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22 母親の面影



「唯、リュックサック貸してくれ」

「うん」

唯は、部屋を見てまわる間、ずっと背負っていたリュックサックを俺に渡してくれた。


見た目でわかってはいたが、物が詰まっている。重くはないので、唯の負担になるようなことはなかっただろうし、大層なものが入っているわけではないとは思うが。


リュックサックの口を開けると、まず出てきたのは、古くなった絵本だった。

「ゆいのえほん?」

「そうだな」

絵本を手に取り、パラパラめくっていると、フレイアさんが興味深そうに覗き込んでくる。

「とっても綺麗ですね」

古くなっているので多少の痛みはあるが、唯が大切に扱っていたので、確かに色あせてはなかった。


唯が手を伸ばしてきたので、絵本を手渡すと胸に抱きしめた。

「紙もかなり上等なものですし、絵も綺麗ですし、高価なものなのですか?」

「いや、それほど高価というわけではないんですけど…」

絵本なので当然『絵』が中心となる。文字は少なめ。背表紙には、3桁の金額が書かれており、今なら当たり前のバーコードが付いていない。

内容は、森の絵とクマが出てくる絵本だったが、唯が小さいころから読んでいるもので、入院中も手元に置いておいたものだった。

「ままの…それとゆいの…えほん」

唯は目を閉じてギュッと絵本を抱きしめていた。


この絵本、もともとは唯の母親―――幸のものだったらしい。そう言って、唯に渡したのが唯の祖母だった。それを聞いて以来、唯はいつも手元に置いて大事にしていた。唯と母親を繋ぐものはとても少ない。それを唯もわかっていたのか、母親に関するものをとても大事にしていた。


「ユイちゃんのお母さんと関係があるものなのですか?」

「ええ、まぁ…」

この絵本の由来を説明すると、フレイアさんは驚いていた。

ただ、驚いていたのは、この絵本が結構古いものであるということだった。単純計算で20年前の絵本なのだが、20年経ってもこの品質を保っていることに驚いていたらしい。


リュックサックの中には、まだ何か入っているようなので、手を突っ込み、手に触れたものを取り出す。次に出てきたのは、こぶし大の巾着だった。

「なんだ、これは?」

思わず声に出してしまった。

「ぱぱ、これなに?」

唯にもわからないらしい。何となくだが巾着に見覚えはある。ただ、何でこんなものが唯のリュックサックに入っていたのかがわからない。


巾着をジッと見つめていると、唯が巾着の口を開け、中身を取り出した。

「ビー玉か?」

中から出てきたのは、ビー玉だった。透明なものから着色されたものなど、いろいろな種類のものが十数個入っていた。

「ぱぱ、これ…なんで?」

「なんでだろうなぁ…」

リュックサックに入れた覚えはない。覚えはないが、唯が入院すると決まった時、唯が寂しい思いをしないようにいろいろつめた覚えはあるので、その一部だったのだろうか。

「これは…宝石ですか?」

フレイアさんが透明なビー玉の1つを手に取り覗き込んでいた。

「いや、ビー玉です」

手に取ったまま、ビーダマ…、とつぶやきながら、いろいろな角度からビー玉を眺めている。

「これは、ビーダマ、という宝石なのですか?」

「いや、宝石じゃなくて、ビー玉…ガラスですよ」

「これが…ガラス…ですか?」

フレイアさんが驚いた表情を俺に向けてくる。


この世界にだって、ガラスくらいはあった。現に窓にガラスがはめられている。まぁ、純度というか、透明度はビー玉と比べられないほど低い。


「先ほどの絵本といい、このビーダマといい、文化レベルが高いところだったのですね」

「まぁ、俺たちが住んでいた日本はそうかもしれません」

家1つ取ってみても、日本で住んでいた古アパートの方が、造りがしっかりしているように思う。この世界のように壁が木の板一枚なんて、俺は見たこと無かった。


「それにしても、このビーダマはすごいですね。まるで水晶玉のようです。これは高価なものですか?」

「いや、子供のおもちゃですから…」

俺の言葉に、フレイアさんがまた驚きの表情に変わる。まぁ、子供のおもちゃなのだが、唯がこれで遊んでいたという記憶が無い。今も興味が無いのか、絵本のように手に取ることがない。


フレイアさんの様子に、1つ思いついたことがあった。

「あの、これって、お金に替えることって出来ますかね?」

フレイアさんは、ビー玉を見て宝石のようだと言う。ならば、売ってお金にできないかと思いついた。唯も思い入れがあるわけじゃなさそうだし、これだけあるならば、少し売ってしまっても構わないと思ったのだが。

「…出来ると思いますが…いいのですか?」

その言葉は、俺に向けてというより唯に向けて言った言葉のようだ。唯は何を言われているのか理解していないため、キョトンとしている。

「唯、このビー玉、ぱぱがもらってもいいか?」

「…うん。これ、ゆいのだった?」

そもそも、唯は自分のものだったかどうかも覚えていないらしい。たしかに俺も買って与えた覚えすら残っていない。おそらく、唯の祖母が与えたものだろう。こんな小さいものを幼児に与えると危険なので、与えたのはある程度大きくなってからだと思う。

「ぱぱがいるなら、ぜんぶあげるよ?」

不思議そうに俺を見上げながらそう言ってくれたので、ありがとな、と唯の頭を撫でてお礼を言う。


ビー玉を巾着に入れ直そうと、巾着を手にとったところで、ふと思い出した。

「この巾着って…」

そうだ、この巾着は幸が使っていたものだ。何を入れていたのかまでは覚えていないが、見覚えがあるのは幸が使っているのを見たことがあったからだった。もちろん、ビー玉が入っていたわけではない。

「ぱぱ?」

手を止めジッと巾着を見ている俺に唯が声を掛けてくる。

「唯、この巾着な、きっと、ままのだ」

「っ! ままの?」

唯は眼を大きく見開いていた。

「あぁ、そうだ」

唯に巾着を渡してやると、まま、とつぶやいて、絵本の時と同じように胸に抱きしめた。


「よかったですね」

フレイアさんが俺たちを見て微笑んでいた。



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