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18 隣の家

「まぁ、何だ、小僧がこんな料理を作れるとは思わなかったな」

一足先に食べ終わったディスケスさんがお茶を飲みながら、そんな感想を漏らした。お茶といっても紅茶だった。

「これでも料理人の端くれだったからな」

俺も食べ終わり、ディスケスさんの会話につき合う。

小さな街の食堂で客に出す料理を作っていたという、料理人といっても本当に端くれの存在だったので、苦笑してしまった。

「料理人か…。小僧はそれで身を立てるつもりか?」

表情は笑っているが、その目は笑っていない。

「あぁ、そのつもりだ」

俺も表情を改めて言う。

「そうか…」

それだけ言って、黙り込んでしまった。


「ぱぱのごはん、いつもおいしい」

ディスケスさんが黙り込み静まった中で、唯が俺の料理を褒めてくれる。

まぁ、苦手なものが料理に入ってない限り、唯はいつも美味しいと言ってくれるが。

「ありがとな、唯」

「うん」

頭を撫でてやると、えへへ、と笑う。

「本当に美味しいです」

テティスが食べ終わったハンバーグの木皿を名残惜しそうに見てそう言った。

「そうですね。お肉をナイフで崩し始めたときは、どのようなものになるのかと思いましたが、このハンバーグはとても美味しかったです」

食べ終わったフレイアさんとテティスが改めてハンバーグの味を褒めてくれた。

「ハンバーグのような料理は、この世界には?」

「私は、これまで食べたことはありませんね」

フレイアさんの言葉で、やはり、この世界もしくはこの周辺にハンバーグのような料理は存在しないらしい。


「この世界?」

テティスが俺の言葉にキョトンとする。

「あぁ、そういえば、テティスにはまだ説明していなかったな」

黙り込んでいたはずのディスケスさんが、思い出したかのように、俺と唯のことをテティスに説明してくれた。


渡世人とせびとだったのですか」

驚いてはいるようだが、それほどビックリしたという感じではなかった。まぁ、突然現れた親子。知らない表現を使い、知らない料理を作るとなると、訳ありであることは想像できたのだろう。

「まぁ、そんなわけだから。よろしくな」

「はい、よろしくです」

俺が頭を下げると、ニッコリ笑って、頭を下げてくる。

「なんで、小僧がテティスと頭下げ合ってんだよっ」

……このおっさんは、いったい何を考えているのか本当にわからない。


「ユイちゃん、大丈夫ですか?」

俺たちがコントのようなことをしていると、フレイアさんが唯に声を掛けた。ハッとして隣に座る唯を見ると、目がトロンとして眠そうだった。

「唯? 大丈夫か?」

元気のない唯を見ると病室にいた唯の姿を思い浮かべてしまい、少し焦ってしまったが、

「ぱぱ…ねむい…」

ごはんを食べて、お腹が一杯になり眠くなったようだった。

「唯、先に寝るか?」

「うん…」


唯を席から抱きあげると、フレイアさんが立ち上がって、俺と唯を先導してくれた。行先は俺たちが目覚めた部屋のようだ。


「今日はここで寝てください」

そう言って、フレイアさんが部屋の扉を開けてくれる。唯を抱いたままベットに近づき、唯を降ろす。

「唯、俺はもう少しあっちで話しているからな。大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ。ぱぱ、おやすみなさい…」

「おやすみ、唯」

唯から離れるのは少し心配もあるが、今日は元気に走り回ったので疲れたのだろう。あいさつもそこそこに寝息を立てている唯を見たが、顔色も悪くなく、大丈夫だと自分に言い聞かせて振り返る。


扉のところでフレイアさんが待っていた。

「ユイちゃん、寝ちゃいましたか?」

「はい。あっ、ありがとうございます」

成り行きだが、結局、今日も泊めてもらうことになってしまった。外に放り出されても困るのだが、こうして何の気兼ねもなく泊めてもらえたので、お礼の1つでも言わなければと思ったのだ。

「えっと、何でしょう?」

いきなりお礼を言われたので、わからなかったのだろう。

「部屋を貸していただいて…」

「いえ、お気になさらず」

フレイアさんは、ほほ笑みながら、そう言ってくれた。


居間リビングに戻ると、ディスケスさんとテティスがテーブルに座ったままで話をしていた。

「すみません。今日も泊めてもらいます」

俺もテーブルの席に座り、家長であるディスケスさんにも一言言っておく。

「あぁ、それは構わないんだが…これからどうするつもりだ?」

正直、どうするかは何も考えてはいない。いや、この世界で料理を作るということは、ほぼ決定事項に近いのだが、住むところ、どのように料理を売っていくかは、まだ決めかねている。この世界に来て、まだ1日生活しただけであり、生活習慣もわからないことだらけだ。

「どうしようか、と…」

答えることができず、言葉に窮していると、

「小僧が嫌じゃなければ、なんだが……隣の家が空き家なんだ。そこに住まないか?」

ディスケスさんが、突然、そう提案してくる。


ディスケスさんの家の隣に、この家に寄り添うように一軒の家があったのは、外に出たとき見ている。おそらく、その家のことを言っているのだろう。パッと見ただけなのだが、この家の半分くらいのこぢんまりとした家だったような気がする。


「あの家は、もともとこの家の離れのようなもんなんだが、今だれも住んでないから、ちょうどいいかと思ってな」

「ユイちゃんと2人なら、そんなに狭くないと思います」

ディスケスさんに合わせるようにテティスも勧めてくる。

「嬉しいんだが、その……いいのか?」

話が出来過ぎている、なんて思ってしまうのだが、住むところが見つかるのは、正直嬉しい。いつまでも、ディスケスさん一家に甘えるわけにもいかないのだから。

「あぁ、構わない。あの家をいつまでも空き家のままってわけにもいかないからな」


ディスケスさんが隣の家のことを話してくれた。

もともと、ディスケスさんがこの街で家を探していたときに、この家と隣の家を離れとして所有する老夫婦と出会ったそうだ。その老夫婦は、離れに息子夫婦を住まわせていたらしいのだが、息子夫婦に子供が生まれ、狭くなったために大きな家に越していった。

しばらく、空き家になっていたところにディスケスさんと出会ったらしい。老夫婦は離れに移り、ディスケスさんとフレイアさん、まだ小さかったテティスがこの家に住み始めた。その後、老夫婦は息子夫婦と住むことになり、そのまま隣の家も譲り受けたのだが、空き家のまま、1年近く経っているそうだ。


「お買い物に行っていただいている間、掃除しておきました」

フレイアさんは、こうなることを予想していたのか、あらかじめ掃除をしておいてくれたそうだ。

「よろしくお願いします」

俺は席から立ち上がり、ディスケスさん、フレイアさん、テティスに向かって頭を下げる。


俺は、この世界で住む場所を手に入れた。


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