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その名はカズカズ

「キーンコーンカーンコーン」

 ふぅ、やっと終わった。と、男は言った。

 そう、今まさに今日一日の授業の終わりを告げる鐘が鳴ったのだ――そして彼は荷物を持ち立ち上がる。そして教室を早々に出で、靴を履き替え学校を後にし、自分の家に帰るため歩き始めた。


 そうだ! 彼についての説明をしなければならない。彼が歩いている間に説明しよう。彼の家は学校からかなり距離があるのだ。

 ではまず、彼がなぜこんなに早く学校から帰ってしまうのか……ずばり、お金がないからだ。お金がないというのは、おこずかいがないとかそんなレベルではなく生きるためのお金がないのだ。なぜこんなことになってしまったのか? 答えは単純。両親が小学校六年生の時に死んでしまったからだ。当時、警察官から両親が亡くなったという話を聞いて、彼は悲しんだ。その時彼は自分で両親を殺した犯人を捕まえてやろうと思った。しかし、彼はその犯人を殺してやろうとは思わなかった――ただなぜ殺したのか、それを犯人に聞いてやろうと思っていた。そう、彼は幼いながらにして冷静で優しい、正義の心を持っていたのだ。だが、その警察官はあろうことかこう続けたのだ。

「死因は崖からの落下による転落死。周りもよく調べましたが証拠となるものはなし。つまり自殺です」

 彼は驚きのあまり腰をぬかしてこけてしまった。両親が自殺なんていう愚かな行為をするとは、予想だにしていなかったからだ。誰かに殺されたのなら、それは相手側にも何か理由があるだろうし、もしかすると彼の両親に何か非があったのかもしれない。そうだ――殺人には意味があり理由があるのだ。人を殺すのに利益があるというのは不謹慎かもしれないが生産性があるから人を殺すのだ。

 わかりやすい例えでいえば殺し屋だ。ヒットマンだ。ああ、ヒットマンでは世界中のヒットウーマンの方々に失礼か。いや、そもそも殺し屋に失礼もくそもないか……おっと、話がそれた。つまり、殺し屋は殺人をしてお金をもらっているのだから、利益もあれば生産性もあるのだ。

 利益も生産性もなく殺人をするのは、きっと殺人鬼だけだ。

 その時の彼からは悲しみは消え、なぜそんな愚かな行為をしたのかという怒りと疑問が心の中で渦巻いていた。そしてその警察官はさらにこう続けて言った。

「あのあたりでは、昔から宗教的な生贄いけにえや儀式で多くの人が自殺してるんですよ。こちらで夫妻について調べさせていただきましたが、やはり怪しい宗教団体のメンバーだったようです」

 これを聞いて彼から怒りは消えた。一応両親の自殺には何か意味があることがわかったからだ。しかし、逆になぜそんなことで死んでしまったのか。と、彼の胸の内から先ほどの悲しみを超える悲しみが、濁流のようにあふれ出した。そして彼は泣いた。赤ちゃんの時でもこんなには泣かなかったと、後でそう彼は思った。

 小学校生活最後の春。卒業式の日の出来事であった。

 そのあと彼は中学校に進学し、毎日毎日図書館に通った。しかし、探し求めている資料はみつからなかった。だが、図書館は彼の心を癒す時間を作るには、最適の場所だった。家に帰っても誰もいない。彼は三年間、漫画や小説を読みふけった。

 今、家に帰っても誰もいない。と、言った通り彼には家はあった。よくあるあの親戚のおじさんに引き取ってもらったというやつだ。しかしその引き取ったおじさんがこれまたクズ野郎だった。彼曰く「ゲロ以下の匂いがプンプンする野郎」とのこと。だが、そんな環境で育ちながらも彼があの幼少の頃から持っている正義感は失わなかった。むしろ、中学校を卒業する頃にはさらに強く、固いものになっていた。

 そして二年前――そのゲロ野郎……間違えたのでもう一度。

 そして二年前――そのクソ野郎についに家から追い出されたが、春休みの間に幸運にも気前のいい旅館の女将に拾ってもらい住み込みで働いているのだ。高校も合格はしていたのでそのまま通うことができた……そして今現在高校三年生になって一学期の授業開始初日を終えて、早く旅館での仕事をするため家に帰っているのである。

 これでだいたい彼についてはわかってもらえたと思う。だが、最後に彼の悩みを聞いてほしい。

 それは…………。


 ――彼が駅前あたりに着いた頃――

「すいません! そこのお兄さん!」

 路地からひょろっとした二十代くらいの男が困ったような顔をしながら誰かを呼んだ。

 一瞬自分のことかと思い彼はそちらを見た。

「そうです。あなたです。メガネのお兄さん」

「僕ですか?」

 だが、彼ではなかったようだ。呼ばれていたのは彼の右斜め前を歩いていたメガネをかけた高校生だった。

「溝にケータイを落としてしまって――見ての通り私は非力なので、上にのっている格子を一人では持ち上げられないんです。手伝ってくれませんか?」

 ひょろっとした男は言った――しかし、彼には見えていた! やつの本性が――やつはわるだ! 彼の本能がそう言っている。この二年間、数多あまたわるを相手取ってきた本能が、そう彼に直感させているのだ。

