6 啓示
この世界では、異世界の存在が当然あるものとして認識されています。
「神の啓示を受けたのです」
神妙な顔で告げたフレイアさん。
「神の啓示、ですか」
「ええ、夫とともに森に行け、と」
フレイアさんが神妙な面持ちのままそう言う。啓示そのものは、単純なもののようだ。
「あぁ、俺は毎日街はずれの森に行って、狩りをしているからな。」
「そうなんです。普段は、ディーが一人で森に行ってくれるのですが、神の啓示があったものですから私も同行しました」
「まぁ、神の啓示なんて、そうそうあるもんじゃないが…」
その後、2人が森に行ってみると、森の少し開けたところに俺と唯が倒れていたらしい。ディスケスさんが俺を背負い、フレイアさんが唯を抱いて、そのまま森を抜け、この家に戻ってきたとか。
「それにしても、神の啓示というのは?」
少なくとも、俺にはそんなご大層な出来事が起こった経験はない。
あえて言うなら、病室での神様?との邂逅くらいか。しかし、あれは“神の啓示”というものとは違う気がする。
「あぁ、フレイアはもともと神官だからな。神の啓示っていうのは、ある程度の神官が、直接、女神から言葉を賜ることだ。……でいいんだよな?」
「はい」
フレイアさんがニッコリ返事をする。フレイアさんは神官だったのか。
「それで、お前たちはどこから来たんだ?」
その質問に先ほどフレイアさんに言ったままを答える。
「日本、というところからです」
「ニホン…、聞いたことないな」
ディスケスさんは怪訝そうな顔をして何かを考えるようなしぐさをする。
「どうしてあの森にいたのかは、わかりますか?」
ディスケスさんが考え込んでしまったようで、今度はフレイアさんが聞いてくる。
ここで、唯のこと、異世界に来ることになった経緯を話すかどうか迷ったが、この2人にならと、俺は話した。
「渡世人か・・・」
ディスケスさんが、つぶやくようにそう言う。ディスケスさんもフレイアさんも俺の話に少し驚いていたようだが、俺が想像していたような驚きは示さなかった。
もともと、神の啓示があり、行ってみると人が倒れている。何らかの事情があることは考えなくてもわかることだ。それも神様が関わっているほどの。
「とせびと?」
俺の疑問にディスケスさんが答えてくれた。
「あぁ、渡世人。女神ディオネの意思により、この世界に来た人間をそう呼んでる」
この世界『ディオネシア』には、女神の意思により、この世界に渡ってきた人間が少ないながら何度かあったらしい。
女神ディオネ。
この世界では、創造神といわれており、フレイアさんはその教団の神官をしていた、とのこと。
また、この世界に渡世人が来る時には、教団の神官に何らかの啓示があることもわかっている。2人も俺たちを保護したとき、真っ先にその可能性を考えたらしい。
少なからず存在した渡世人。彼らは、この世界で様様な文化や技術を提供した。例えば、言葉であったり、魔法であったり。農法というものもあったらしい。
そう、魔法。
この世界には魔法がある。
…といっても、魔法を使えるのは一握りの人間だけで、普及しているとは言い難いらしいが。その代わり、その魔法士が創る魔法具というのが一般には出回っており、生活の一部として出回っている。魔法そのものとは違い、例えば、火を付ける、明かりを灯す、など簡単なことしかできないらしい。
もともと、この世界にも魔法というものはあったらしいのだが、魔法具という概念がなかったらしく、一般庶民には、王侯貴族などが使う未知の技に近いものであった。
しかし、1人の渡世人が魔法具という概念を持ち込み、庶民に普及させたらしい。
「さて、これからどうするか、だな」
ディスケスさんとフレイアさんが一通りこの世界の説明をしてくれたあと、ディスケスさんが今後のことを尋ねてくる。
渡世人といっても、国や教団は基本的に無干渉。過去に渡世人を国や教団で保護しようとして神の怒りをかった、ということがあったのが原因らしい。詳しい話が庶民には伝わっていないため、本当の話かどうかわからないが、今も無干渉を貫いていることから何らかの出来事はあったのではないかといわれている。
「その前にお昼にしませんか? 時間もだいぶ経っていますし」
フレイアさんが休憩しようと提案してくる。そういえば、唯はお腹が空いていたんだった。
ふと、唯の顔を伺うと、少し眠たそうにしながらも俺たちの話を聞いている。唯には難しい話だったろうし、退屈だったんだろう。それでも大人しくしている唯は、本当にいい子だと思う。
「唯、大丈夫か?」
「うん」
「まぁ、そうだな。フレイア頼む」
フレイアさんが椅子から立ち上がって、隣の部屋に行く。おそらく、そこが台所なのだろう。
隣の部屋からカタカタ音がしたと思ったら、数分の後に深めの木皿などを持って戻ってきた。そして、各人のまえに木のスプーンを置く。木皿は重ねたままテーブルの端に置いた。
もう一度、隣の部屋に戻って、持ってきたのは鉄製の寸胴鍋らしきものだった。湯気が経っていることから、煮込みか何かだろうか。
「もうちょっと待ってくださいね」
そう唯に声をかけ、最後にコッペパンらしきものを持ってくる。唯は待ち切れなさそうに、視線を寸胴鍋とパンを交互に見ている。
「お待たせしました。今日はご馳走ですよ」
フレイアさんはニッコリ笑って寸胴鍋のふたを開け、中身を木皿に取り分けて各人に配る。
ほぼ透明のスープの中には、ジャガイモらしきもの、ニンジンと思わしきもの、茄子と思われるもの、あとは丸い玉ねぎのようなもの。それらが入っていた。
……原形のまま。
「ぱぱ……」
とても困ったような顔をして俺を見上げる唯。
祖母が亡くなってから、唯のご飯はすべて俺が作っていた。仮にも料理人だったので、唯のご飯だって手間をかけて作っていたのだ。
―――わかる。わかるぞ、唯。野菜そのままを放り込んだ鍋なんて食べたことないもんな。
『渡世人』は、この物語上の造語です。
本来、『渡世人』はトセイニンと読み、博徒(現代のヤクザ)を指します。
この物語では、『渡世人』をトセビトと読ませ、(異)世界を渡った人という意味を持たせています。