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「そういえばオレ聞こうと思ってたんだけどさ、お前っていったいどんな子が好きなんだよ」

「あ~それあたしも気になる~」

「好きな芸能人とかは?」


 ……うわ、ヤバイ。

 もしかしてこの質問は、誰を挙げても「お前が好きでも向こうはお前のこと好きじゃないから」とかって落としてくるやつじゃないのか。

 僕はそういうことに関しては二次元に偏ってるから、テレビに出てるアイドルとかってあんまり詳しいほうじゃない。

 いいなって思える人はもちろんいるけど、パっと見かわいいって思ってもやっぱり違うってなったりすることもあるんだよな。

 中にはなんでこんなのが人気あるんだ? っていうのもいるし、こういう場合誰って言っておけば無難なんだろう。

 今までこんな状況に直面した記憶自体ないし、おおっぴらに誰だれがかわいいって言うのもちょっと抵抗がある。

 「お前あんなの好きなの?」って言われたらイヤだし。

 アニメキャラだったらすらすらでてくるんだけどなあ。二次元のキャラはみんなかわいいし。

 ……まあいいか、なにもまともに言ったところでいじられるだけだし、適当に今イチオシのアニメキャラを言ってごまかせばいい。どうせ誰もわからないだろう。


「……え、え~っと、キ、キョーコちゃんとか」

「なにそれ、誰なん? アイドル?」

「ま、まあけっこうマイナーといえばマイナーだからね、知らないのも無理はないかな」

「じゃ今から調べっから。えっとなんだっけ、もっかい言ってみ?」


 櫻井はスチャっとスマフォを取り出す。

 ヤベっ、その手があったか。おそるべし文明の利器。


「いやっ、多分ネットでもひっかからないかも……」

「はあ? どんだけマニアックなんだよ。つってもさすがにググっても出てこないって事はないだろ。あ、お前まさかAV女優とかじゃねえだろうな」

「そ、そんなわけないだろ」


 女子も聞いてるのになんてこと言うんだこいつ。

 僕の発言を聞いて女子たちも「知ってる?」ってお互い顔を見合わせてる。

 どうしよう、やっぱり言い直そうかな……。

 「実はアニメキャラなんだ!」って元気よくノリで返せば冗談っぽく乗り切れるかもしれないけど、僕がやったら「じっ、実はア、アニメの……、ふ、ふひっ」みたいにキモい感じになってしまいそうだ。

 と迷っていると、その時いきなり前の席の富田君がくるりと後ろを振り向いた。


「キョーコちゃんは釣り目でポニーテールのちょっと気の強いけど実は恥ずかしがり屋のまあいわゆる典型的なツンデレキャラだな」


 早口で一気にそう言い終わると、またくるっと前を向き何事もなかったかのように静かになった。

 一瞬その場にいた全員があっけにとられて停止。そして次の瞬間、


「いや知らねえよ誰だよ! ていうかお前も誰だよ!」「何今の~ウケる~」「え~なんかこわ~」


 どっ、と場が沸いた。

 当の富田君は我関せずと再び本に視線を落としている。


 富田君、実はずっと聞いていたのか……?

 でもこれでなんとかうやむやになって、結果的に僕は助かったみたいだ。

 今のはきっと富田君が僕を助けてくれたに違いない。

 反射的にどうしても言いたくなっただけなのかもしれないけど、どっちにしろありがとう富田君……。


 と、それで終わっていればよかったのだが、二宮さんがいきなり素っとんきょうな声を上げた。


「あー、わかった! キョーコちゃんってあのマジ×まじのでしょ! あたし知ってるー」

「えっ、知ってるの?」

「お兄ちゃんに見せてもらって知ってる~、かわいいよね~キョーコちゃん」

「う、うん、かわいいよね!」


 まさか二宮さんが知っていたなんて……。

 急にテンションの上がった僕は、ひときわ大きな声でほがらかにそう答えていた。

 すると再び場が静まり返り……。

 

 あれっ、なんだこの空気。


「あっ、長瀬が笑った!」

 

 ク○ラが立ったみたく言われた。

 すぐに全員の注目が僕の顔に集まった。つきささるような女子の視線を感じる。

 僕は相当キモい笑顔を浮かべていたに違いない。ただでさえグロい顔をしているというのに。

 そう思うと急激に恥ずかしさがこみ上げてきた。 

 すぐにパッと顔を伏せたが、もはや一秒たりともこの場にいたたまれなくなった僕は、


「ご、ごめん、ち、ちょっとトイレ!」


 結局逃げた。



  ◆ ◇



 本当にトイレに逃げた僕は、ゆっくりと用を足しゆっくりと手を洗い、その後は意味もなく廊下の窓から外を眺めたりして時が過ぎるのを待った。

 は~……、ここは平和だなあ。

 そろそろ登校時間終了のチャイムが鳴るはずだ。

 

