健全な男子高生と呪われし女子高生
「待ちました、死んで下さい」
屋上にやって来た僕に、彼女は開口一番そう言ってきたので、僕は「わかりました」と言って、フェンスに向かって駆け出し、フェンスをかけ上った辺りで「って、なんでやねん!」と、絶叫するというノリツッコミをした。勘違いしないでいただきたいが、いきなりそんな事を言われたので、僕は混乱の極みに瞬時に達していた。誤解しないでいただきたいが、僕は変人ではなく一般人だ。こんな体をはったノリツッコミ、十七年生きてきて始めて行ったのだ。そこのところを、間違わないでいただきたい。変人は僕ではなく、開口一番、『死んで下さい』と、言ってきた彼女の方である。
「ノリツッコミ素敵です、死んで下さい」
「……」
念のためにもう一度言っておこう。彼女は、変人である。初対面の僕でもわかるほどの、変人である。
――――
至って普通で、平々凡々な人生を送って来た僕は、健全な男子高校生である。そう自認しているし、誰もがそう認める事だろう。
そんな健全たる男子高校生が、朝、机の引き出しに手紙が入っていて、内容が『放課後屋上に来て下さい』というものであり、それは明らかに女性的な字で書かれていた場合どうするかといえば、その手紙を隠し、何も特別な事がない一日のように精一杯過ごし、放課後、しばらくテキトーに校舎内をぶらつき、人気とはやる気持ちが少なくなった辺りで、早足で屋上に向かうに決まっている。もし、このような行動を行わない一般的な男子高校生がいるとするならば、そいつはライトノベルに頻発に登場する『何の取り柄もない至って普通の男子高校生』の可能性が高いので、ボーイミーツガールに気をつけろと忠告したい気持ちでいっぱいである。
「どうして黙っているんですか、死んで下さい」
そして健全たる男子高校生には、こういう事態もあるから気をつけろと忠告したい。これは実体験に基づく忠告なので、是非、聞き流さないで聞いていただきたいが、こちらが健全な男子高校生でも、手紙を送ってきた相手が健全な女子高生であると決まっているわけではないという事である。
「聞こえてますか、死んで下さい」
「……聞こえてます」
落ち着いていこうじゃないか僕。落ち着けば、もしかしたら今、この時というのはそんなに残念がる状況ではないかもしれないじゃないか。秋の空も、僕に近づきこう言っている。青色吐息は、まだ早いぜって。秋空さんは、相変わらず、ニヒルな奴である。
「えーっと、僕、ここで待ち合わせしてるんですけど」
と、僕はまず、もしかしたら、この死んで下さいさんが、あの手紙の差し出し人ではないのかもしれないと思う事にした。よくよく考えれば、その可能性はおおいにあるだろう。呼び出した人に対して、何度も死んで下さいという人がいるだろうか。否、断じて否だ。存在するわけがないし、存在してはならないと、僕は断言し、常識もまた、そう断言してくれ「知っている、死んで下さい。私が呼んだんだから、死んで下さい」る、と思ったが、ここ最近の常識は、おかしい。
いや、まだ青色吐息には早いぞ僕。落ち着いていこう。人は外見が八割というではないか。内面なんて外見に比べればゴミなのだ。この死んで下さい彼女の内面が残念でも、外見が素晴らしいのなら、今の状況は大変喜ばしい事にならないだろうか。なる。間違いなくなる。外見を変えるのは酷く難しいが、内面なんていくらでも変えれるだろう。多感な時期であると噂される健全なる高校生な僕たちであるなら、なおさらだ。付き合ってから、彼女を僕好みに調教すればいい話ではないか。ほら見た事か。健全な男子高校生であったはずの僕が、そんな危険な思想をこの短時間でするようになったのが、確かなる証拠ではないか。常識よさらば。恨むなら自分を恨め。先に裏切ったのはそちらなのだから。
「そんなにジロジロ見るな、死んで下さい」
そう言われても、僕は見るのをやめない。もちろん、死んでもやらない。彼女は彼女というくらいだから、もちろん女性であり、女子高生だけに許された偉大なる聖衣、女子制服を着用しており、ブレザーにスカート、黒のニーソックスを装着しているからこそ生まれる限定的な聖域まで完備しているという、まさに完璧な服装であった。女性にとっては命とまで言われる髪は長生きである事を示しており、烏のような漆黒をまとい、寝癖なのかそういう髪型なのかは、床屋では『カッコイイ感じで』と十七年間言い続けてきた僕には判別出来ないが、色んなとこが跳びはねており、もしやこれから本当に羽ばたくのではないかと心配になってしまうと同時に、これから先、僕は烏を見る度、彼女を思い出すであろうとなぜか確信した。
表情筋の発達が遅れてますねと診断結果を伝えたくなるほど、表情は変わらずむすっとしている印象を受け、目つきの鋭さがさらにそれに拍車をかけ、僕を射殺すつもりなのではないかと思うほどのその眼光を長時間直視したならば、死んで下さい発言も合わさって、僕の健全なる魂が覚醒して、新たな何かに目覚めてしまいそうになるので、僕は彼女の顔から視線を外す。
