10 食材
「そういえば、お父さん。今日はどうしたんですか?」
皆の視線がディスケスに向く。
「あぁ、小僧が料理を作るっていうから、材料を探しに来たんだ」
どうでもいいが、小僧という呼び名は決定なのだろうか? 40歳過ぎのおっさんから見たら、俺なんて小僧かもしれないが…唯が真似したらどうしてくれるんだ。
「そうなんですか。夕食が楽しみです」
テティスが笑顔で俺を見る。
「まぁ、期待しないでくれ」
材料が揃わないと作れるものも作れないからなぁ。
「それで、何を探しているんですか?」
唯の好きなハンバーグを作るのに必要なものは、ひき肉、玉ねぎ、パン粉、卵、塩・コショウってところか。まずは、肝心のひき肉だな。
「ひき肉ってあるかな」
ひき肉の言葉に、テティスが怪訝な顔をするる。フレイアさんもそうだったが、ひき肉という言葉が通じていないように思われる。
「あー、もも肉あるかな」
ひき肉が無いなら、もも肉から作るしかないな。ミンチにするのは大変なんだが。
「もも肉ならあります」
そう言って、店の奥の方に行ってしまう。
そんなテティスについていくと、肉のかたまりが置いてあるのが見えた。
「もも肉ならこのあたりです」
テティスが指差す。そこには、1キログラムくらいの赤身の塊が並んでいた。
おそらく、鶏肉と思われるもの、豚肉と思われるもの、牛肉と思われるものがあり、その他にもあったが、豚肉と鶏肉を選ぶ。
「これと、これ、それぞれ300グラムほしいんだけど」
そう言ってから、グラムという意味が通じるのかどうかわからなかったが、テティスは特段表情を変えることなく、頷いた。
「わかりました」
テティスがナイフで肉の塊を削り始める。
すぐそばに肉切り用のナイフが置いてあったことから、もともと、量り売りのような売り方なのだろうか。
切り取ったもも肉を油紙のようなもので包み、ディスケスさんに渡している。ディスケスさんは、どこから出てきたのかわからないが、布袋を用意しており、その中にしまった。
「あとは……玉ねぎと、卵は?」
「はい、こちらにあります」
テティスは、一旦その場を離れ、卵といくつか玉ねぎを持ってきたので、玉ねぎを3つと卵を1つ受け取った。持ってきた玉ねぎが、予想通り俺の知っている玉ねぎよりかなり小さかったので、多めに買っていく。
「あとは、パン粉がほしいんだが……」
「パン…粉…ですか?」
パン粉という言葉に怪訝な顔をされた。パン粉としては置いていないのかもしれない。これもパンから作るしかないか。
「パンはあるのか?」
「えっと、パンはパン屋さんでお願いしたいです」
パンは専門に販売するところがあるらしい。テティスがニコニコ笑って教えてくれた。
ディスケスさんに視線を向けると、
「あとはパンでいいのか?」
そう聞いてくるので、家に塩やコショウ、植物性の油があるかを聞いてみると、コショウが無いらしい。
「コショウだと、大通りの店だな」
コショウは扱っている店が違うらしい。香辛料は別扱いなのだろうか。肉や野菜は一緒にあるのに。
そう、俺が疑問に思っていると、
「コショウは、ハルキスのものなので、ここでは置いてないです」
テティスが説明してくれた。
ハルキスは、確か西側の商業国家だったな。この国というか、カデッサは大陸北側にあるといっていたので、コショウは作れないのかもしれない。
「よし、ここはこれくらいでいいんだな?」
ディスケスさんが聞いてくるので、少し考え頷いた。
「んじゃ、お金払ってくらぁ」
テティスとディスケスさんが、店の奥に行って何かやり取りしている。
そう言えば、お金のことを何も考えず物を買っていたな、と今更ながら気づく。どちらにしろ、この国のお金は持っていないし、わからないので、ディスケスさんに任せなければならないが。
あとで、その話をしたら、稼いだら返してもらうから気にしなくていいと言われた。
俺とディスケスさんとテティスがそんなやり取りをしているあいだ、唯は俺にくっついて食材を見ていたり、1人離れて店に並べてある野菜を見ていたりしていた。
2人でスーパーに買い物に行ったことは何度もあるが、その時もやっぱりお肉や魚や野菜をいろいろ見ていた。それで、おっきなお肉があった、おさかながいた、などと報告してくるのだ。あとは、お菓子のおねだりもたまにある。
「ぱぱ」
今日もその報告かと唯を見ると、何か果物のようなものを1つ持っていた。
「ん? どうした?」
「あのね…これ、かっていい?」
唯が手を挙げて、手に持っているものを見せる。
よく見ると、握りこぶし大の赤い玉、リンゴと思われる果物だった。
「なんだ、ユイ、それが食いたいのか?」
テティスと話していたディスケスさんが戻ってきていた。
「……うん」
「いっぱい買ってもらいましたので、ユイちゃんにサービスです」
「いいの?」
テティスを見上げて言う唯に頷いてみせる。
「…ありがとう」
えへへ、と笑ってお礼を言う。
「リリーの実か。ユイはリリーの実が好きなのか?」
ディスケスさんの言葉に唯がきょとんとする。
「リリーさん?」
「ん? ユイが手に持っているそれだ。リリーの実っていうんだが。甘くて酸っぱいぞ」
「ぱぱ…リンゴじゃないの?」
見た目は、ほぼリンゴ。この世界では名称が違うのかもしれない。
「見た目は、リンゴだな。あとでウサギにしような」
「うん、うさぎさんっ!」
リンゴ…リリーの実を手にもったまま、バンザイをする唯。
唯は、リンゴをうさぎの形にしたものが大好きなので、とても喜んでいる。一度、幼稚園のお弁当に入れて大好評だったものの1つだ。
「それじゃ、次はパン屋に行くか」
テティスにお礼を言い、食料品のお店をあとにした。
幼稚園のお弁当に“うさぎりんご”を入れたら、唯が大喜び。
それ以来、唯は“うさぎりんご”が大好きなのです。