 彼は心の中で叫んだ。頼むからそいつを助けようなどと思うなよ!と。

 だが、彼の思いとは裏腹にメガネの高校生は、「いいですよ」などと言って、路地の方に入って行ってしまった。そして彼は一つの面倒なことに気付いた。そのメガネの高校生は――彼の新しいクラスメイトだった。

「待て! それは罠だ!」

 彼は今度は声に出して叫んだ。しかし、クラスメイトにはその声は届かなかった。ちょうど電車が駅を通過してしまったのだ。そして彼の予想通りこれは罠だった! クラスメイトを追うように、待ち伏せしていたであろう大男が路地に入って行った。大男は百九十センチメートルを超える身長で、さらにいわゆるゴリマッチョである。

 彼は悩んだ。助けるべきだというのはわかっている。しかし、彼にはそのクラスメイトを理由もなければ利益もない。それに、彼はそのクラスメイトと話したこともない――というか、名前も知らない。もし、この小説がアニメになったら名前は「クラスメイト1」とかになるだろう。それに助けるとしても、その場合あの大男と戦うことは避けられないだろう……。

 彼も身長百八十五センチ前後。体つきもいわゆる細マッチョである。だが、あの大男に勝つことが難しいことは言うまでもない。

 もし、こんな勝ち目もなく利益もない戦いをするとすれば、それはヒーローくらいのものだ。

 そして彼は歩み始めた。駅へ向けてではない――路地へ向けてだ。

 彼は頭ではどうするか悩んでいた。しかし、心は最初っから決まっていた。脳ではなく、心に突き動かされ体が動く。そう、彼の悩み――それは、正しすぎるほどに正しい正義の心だった。そして、彼は根っからのヒーローである。

「おい! そこのゴリラ!」

 彼はそう言い放った。

 大男はすでに彼のクラスメイトに喝上げを始めていた。彼の言葉を聞いた大男は、彼のクラスメイトの胸倉をつかみながらプルプルと震えた声で言った。

「今……今なんて言った」

 これは、気にしているやつの反応だと思った彼は、さらにこう続けた。

「ゴリラッて言ったんだよッ! このクソゴリラッ!」

 その言葉を聞いた瞬間――大男はぶちギレた。

 大男は彼の方に振り向き、つかんでいたクラスメイトを彼に向けて投げ飛ばした!

「うえッ!」

 なんとか受け止めたが、彼は尻もちをついてこけてしまった。

「まさか投げ飛ばしてくるとは……こいつは予想外だったぜ。どんだけぶちギレてんだよ……まあ、作戦は成功ってとこかな」

 彼のまず大男からクラスメイトへの注意をそぐという作戦は成功したのだ。

「おい、さっさと逃げな」

「はっ、はいィィィ!あっ、ありがとうございました!」

 そう言ってクラスメイトは走り去った。

「きさま」

「おっと、まだゴリラとの戦闘が残ってたんだった」

 皮肉った表情で彼は言った。

「きさまッ! よくもこの美形男子の俺様にそんな言葉を言ってくれたなああああッ!」

「いやいや、逆だろ? おまえほどのブサイク系男子は初めて見たよ!」

 彼はシニカルに、蔑むように言った。

「よくもッ! よくもッ! その口ッ! 二度ときけねえようにしてやるぅ!」

 大男が顔面に殴りかかってきた。しかし! 彼はまばたきひとつせず、そのこぶしほおに受けたのだ!

「なっ、なにィィィィ!」

 大男は殴りながら驚きのあまり叫んだ。

「おあいにくさま。俺は頑丈さがとりえでね」

 彼は殴られたまま、笑ってそう言った。すると、さっき彼のクラスメイトを誘い込んだひょろっとした男が言った。

「アニキ! こっ、こいつ知ってますぜ! この辺りでは超有名! 一馬陀かずまだ和弥かずやだぁー!」

「一馬陀……和弥……? どこかで聞いたことがあるようなないような……」

 大男はすっからかんな頭の中から探り出すように思い出そうとしていたが、それよりも早くひょろっとした男が叫んだ。

「<不死身の悪魔イモータルデビル>! <不死身の悪魔イモータルデビル>ですよ!」

「まっ、まさか! こいつがあの有名な<不死身の悪魔イモータルデビル>だって言うのかよ!」

 大男は今度はブルブルと震えた声で言った。しかし、大男は意を決した。

「だが! この状況なら勝てるはずだあああぁぁ!」

 今度は間髪かんぱつれずに十発ほど彼の顔面を殴った。しかし、彼は先ほどと同じように顔色一つ変えていない――というと誤解を招くかもしれないので説明しておく。確かに表情は変わっていないが顔の色は変わっている。ところどころに内出血を起こし、口からは血が流れ出ている。彼だって人間だ。<不死身の悪魔イモータルデビル>なんていう通り名がついていてもけがはする。