「どこを見ているんですか、死んで下さい」
視線を外した先は、全くもって偶然なのだが、女性にあって男性にない部位であった。健全な男子高校生である僕が、自分にはない部位に興味を示してしまうのは仕方がない事だという事は、例え先程、僕を裏切り僕に裏切られた常識も支持してくれるだろう。もしも健全なる普通で一般的な男子高校生と名乗っているにも関わらず、その登頂したくなる部位に興味を示さない男がいたのならば、神様のミスに気をつけろと、忠告したい。まぁつまり僕が何を言いたいかというと、銃に打たれてもいいようにスイカを二つ仕込んでいる彼女の胸から目を離せないのは、健全たる男子高校生にとっては致し方ない事なのだ。そして、目を離さないといけなくなるのも、致し方ない事なのだ。
「どうして急に空を見上げたんですか、死んで下さい」
「いや……ちょっと、青い空を見たくなって」
健全な男子高校生には、急に空を見上げたくなる時がある。これは致し方がない事なのだ。スイカを見る事により、体の奥底からリビドーが溢れ出し、体の一部から放出してしまうのは自然の摂理であり、それに堪える為に空を見上げるのは男の本能ある。幸いにも今の僕は血液という形でリビドーを発散させようとしているが、これ以上彼女の女性的特徴を注視していれば、別の部位から別の形で発散する準備を始めただろう。
「もしかして私に興奮して鼻血を出したのか、死んで下さい」
ここに来て初めて、死んで下さいと言われても仕方がないかなと思ったの内緒であり、気の迷いだ。何度も言うが、母性の象徴を見てなんとも思わない自称一般的な男子高校生は、夜道に気をつけて下さい。
「そ、それで……」
なんとかリビドーを鎮圧し、彼女の彼女たる所以の場所から目を逸らし、僕は本題に入る事にした。しかし、本題とは何かすでに僕は忘れていたのは言うまでもない。何故そんな事になってしまったのかといえば、彼女の外見が凶悪的であったため、忘却という形で自己を守ろうとしたのだが、リビドーがそれを許さず、代わりに本題という物を忘却したからに違いない。と、僕は自己分析したのだが、彼女の外見があまりにもどストライクだったので、何もかもどうでもよくなった。と、思う人がいても僕は構わない。
「それで、あー、あっ。何の用ですか?」
それが一番の問題であり、最も先に聞かなければならない事だと、僕が気付いたのは、もはや奇跡といっても過言ではないだろう。一般的であり平々凡々な僕からしてみれば、机に手紙が入っていた+放課後人気のない場所に来いとの事だ+しかもどうやら女性らしい=愛の告白。という事になる。もしも、机に手紙が入っていた+放課後人気のない場所に来いとの事だ+しかもどうやら女性らしい=罠。という事になる自称一般男子高校生がいたとするならば、ハーレムを築ける可能性があるので強く生きて下さい。
話が逸れたが、僕が言いたいのは、僕のような一般的な感性なら、愛の告白という事になるが、彼女のように一般的な感性を持ってはいなさそうな人間にとっては、もしかして違うのではないかという事だ。さっきから死んで下さい言われてるのはまさかそういう意味なのではないだろうか。変わった口癖だなと思っていた僕はまさか平和ボケしていたというのか。
「好きです、死んで下さい。付き合って、死んで下さい」
「……ヤンデレの方ですか?」
ついつい僕が、丁寧にそう尋ねてしまったのも致し方がない事だろう。僕が思っていたように、彼女は愛の告白をしてきて、それは大変喜ばしい事であり、二つ返事の後は肉体的な意味での返事もしたいと、熱いパトスが燃え盛ってもおかしくはないはずなのだが、何故だろう。最後に死んで下さいとつくだけで、裸足で駆け出したくなる。
「ヤンデレではありません、死んで下さい」
ヤンデレではないらしい。あぁ、よかった。と、納得出来る奴は、夜道に気をつけろ。
「……えっと、その、死んで下さいってさっきから言ってるけどさ……何なの?」
ついに、ついに僕はそれを聞いてしまった。ようやくである。本来ならば健全なる一般的な男子高校生を自認している僕は真っ先に聞かなければならない事であったが、途中、秋の空の声を聞いたり、常識に裏切られたたり、常識を裏切ったり、若さが暴走したりして、こんなにも遅れてしまった事を深く反省すると共に、今度からは気をつけ、このような失敗は二度しないと誓いますので、許していただきたい。
「これには深い理由がある、死んで下さい」
「深い理由?」
「そう、死んで下さい。私が無垢でかわいらしい幼女だった頃、死んで下さい」
「ご、ごめんなさい」
刹那という名の永遠の中で、彼女が無垢でかわいらしかった時の幼女姿を想像し、辱めた事が何故彼女にわかったのかは僕にはわからないが、謝罪せずにはいられなかった。
