11 ハルキスの食材
テティスと別れ、パン屋へと向かった。
パン屋は、テティスのお店のすぐ近くにあり、店には家で食べたコッペパンらしきもの以外にも、食パンのような形のものもあったので、それを買っていく。
「んじゃ、次はコショウだったか」
そう言って、ディスケスはパン屋を離れ歩いていく。
「ハルキスとかいった国のもの、とかって言っていたが…」
「あぁ、コショウなんかは、ハルキスの商人が店を構えているからな。そこに行くんだ」
「さっきの店は違うのか?」
「テティスのところは、カデッサのもんがやっているところだからな。扱っているのは、この近郊で採れたものだけだな」
産地で店が違うのか? 何か理由があるのかもしれないが、今はどこに売っているのかだけでも覚えておこう。
唯と手を繋ぎ、ディスケスさんの後を歩いていると、風景が少し変わった。
「小僧、ここだ」
店と店の間の道を抜けると、ひときわ大きな通りに出た。これまで小道だったのが、二車線の道になった感じだった。
通りの両側が店になっており、その1つを差した。
その店は、食品を扱っているとは思えない、金物屋のような佇まいだった。実際、店先には金だらいのようなものが置いてある。
「ここ…か?」
「あぁ」
ディスケスさんが中に入っていくので、俺と唯はついていく。そこは、金物や石造りの入れ物が数多く置かれたところだった。
「おやじ、コショウくれ」
店の中にいた男性にディスケスさんが声を掛ける。
ディスケスさんと店の人が話している間、俺はいろいろな入れ物の中身を確認することにした。
「中身、見せてもらってもいいか?」
「はい、どうぞ、どうぞ」
店の人に許可をもらって、一つ一つ開けてみる。
初めに開けたのは、コショウだった。そういえば、さっき店の人がこの入れ物を開けていたな。次に開けたものは、おそらくターメリックと思われる。別の場所には、黄土色の独特の香りはクミンと思われるものもあり、その他、コリアンダーなど合わせればカレー粉が作れる材料も見つかった。
俺がいろいろな入れ物のフタを開けて見ていると、唯も一緒に覗き込んでいる。
たぶん、唯にはわからないものばかりだが。俺がそうしているので、真似ているのだろう。その様子にちょっと笑ってしまった。
「ずいぶん、熱心ですね」
店の人に声を掛けられる。
「ええ、まぁ」
料理には必要なものには熱心になってしまう。
それにしても、醤油や味噌などはないのだろうか。
「醤油や味噌ってないですかね」
店の人にそう聞いてみると、また怪訝そうな顔をされた。醤油、味噌という言葉がわからないらしい。
どちらも主に大豆から作られるものなので、どういったものなのか説明すると、店の人は少し考え、1つの木樽を持ってくる。
「その説明だと、1つはソイのことかな」
そう言って木樽の中身を見せてもらうと、それは味噌だった。
合っていたことは、俺の表情でわかったのだろう、店の人はニッコリ笑った。
「もう一つは液体と言っていたね」
また、店の奥から木樽を持ってきたが、フタを開けるまでもなく、醤油の匂いがした。
「これはソイズーというのだけど」
味噌と醤油は、“ソイ”に“ソイズー”らしい。醤油といってもたまり醤油らしく、少しとろみがあるので、味噌を搾ったものなのだろう。言葉が似ているのも、そんな理由だと思われる。
「ハルキスから持ち込んだんだけど、正確には、東大陸で作られたものなんだよね」
「ほぉ、東大陸のものなのか」
ディスケスさんがなぜか驚いている。
「東大陸でしか作られないから、亜人が作ったものなのかもしれないね」
「そうかもしれんな」
「ハルキスでも買っていくのは、亜人ばかりだしね」
どうやら、2人の話を聞く限り、味噌や醤油―――ソイやソイズーは北大陸の人間は使わないらしい。そうすると、それらを使った料理がこの街の人の口に合うかどうか心配になってくる。ディスケスさんで試してみるか。
「それじゃ、その2つもください」
今後、何かに使えるかもしれないので、両方確保しておくことにした。日本人には、醤油や味噌は必需品だし、唯も食べたいだろう。
カデッサの街は、冬の季節なのか、結構寒い。
俺と唯が住んでいた街でも冬は雪が積もることがあるため寒さには慣れているが、まだ暖かさの残る秋の季節から、急に寒いカデッサに渡ってきたので、寒さが余計身に凍みてくる。
こんな季節は、豚汁でも作りたいな。温かくなる食べ物が食べたくなる。
「そいつを使った料理も楽しみだな」
「ぱぱ、なに作ってくれるの?」
いろいろ材料を買っていたので、唯はまた俺の料理を食べられるのが嬉しいらしい。ディスケスさんもどんな料理になるのか楽しみな様子だ。
「まずは、ハンバーグだからな」
唯の頭を撫でながら言うと、えへへっ、と嬉しそうに目を細める。
「はんばーぐとやら、楽しみだな」
ディスケスさんも笑顔でそう言う。
荷物をディスケスさんと俺とで分け合い、来た道を戻っていく。帰ったら、夕飯の下拵えを始めないとな。
身に凍みるほどの寒さの中、厨房で調理をする料理人である俺の姿を思い浮かべた…。