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 その後の一日は、櫻井がなぜかからんでこなくなったので平和に過ごすことができた。

 だが代わりに隣の二宮さんがちょくちょく話しかけてくるようになってしまった。

 僕は彼女の事をすでに敵と認定したので、これ以上いじられるスキを見せてなるものかとこれまで以上に毅然とした態度で対応。

 まあ実際のところはそうとうキョドって「あっ、うん」とか「あ、そ、そうなんだ」とかやってただけなんだけど。

 アニメの話を振られた時は思わず食いつきそうになったがなんとかガマンした。

 きっと「うわ、ちょっとアニメの話してやったら急にしゃべしだしたよこいつキモっ」ってやるつもりだったに違いない。ヤツは相当な策士だ。

 

 そんなこんなでなんとか授業が全て終わった。

 今日は帰りのHRがちょっと長引いて、他のクラスより少し遅れての放課後。

 僕は隣で「じゃあねー」と手をヒラヒラさせる二宮さんに「ど、どうも……」とよくわからない返事をして教室を出た。

 放課後の喧騒の中、一人校舎を進む。廊下で立ち話をする女子生徒をよけて、階段をゆっくり下りている男子グループの横を追い抜く。

 そして下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出たところで誰かが僕の名前を呼ぶのが聞こえた。


「あっ、水樹」


 誰かが、といっても学校で僕のことをそう呼ぶのは一人しかいない。

 ……これは、まずい。まさかここで伊織とエンカウントしてしまうとは。朝の機嫌がまだ直っていない可能性は高い。

 僕は聞こえなかったフリをして歩き続けた。


「なに無視してんのよ」


 しかし回りこまれてしまった。

 すかさず伊織の攻撃。


「今から帰るんでしょ?」

「う、うん」

「じゃ一緒に帰ろっか」

「……い、」


 いやです。


「……いいよ」


 言いたいことも言えないこんな世の中。また朝の続きが始まるのか……。

 しかしなにか妙だ。このタイミングで伊織と遭遇する確率は相当低いはず。

 まだこのあたりは家に帰る生徒やだべっている生徒でけっこう人口密度が高い。

 そこそこ注意して見ていないとこの中から僕を発見するのは困難だろう。

 伊織はたまたま会った感を出してるけど、どうにも不自然だ。

 まさか待ち伏せされた……?

 

 一瞬それを指摘しようかと思ったが、今日の伊織の感じからするとそれはやめておいたほうがよさそうだ。

 結局僕と伊織は校門の方へむけて肩を並べて歩き出した。


「け、結構ひさしぶりだね、伊織と帰り一緒になるの」

「え~? そうでもないわよ、先週もあったでしょ?」


 伊織の声のトーンが朝と全然違う。抑揚があり歯切れもよい。

 これは、通常形態に戻っている……? いやそれどころかかなり機嫌がよさそうだ。 

 しかしまだ完全に油断はできない。ここは早めに確信を得るためちょっと探りを入れてみよう。


「な、なんかあったの? ずいぶん機嫌良さそうですけど」


 変に敬語になってしまう僕。

 言いながらこれはちょっとストレートすぎたかと思った。

 「は? 機嫌いいとかそんなのわかんの? あんたに」とかって凄まれる絵が一瞬脳裏をよぎる。

 しかし返ってきたのは含みのある微笑。


「ん~? ちょっとね」

「なにちょっとって」

「え~、知りたい?」


 伊織が少し首をひねって僕の顔をのぞきこんできた。

 別に……。機嫌がいいならもうそれでいいんだけど。


「う、うん」

「そっかそっか~。じゃ教えたげる。……あのさ、水樹ってさ、その……ツンデレが好きなんでしょ?」

「はあ?」


 いきなりなに言ってんだこいつ……。


 確かにツンデレは大好物だけど、それは二次元の話で……。

 ……ん、待てよ。ということはなに? 朝のあれって、もしかしてツンデレのつもりだったの?

 ツンっていうか単なる真性のドSじゃん。情緒不安定な人じゃん。

 それにデレが全然なかったんだけど……、あ、もしかして今デレてるってこと? わかりづらっ。


 ……いやいやそんなわけない。あれが演技なわけない、絶対素だ。

 ツンデレとか言ってるのは不機嫌を取り繕うための方便に決まってる。本気で機嫌が悪かったのをなんとかごまかそうとしてるんだ。

 しかしツンデレって言えばああいう態度や暴力行為が許されるとでも思ってるのか? 

