5 ディスケス
あけましておめでとうございます。
「異世界の料理人」ともども、本年もよろしくお願い申し上げます。
フレイアさんの後に続き、今いた部屋を出て廊下を少し歩くと、先ほどより大きな部屋に出た。部屋には、横に2名ずつ掛けられる大きなテーブルが1つ。椅子も4脚。大きな木窓もあるが、ここも外に植物が生い茂り、風景を見ることはできない。壁は作り付けの棚となっており、いろいろ置いてあるのがわかる。
現代風にいえばリビングダイニングといったところだろうか。目算だが、8畳くらいはあると思う。
その部屋に男が一人、椅子に座ってこちらを眺めていた。
見た目は、俺よりひと回り上くらいの年齢。赤の短髪。瞳の色は深紅かブラウンか。ここからではハッキリと色がわからないが、初めてみる瞳の色だ。
彼がフレイアさんの夫なのだろう。フレイアさんの隣に並んでも遜色ない男前だった。
「おっ、やっと起きてきやがったか」
その男がフランクに声をかけてきた。
「はい、声をかけたときには気がついていましたよ」
そう、フレイアさんが答える。
「鈴野尊です。ご迷惑をおかけしてます」
そう言って、軽く頭を下げる。社交辞令ではあるが、当たり障りのない言葉をかける。日本人の性だな、などとどうでもいいを考えてしまう。
ちなみに唯は、抱きあげられた俺にしがみつき、顔をうずめたままである。
「なにが迷惑なのかよくわからんが、まぁ、いい。お嬢ちゃんは大丈夫か?」
「はい、ありがとう・・・ございます」
もう一度、頭を軽く下げて、唯に、あいさつ、と軽く促すと、唯が頭を上げて男の方を向く。
「ゆい、です」
言葉とともに頭が少し動いたのは、お辞儀をしたかったのだろう。
「おう、ディスケスだ。よろしくな」
そう言ってニカッと笑う。笑うと思ったより若いな、とも思う。もしかすると俺より少し上くらいの歳なのかもしれない。
唯は、少しびっくりした表情を浮かべたあと、パッと笑顔になった。
「まぁ、立ち話もなんですから、座ってください」
夫の横で様子をうかがっていたフレイアさんがテーブルの椅子を勧めてくるので、唯を抱いたまま椅子に座ろうとするが、唯がモゾモゾ動いたので床に降ろしてやると、自分で椅子に座ろうとした。
―――唯、その椅子は大人用で、しかも少し高くなっているから、自分で座るのは難しいぞ
5歳になる唯の身長は、100cmくらい。椅子の座面の高さは、50cmくらいだろうか。腰の高さくらいある椅子に座るのは初めてだろう。俺たちが暮らしていた部屋は、畳にちゃぶ台みたいなものだったし、幼稚園でもそんな高さの椅子はなかったはずだ。椅子が倒れないように押さえているのだが、唯は、うんしょ、うんしょと擬音が聞こえるように頑張っている。
「かわいいな」
「はい」
そんな声が聞こえてきた。視線を向けると2人が微笑ましく見ている。
―――たしかに唯は可愛いが、誰にもやらんぞ
そんなことを考えているうちに、唯は登頂に成功したらしい。チョコンと椅子に座って、横に立っていた俺を見上げる。
「ぱぱ、できた!」
満面の笑みで見上げてくる唯は、天使だった……コホン、可愛い娘だった。
「よくできたな」
ご褒美に頭を少し強くなでてやると、その強さに目をつぶってしまったが、笑顔のままなので大丈夫だろう。
そんな微笑ましい雰囲気のあと、俺も席に着く。
「改めて自己紹介をするが、俺はディスケス=ニクス。こっちは、フレイア=ニクス。俺の妻だ」
そう言って、ディスケスさんは自分とフレイアさんの自己紹介をした。そのまま視線を俺に向ける。
「俺は鈴野尊。尊が名前で、鈴野は姓…家名です。それで、こっちが唯。俺の娘、です」
姓、と言ったときに怪訝そうな顔をされたので、家名と言い直した。
「スズィノ…家名なのか」
発音が微妙に違う気がするが、そこは流した。そういえば、フレイアさんも俺たちが名のったとき、名前の方を呼んだな。すずの、という言葉が聞き取れなかったのかとも思ったが、家名と思わなかったからなのかもしれない。この世界は、名前=姓なのだろう。『ニクス』というのが彼らの家名か。
「まぁ、尊、唯と呼んでくれれば構わない」
つい、普段の話し方になってしまったが、2人とも表情が変わった感じがないので、それで通させてもらう。丁寧に話すのは慣れていないので、おかしなことを言いそうで、さっきから怖かったのだ。
「わかった。俺もディスケスとか、ディーとか、父様とか、パパとか適当に呼んでくれ」
「わたしもフレイアと呼んでください」
……一部、変な言葉が混じっていたが、突っ込んでいいのだろうか。ディーが愛称なのだろうことは推測できるが。突っ込んでも仕方がないので流そうとしたところ、ディスケスさんがつまらなそうな顔をした。このおっさんは、突っ込んでほしかったのか…。
「さて、まず何で2人がここにいるのかを説明しないとな」
和やかな雰囲気から一転して、少し硬い雰囲気になったためだろうか、唯は口を挟まず大人しく話を聞いている。
ディスケスさんが、いきなり本題に入ってきた。
どのようにこの世界に来たのかはわからないが、何らかの経緯があって俺たちは保護されたのだろう。2人が悪いタイプの人間には見えないので、その辺りの事情を教えてほしいと思う。
「ああ、なぜ俺たちがここに?」
俺の問いに、私が説明しましょう、とフレイアさんに代わったのだが。
「神の啓示を受けたのです」
神妙な表情で、フレイアさんは、そう言った―――
唯が、うんしょ、うんしょと椅子によじ登る回です




