9 テティス
「ままっ」
気づいたら、隣にいたはずの唯がテティスと呼ばれた女性の腰のあたりに抱きついていた。
ママッ、ママッ、と必死に呼びかけながら。
唯が生まれてすぐ、幸は息を引き取った。それなので、幸の顔を写真でしか見たことが無い。これまで会うことが叶わなかったママ―――幸に似た女性に、会いたい、という気持ちが爆発したのかもしれない。
そばまで行くと、テティスの容姿がよくわかるようになる。
赤みがかったブラウンの髪に、薄いブラウンの瞳。近寄ると、黒目黒髪の幸との違いがはっきりする。遠目にはそっくりだったが。瞳の色、髪の色を除けば、瓜二つといったところだろうか。
「こんにちは、です」
そんな唯に動揺することもなく、テティスと呼ばれた女性は、唯と視線を合わせるためにしゃがんだ。
「……まま? …とちがう…」
少し落ち着いたのだろう、唯がテティスと目を合わせた。
「テティスです、よろしくです」
テティスと見つめあっていたが、しばらく経って唯が目を離し、俯く。
「…うん」
悲しそうな唯に声をかけると、ぱぱ、といって俺に抱きついてくる。
泣いてはいないが、今にも泣きそうな感じだった。
唯は、ママに会いたい、と俺にこぼしたことは数えるほどしかない。それは、俺が幸―――ママとの“楽しい”エピソードを話した時で、いなくて寂しい、といった様子ではなかった。
ママに会いたいか? と聞いても、ぱぱがいるからいい、と答える唯だったが、本当は会いたかったのかもしれない。
「あーっと、俺の娘だ」
唐突にディスケスさんがテティスを差して言う。
「こんにちは、です。テティスといいます」
立ち上がり、俺の顔を見て挨拶してくる。
「あー、はい、尊です。こっちは唯です」
そう答えながら驚く。
―――娘?
テティスは、ディスケスさんの娘らしい。歳は、15,6歳くらいか。このおっさんに、こんな大きな娘がいるとは思わなかった。
まじまじとテティスを見ていると、テティスははずかしそうに、顔を赤らめて俯く。
その様子を見たディスケスさんが、
「何ジロジロ見てんだ、小僧。テティスに手を出すんじゃねーぞ」
いきなり怒られた。
―――手を出すって…。娘のいる前で変なこと言うな。
「お父さん」
困ったような表情でテティスがディスケスさんを抑える。
「ディスケスさんに、こんな大きな娘がいたんだな」
「あん? 何だ小僧、俺に娘がいちゃおかしいのかよ」
いや、おかしくはないんだが…。
「ディスケスさんって、いったい幾つなんだ?」
「おう、俺か? もう40超えてるぞ」
また、驚いた。見た目に似合わず、結構な歳だったんだな。
「お父さんは、若く見られます」
笑顔のテティスが口を開いた。
「フレイアもそうだが、テティスもやっぱり低く見られるよな」
この家族は、実際の年齢より低く見られるらしい。
すると、テティスはいくつ位なんだろう…。
「わたしもよく成人していないと思われちゃいます」
笑顔だったテティスが困ったような顔を見せる。
「あぁ、今でもテティスは16歳以下に見られるらしいな」
こちらのディスケスさんも困り顔で言っている。
この世界では、成人=16歳なのか。
「テティスさんは、16歳なのか」
今の話の流れから想像して言ってみる。外見から想像したものでもあるが。
「20歳ですっ」
……顔を真っ赤にして怒られました。
ディスケスさんといい、テティスといい、俺の想像した年齢プラス5歳くらいのようだ。とすると、フレイアさんはいくつなんだろうか?
「それじゃ、フレイアさんて、いくつなんですか?」
「おっと、それは聞いちゃいけねぇ質問だな」
ディスケスさんの言葉にテティスが、うんうん、頷いている。
なんじゃそりゃ? 女性の年齢は聞くな、ということか?
何となく教えてもられない雰囲気だった。
周囲の微妙な沈黙のなか、落ち着いたのか、抱きついていた唯が顔を上げた。
「ぱぱ」
「ん? どうした?」
俺を見上げていた唯が、テティスの方を向く。
「んーと、ゆい、5さい!」
そういって、手を上げて掌を広げる。
今の話を聞いていて、各々の年齢を教えあっていると思ったのだろう。
「はい。ユイちゃんは、5歳ですね」
テティスは、しゃがんで唯に目線を合わせると、ニッコリ笑顔で答えた。
「うんっ!」
元気のいい返事とともに、テティスに抱きつく。テティスもしっかりと抱きしめてくれた。
「えへへっ」
唯の嬉しそうな、くぐもった声が聞こえた。
―――よかった
瞳の色と髪の色を除けば、幸―――ママに瓜二つのテティスを見ても大丈夫らしい。テティスを最初に見たときの唯の反応を考えると、少し心配したが。
「そういえば、お父さん。今日はどうしたんですか?」
そうして、当初の目的をテティスに伝えることになった。