「何故謝ったのかはわからないけど先に進みます、死んで下さい。ある日一人家の庭で遊んでいたら真っ白な魔女に出会った、死んで下さい」
魔女という単語が出た瞬間、僕は青い空を見て黄昏れた。何それ。一般的で平々凡々な男子高校生である僕には全く理解出来ない。どうやら彼女はヤンデレさんではなく、電波さんらしい。
「その魔女に、語尾に死んで下さいとついてしまう呪いをかけられた、死んで下さい。つまり口癖のようなものです、死んで下さい」
どうやら、口癖だと思っていた僕は間違いではなかった。平和ボケなのは間違いではないという事が、図らずも証明された瞬間である。
「えっと、まさかさぁ……」
僕の脳内の記憶領域が活発に動き、先程のようなピンク色の想像ではなく、現実的なほの暗い予感が僕の脳内を駆け巡る。
「もしかして、その呪いを解くために、付き合いましょうってこと?」
古今東西、魔女というのはとてもメルヘンチックであり、魔女がかける呪いというのは不思議と、愛だが恋だがで解けると相場は決まっている。これは恐らく、魔女が恋に憧れてるのに恋が出来なかった乙女の成れの果てであるからに違いないと僕はひそかに思っており、そういう乙女達を現代では、腐女子と呼ぶのは真っ赤な嘘である。
「その通り、死んで下さい」
その事は真っ赤な嘘だったが、僕の想像は正解だったようだ。
ここで、呪いを解くために付き合ってやるか。と、僕が思うと思った方は、残念ながら僕というものがわかっていない。確かに彼女の外見は僕にどストライクであり、今も実は野性を抑えるのに脳を二割使っているわけで、付き合うって一体どのレベルなの? Aって事はないよね。Cまで言ってこその恋愛じゃないか。と、内なる獣の命じるまま発言したいのだが、残念ながら僕の答えは「嫌だ」である。
「どうしてですか、死んで下さい」
「どうしたもこうしたも、僕はこう見えて潔癖なんだ。呪いが解けるまで、むやみやたらに付き合うような女と、付き合うわけないだろう」
そう、勘違いしないでいただきたい。もしかしたら、健全な男子高校生というものは、性に正直であり、女を見れば女しか見れないような人種であると思っているかもしれない。それは違う。断じて違う。全国の、いや、全世界の男子高校生を代表して、はっきりと言わせてもらおう。健全なる男子高校生は、性に正直であり、女を見れば女しか見れないような人種であるが、それと同時に、夢見る乙女的な感性をも併せ持ち、内の中で共生させているという希有な存在なのである。つまりとてつもなく簡単に言ってしまい、誤解を恐れず言うのならば、処女幻想である。
「そんな、呪いを解くためにとかいう理由で付き合うなど、ありえない。愛していないのに、何が付き合うだ、何が恋愛だ、何がナニだ。体だけの付き合いなぞ、言語道断。結婚する相手にだけに体を預けるべきなのだ。これは女だけでなく、男にも言える事だ。結婚する相手にだけに、アレをアレにアレするべきなのだ。何をそんなステータスのように、付き合った人数をひけらかす。ヤッた人数をひけらかす。恥を知れ、恥を」
全く持って不愉快極まりない。今度こそはと思い、のこのこ誘いに応じてみれば、また同じような輩であった。確かに、呪いを解くためというのは、初めての理由であったが、今まで多くの女性と同じく、彼女もまた、結婚なんて事を視野にはいれず、高校生何だから彼氏がいないと恥ずかしいよね。とか、ちょっと付き合うって興味あるよね。とか、そういう考えの不潔な女だったのだ。
今までの女共と同じように、彼女もポカンとした表情を浮かべた。電波さんでも何でもない。彼女も至って普通な、女子高生だ。健全ではないが。
「じゃ、僕は行くから」
「待ちなさい、死んで下さい」
おや。と、僕は思った。ここで僕を呼び止める女性は珍しい。振り返ってみれば、彼女の表情筋がここに来て初めて働いていた。わかりやすく言えば、微笑んでいた。
「素晴らしいが、君は三つ勘違いしている、死んで下さい」
「勘違い?」
「まず一つ、死んで下さい。私が告白したのはあなたが初めてです、死んで下さい。次に一つ、死んで下さい。私の呪いを解く方法は、心から愛してる人と結婚し結ばれる事だ、死んで下さい」
「えーっと……それはつまり、あなたは僕を心から愛していると?結婚を前提にお付き合い的な?」
「そうだ、死んで下さい。そして最後の三つ目の勘違いが、死んで下さい」
彼女はスカートのポケットに手を入れたが、残念ながら、僕のリビドーは溢れ出る事はなく、別の何かが溢れてきた。
「君に拒否権があると思っている事だ、死んで下さい」
「……あー」
ポケットから出てきた彼女の手には、果物ナイフがあった。
こうして、この日僕はヤンデレな婚約者を得て、人生の墓場という物を知ったのだった。
ダラダラと長々な小説を、ここまで読んでいただきありがとうございました。
もしよろしかったら、感想など、よろしくお願いします。
では、また別の作品で。