14 玉ねぎのみじん切り
水で手を洗い、作業台につく。唯には作業台が高いため、足元に踏み台を用意してもらった。
作業台に置いたもも肉を適当な大きさに切って、叩く。そうして、もも肉から挽き肉を作る。初めから挽き肉があればよかったのだが、無ければ作るほかない。もともと、挽き肉はこうして作っているのだから、問題はないだろう。
「ふーっ、唯、どうだ?」
「うん、できた」
唯には卵を割ってかき混ぜる作業をしてもらっていた。唯は、卵を片手で割ることは出来ないが、両手で上手に割って、菜箸でかき混ぜていた。混ぜ具合を見ても大丈夫だろう。
「唯、そのくらいでいいぞ」
「うん…ぱぱ、つぎは?」
かき混ぜる手を止めて、俺を見上げ、次の指示を待っている。
「次は…そうだな…玉ねぎの皮を剥いて、みじん切り…できるか?」
「うんっ!、やってみるっ!」
両手に握りこぶしを作って胸のところに持っていき、力強く宣言してくれた唯に、ペティナイフを渡す。
「唯、切るときは、猫の手だからな」
いつも、唯に刃物を渡すときに言う言葉を伝える。
「うん、ねこさんのて」
そう言って、指先を丸めた手を俺に見せてくる。
「よし。まずは皮を剥いてからだな」
「うんっ!」
元気よく返事をして、小さな玉ねぎの皮を剥きだす。子供のこぶしよりも小さい玉ねぎだが、味は同じなので大丈夫だろう。
唯の様子を見ながら、もも肉を叩き、ミンチにしていく。牛肉と豚肉があったので、だいたい7:3の割合にする。このあたりは好みがあるのだろうが、俺が好きな割合にした。
玉ねぎの皮むきを終えた唯が、ペティナイフを持ち、玉ねぎを切りだす。教わったとおり、右手は猫の手にし、左手でペティナイフを持って玉ねぎを切っている。切るときに、口元が何となく、ニャー、と言っているのは唯の癖。
そんな状況の中に、一旦外に出ていたフレイアさんが戻ってきた。
「ユイちゃん!?」
とても驚いた様子で、唯に声をかける。
刃物を持っている相手に驚かすように声をかけるのは、たいへん危険な行為である。俺もその声に驚いて唯の様子を見るが、唯はあわてた様子もなくペティナイフを持ったまま視線をフレイアさんに向ける。
「タケルさん、ユイちゃんが…ナイフを…」
「あぁ、唯に玉ねぎをみじん切りにしてもらおうと思いまして…」
「………」
言葉にはしないが、フレイアさんの表情から、大丈夫なのか? と問うてきているのがわかる。
「何度かさせていますから、大丈夫ですよ」
「だいじょうぶ」
唯も心配されているのがわかったのだろう。そう答える。
フレイアさんも少し思案した後、わかりました、と納得してくれた。
「それにしても、ユイちゃんは5歳といってましたよね?」
「えぇ、そうですよ」
唯の様子を見たまま、フレイアさんが俺に話しかけてくる。唯は、玉ねぎのみじん切りの作業を続けている。今は短冊のように切り込みを入れているところだった。
「5歳でナイフを持たせているのですか…」
その言葉に非難しているような感じはなく、むしろ感心しているような感じだった。
「まぁ、唯が何か手伝いたいと言い出しまして…」
そう言っても、唯は長い間入院していたので、包丁を持つもの久しぶりのはず。それなので、俺もフレイアさんと会話をしていても目を離すことはしない。唯は、短冊のような切り込みを終え、横に切り込みを入れていた。この時が一番危険だとわかっているのだろう、目は真剣であり、慎重にナイフを動かしている。
「テティスがナイフを使うようになったのは、10歳を超えてからでした…」
つぶやくようなフレイアさんの言葉が聞こえる。
普通の家庭では、だいたいそんな感じだと思う。むしろ、唯が早すぎるのかもしれない。
「まぁ、それぞれですから」
そんな言葉しか思いつかない。俺が料理人ではなかったら、唯のそばに母親がいたら、また違っていただろう。
唯は、最後の工程である端から細かく切り始める。これが終われば、みじん切りが終わるので、俺も挽き肉作りを加速させる。
「ぱぱ、できたっ!」
唯が細かく切り終わった玉ねぎを見せてくる。少し大きかった部分も細かく切りそろえて完成していた。
「唯、目は大丈夫か?」
玉ねぎを切るとどうしても涙が出てくる。冷やしたり加熱したり、軽減する方法はいくつかあるのだが、唯が初めて玉ねぎのみじん切りに挑戦したとき、ぽろぽろと涙を流しながら切っていたことを思い出す。
「うん、だいじょうぶ」
唯が涙を流しながら切っていたのは初めての時の1回だけで、それ以降は不思議と大丈夫だった。
今回も少し目が赤くなっているが、大丈夫らしい。
「そしたら、その玉ねぎを炒めるからちょっと待っててな」
唯から玉ねぎのみじん切りを受取り、初めてこの世界のコンロを使ってみる。
「たしか、こちらが弱火でしたよね?」
フレイアさんに確認をとり、火をつけて見ると、コンロの何もない空間から弱い火が出てきた。その上に厨房にあったフライパンをのせる。この世界でもフライパンはあるようで、使い方も変わらないようだ。
フライパンに玉ねぎのみじん切りを入れ、透き通るくらいまで炒める。そのまま使ってもいいのだが、炒めた方が甘みが増し、唯のお気に入りの味になるので、うちでは炒めている。
唯は手持ち無沙汰なのか、俺が使っていた包丁をとり、肉を叩き始めた。
その間、炒めた玉ねぎをフライパンから取り出し冷やす。そして、家にあったパンを弱火にさらして軽く炙る。焼けたパンを崩してパン粉にすれば完成だった。
これで、挽き肉、玉ねぎ、パン粉、溶き卵と買ってきたコショウ、家にあった塩と、ハンバーグを作る材料が揃った。
―――よし、ハンバーグ、作るか