「……お前何してんの?」


 振り向くと、櫻井が不審者を見るような顔つきで立っていた。

 

「なんだよ」


 確かに僕はそんな顔をされても仕方ないぐらい怪しい行動をしていたのかもしれないが、逆ギレ気味に強気な態度にでた。

 実はさっきの櫻井の言動にまだ少しイラついているのだ。


「まあそんな怒るなよ、さっきはオレもちょっと調子乗りすぎたよ」


 そう言って櫻井はポン、と軽く僕の背中を叩いてくる。

 いかにも反省している風を装っているが、こっちだってそうカンタンに騙されるほど単純じゃない。

 僕は身構えたが、櫻井はこっちが拍子抜けするほどやや落ち込んだ声を出した。


「いやわかるでしょ? ああいうときに面白いヤツアピールしておかないとダメじゃん?」


 やっぱり櫻井と僕は住む世界が違うようだ。

 ここはもうはっきり言っておくべきだろう。


「……そんなのこっちは知ったこっちゃないし。だからもう僕には……」

「そりゃ王子にはこの苦労はわからないかも知れねえけどさ。そんなこと言わずに、頼むよ」

 

 櫻井はそこでいったん言葉を区切り、がしっと僕の両肩をつかんできた。 


「弥生ちゃんはオレに譲ってくれ!」


 ……いきなりなにを言ってるんだろうこの男は。


「いや、ちょっと全然話が見えないんだけど……」

「さっき今度の休みみんなでどっか遊びにでも行こうぜって言ったら、弥生ちゃんに『長瀬くんも来るなら行く』って言われたんだが……。私そんなときどういう顔をすればいいの?」

「笑えばいいじゃん」

「笑ったよ。ミジメにな。んでいたたまれなくなってオレもトイレ行きだよ」


 あの女、さっき櫻井と一緒になって僕をいじってたくせにどういう風の吹き回しだ?

 ああ、これはいじりがいのある面白いオモチャを見つけたってところか。

 キョーコちゃんをかわいいと言ったのはまあ評価してやってもいいけど、今後ヤツは要警戒だ。


「つってもオレと弥生ちゃん結構いい感じだったじゃん? あんなに話したの初めてだったけどなんかノリもあってたし。まあさっきのもお前がっていうか他に男子がいないとまだイヤって意味かもしれないし」

「……ていうかさ、雫のことはどうしたの?」

「え、雫ちゃん? あ、いやあれね、そんな元から本気でどうこうしようってわけでもなかったし、昨日のは半分ノリみたいなもんじゃん? それによく考えたら二つ下だし、ただでさえ雫ちゃんって発育遅れてる感じだったし。間違ってロリコンとか言われるのもちょっとアレだろ?」


 昨日結構ノリノリだったような気がするんだけど……。

 やっぱりこいつ、ろくでもないやつなのかもしれない……。

 

「どっちにしろ雫ちゃんは脈ないでしょあれじゃ。弥生ちゃんだってかわいいだろ? そういや雫ちゃんにちょっと似てるし。前から密かに狙ってたんだよ。オレの見たところこのクラスのかわいい系じゃ一番だな」


 確かに言われてみると顔つきも雰囲気も、どことなく雫と似ている。

 これまでは隣同士にもかかわらず近距離でまともに顔を見てなかったからそんなこと思わなかった。

 遠めで何度か視界に入ったりしたときはなんとなくかわいいという印象があったけど、今改めて顔をよく思い浮かべると……。


 いや違う。やっぱり違う。

 これはなにか苦手な、嫌な感じ。

 一度そう認識すると、急に不快な感覚が沸きあがってきて……。


「いや、そんなかわいくは……、ないと思う」

「あっそ、ならいいや。お前は全然眼中になし、と。じゃ、そういうわけで協力ヨロシク」

「また勝手なこと言うなよそうやって……」

「なんだよまだ怒ってんのかよ……。謝ってるだろ、ケツの穴の小さいヤツだな」

「いや別に怒ってないし」

「その言い方がもう怒ってんじゃん。悪かったって。てかなんでオレが男にこんな気遣わなきゃならねえんだよ。アホか」


 櫻井が珍しく困った顔を見せる。

 さっきから櫻井と会話していて、僕はなにか既視感のようなものを覚えた。

 あれ、なんかこれ……、あれだ、まるで昨日の僕と泉みたいだな。

 僕が泉で櫻井が僕……。いやいや僕があの泉って。

 

 そんなことを考えていたら、急に笑いがこみ上げてきた。

 

「ふふっ」

「うわっ、いきなりなんだその笑い、気持ち悪っ!」


 櫻井は二歩三歩後ずさりした後、くるりと僕に背をむけ慌てて教室へと逃げていった。

 


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