 ただでさえツンデレが許されるのは二次元だけかもしれないのに、ブサイクのツンデレってなんて破滅的な響きなんだろう。

 僕はブスには慣れてるから大丈夫だけど、やる方もやられる方もいろんな意味で危険すぎる。

 

「……確かにいつかそんなこと言ったかもしれないけど、それと伊織に何の関係が?」

「……そ、それはその、えっと、あんたが喜ぶかなって思って」

「いやそこは『別にあんたのためにやったんじゃないんだからね』って言いなよ」

「あっ、しまった!」

「あははっ、ねえ、まさかそれ本気で言ってるわけじゃないよね?」

「あ、当たり前でしょ! ツンデレとかそんなの、ギャグに決まってんでしょ! ……これでもちょっと朝やりすぎたかなって反省してるんだから」

「はいよくできました」

「うるっさいバカ」


 伊織は照れ隠しをするようにべちっと軽く肩を叩いてくる。

 ……バカだなあ、ギャグとか言って、こんなのずっと考えてたのかな? なにも最初から素直に朝はごめんって言えばいいものを。

 なんて思いながら、いつしか僕はにこにこと微笑んでいた。

 これは朝教室でやったようなぎこちない愛想笑いなんかではなく、心の底から湧き上がってくる自然な笑顔。

 なんやかんや言ってもやっぱり伊織といると楽しい。

 普通は女子とだと針のムシロ状態だけど、伊織の場合はヘンに緊張したり挙動不審になったりしないし。


「やっぱり伊織は面白いね。伊織といるときが一番楽しいかも」

「き、急になによ……。……そ、それはわ、私だって……」


 僕は珍しく学校内を気分よく歩いていたが、すぐにあることに気がついた。


 しまった。ここはまだ学校の敷地内だった。周りには大勢生徒がいる。

 どこで誰が見てるかわからない。こんな風に仲良さそうにしていて、またあらぬ言いがかりをつけられたりしたら……。

 櫻井あたりが騒いでいるだけならまだいいけど、そのうち伊織のクラスとかでもウワサになってしまうかもしれない。いや、もうなってるかも。

 あんなブサイク男と……とかそんなことになったら伊織の方にも迷惑がかかる。単に家が近所で仲良くしてくれているだけなのに。

 今まではこんなことまで気が回らなかったけど、櫻井から付き合うとかそういう単語を聞いてから急に意識しだしていろいろ考えるようになってしまった。


 僕は表情をあわてて真顔に戻し、少し沈んだ声色で伊織に話しかける。


「あのさ……、そういえば前から言おうと思ってたことがあるんだけど」

「は、はい! な、何かしら」


 ヘンに上ずった声が返ってきたので不審に思って伊織の方を見ると、歩く動きが少しぎこちなくなっている。

 ちょっと気になったけどそのまま続けた。


「朝なんだけどさ、やっぱりウチに迎えに来たりしなくていいから。わざわざ来てもらうの悪いし」

「……えっ」

「僕がしっかり起きて遅刻しないようにすればいいことだし。それに伊織も毎回妹たちにちょっかい出されるのもイヤでしょ?」

「べ、別に私はそんな……」


 口ごもった伊織の歩みが急に遅くなったので、それに合わせてこっちもペースを落とす。


「それにさ、あんまり一緒にいると……、その、周りから変に誤解されるかもしれないし……」


 伊織にしてみれば何を今さらって感じなのかもしれない。これはただ僕が鈍感だっただけだ。

 特別仲のいい友達ぐらいの感覚でいた。いや友達って言うのともちょっと違うのかもしれないけど。


 伊織の足どりが急に止まった。どうしたのかとすぐに僕も足を止めて振り向く。

 

「……そう。ずっと……イヤだったんだ……。……ごめんね」


 なんとかそう聞き取れる程度のか細い声。

 伊織の視線は僕の足元に落ちていた。


「えっ、い、いや僕は……」


 なんか誤解されているようなので訂正しようとすると、伊織は不意にパッと顔を上げた。

 近距離でまっすぐ目と目が合う。

 その瞬間、僕の体がぎくりと硬直した。

 まただ。今日の朝の、あの時と同じ。伊織の顔を直視した時の、いつもの不快な感じがない。

 いや不快どころか、これはなんて……。

 

 となにかに気づきかけたその時。

 僕の思考は、伊織の高い声によってそこで停止した。


「あっ! 私ちょっと教室に忘れ物! ごめん、やっぱり先に帰っていいよ」

「え、あっ」


 そう言うと同時に伊織は百八十度ターンして僕に背中を向けた。

 そして引き止める間もなく、伊織はそのまま小走りで校舎の方へ向かっていってしまった。

 僕はしばらくその場に立ちつくし、その後姿をただ呆然と眺めていた。 


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