り向いてしまう。

 しかし泉は前を向いたまま斜め四十五度に視線を落としていて、僕のほうを見ていなかった。


「ずっと待ってたのに……」

「ご、ごめ……」


 言いかけてギリギリ止まる。

 危ない、また反射的に謝るところだった。このとりあえず謝ってごまかそうとするのは本当に僕の悪い癖だ。

 これをやると自分が悪いと認めることになってしまう。


「いやあれは冗談で言ってたんでしょ? 行くともなんとも言ってないし、そもそもそんなマネ……」

「兄さん、やっぱりわたしのことなんて……」

「だからなんでいきなりそうなるの!」


 あーまためんどくさくなりそうだこれ。

 しかし本当に僕が来ると思ってたのか……? うーん、でもそれだと僕が悪いのかなやっぱり……。

 もういいや、どっちにしろここでぐだぐだやってる時間はないんだ。

 

「ごめん遅刻するから!」


 とそれだけ言い捨て、僕は逃げるように家を出た。


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