「はぁ、はぁ、なんでだ! なんでこんなに殴られて平気な顔をしてやがるんだ!こいつッ!」

 大男は疲労と恐怖が入り混じった顔で言った。

「なんでかって? 教えてやろうか?」

 彼は余裕たっぷりな笑みを浮かべる。そしてその問いに答える。

「それはなぁ……おまえのような悪党の――私利私欲のためのなんの感情もこもってねぇ拳なんて痛くもかゆくもねぇからだよッ!」

 そう、彼の強さは肉体の強さではない。彼の強さ――それは絶対にあくに屈しない精神、心にあるのだ。このことから彼は「不死身」と呼ばれた。

 そして、彼は言うと同時に大男の顔面に拳を振り上げた。

「ひえぇぇぇ!」

 大男は叫んだ。

 しかし! 彼は大男の顔面に拳が当たる前にその腕を止めた。そして言った。

「今俺がおまえを殴ったら――俺はおまえと同じ私利私欲のために殴ることになる。だから俺はおまえを殴らない」

「へッ? じゃあ、俺達を見逃してくれるのか? いや、くれるんですか?」

 大男が驚いた顔で言った。

「ああ、ただし……おまえらが俺との三っつの約束事をこれ以降守ってくれたらの話だ」

「守ります! 守りますとも!」

 大男の顔が安堵に満ちた。

「じゃあ言うぞ。一つ――もう二度と悪いことはしないこと」

「はいッ! よろこんで!」

 大男とひょろっとした男の声が重なった。

「一つ――俺のことはカズカズと呼ぶこと」

「カズカズ?」

 大男とひょろっとした男が同時に言い、そして顔を見合わせた。

「そうだ。ジョジョよろしくカズカズとな。<不死身の悪魔イモータルデビル>なんていう通り名は今日限りで忘れろ」

 彼はこの通り名のせいで二年間、友達一人たりともできなかった。

「そして最後の一つは――もし、また悪事を働いてしまって、もし、その時に俺に出会ってしまったら……おまえらを容赦なく地獄に落とすから、恨まないでくれってことだ」

 彼は満面の笑みで言った。

 この笑みから彼は「悪魔」と呼ばれた。

 そして大男とひょろっとした男は恐怖に戦慄し、「もう二度とやりませーんッ!」と言って逃げ去った。

 先に述べた二つの異名から、彼は<不死身の悪魔イモータルデビル>と呼ばれるようになった。そして<不死身の悪魔イモータルデビル>という通り名がついてから、彼は自分自身のイメージを変えるためにこの三カ条を言い続けているが、カズカズというあだ名は今のところ定着していない……


「はぁ」

 彼は心底だるそうにため息をついた。

「また女将に叱られる~」

 彼はほぼ毎週と言っていいほど、さっきのようなことに首を突っ込んでけがをして帰るので、その都度女将に叱られているのである。

 そして、旅館の前に着いた。ちょうど女将は庭仕事をしている真っ最中だった。

 なんとか顔だけは隠さなければ……彼は思った。そして、

「ただいま帰りました。奥様」

 と、直角に腰を折り曲げて言った。確かに、これならば女将に顔は見られない。

 しかし、女将から返事が返ってこない――なぜだろう? いつもならすぐに返事をしてくれるのに……。そう、彼が考えていると、地面を見ていた視界の中に着物を着た女性の足が見えた。まさかっ! 彼が気付いたときにはすでに頭にげんこつが落ちた後だった。

「気持ち悪いんだよ! このバカ息子が!」

 女将が叫んだ。彼は地面に這いつくばっている。

「だいたい、いきなりそんな変なしゃべり方をしたら何かあったってことは十分すぎるくらいにわかるわッ!」

 女将の怒涛のお叱りは続く――

「それに、奥様ってのはどういうこったい! いつからそんな風にあたしのことを呼べって言った! あたしは何時いつなんどきでもあんたの母親だって言ってるだろう! たとえ産みの親じゃなくともね!」

 そう言いながら、這いつくばっている彼にもう一発げんこつをおみまいした。

「イテェよ母さん……それと、ごめんなさい」

「あんたのことだから、またけがでもしてきたんでしょ? ほんと、世話の焼ける子だよ」

 女将は、はぁ、とため息まじりに言った。

 そして、手当てしてやるから早く中に入りな、と言ってすたすたと旅館の中へ入って行った。

「やっぱイテェなあ、愛のこもった拳はよぉ」

 彼は立ち上がり、そうつぶやいて女将の後を追った。

次はカズカズの一人称で書きます。

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