SFを書いてみた――Safety First かFailureか――
「今日さ、あり得ないことがあってさぁ。」
「ふふ。愚痴大会ね。付き合うよ。」
「それがさぁ。」
向かいに座った同僚は、先日の修理作業で起こった出来事と、今日になって若手技士から受けた質問について話し始めた。
私たちが勤めているのは、一般家庭で使用されるロボットの修理や調整を請け負う会社だ。彼女は整備部門の技士で、私は技術管理を担当している。部署は違うが、仕事の話をする機会は多い。
彼女の話が一段落したところで、思わず声が出た。
「はぁ。あの人、まだそんななんだ。」
「え?昔から知り合いなの?元カレとか?」
「馬鹿言わないでよ。私の元職場を知ってるでしょ。」
「あー、メーカーだっけ?」
「そ。その経験もあって、今はだいぶいい扱いしてもらってるけどね。」
「お、部署違いとはいえ、とんとん拍子に出世したのには、ただならぬ過去が?」
「あー、まあ、なくはない、かな。それより、もっかいちゃんと聞かせてよ。」
「何を?」
「ロボットのこと。機種と、取り付けたプラズマリアクター。それから、どのタイミングをどう変えたのか。」
「なんだよ。人の話、聞いてなかったの?」
「聞いてたよ。だから、詳しく聞きたくなったんでしょ。」
彼女は笑った。
「出た。元メーカー。」
◆
家庭用ロボットの修理では、できればリキッドパルサーを交換したくない。
ロボットは長年の生活を通じて、自分が置かれた環境に合わせて動作を学習する。住居の間取り、家具の位置、家族の生活習慣。物を持ち上げる力加減や、狭い廊下で人とすれ違うときの動作も、その一部だ。リキッドパルサーは、関節を駆動し、内部機器を冷却する作動液を循環させる、ロボットの心臓部に相当する。その制御核には、個体ごとに獲得した動作学習の一部が結び付いている。
リキッドパルサーを交換すると、学習状態の一部を初期化しなければならない。
もちろん、必要なら交換する。しかし、プラズマリアクターによって機能を維持できるのなら、これまでの生活を失わせずに家庭へ返してやりたい。
プラズマリアクターという補助装置は、そのために使われる。
胸部の整備口から循環配管内に細長いカートリッジを挿入し、外付けの電気油圧式駆動装置で内部の可動膜を動かす。リキッドパルサーの供給圧が低下する時間帯には、可動膜を拡張させて作動液を必要な場所に押し出す。次の駆動に合わせて可動膜を収縮させれば、循環系に作動液を受け入れる余地が生じ、吐出時の負荷を軽減できる。
装置を取り付けるだけで全てが解決するわけではないが、リキッドパルサーを残したまま引き続き使用できるようになる機体は少なくない。
「それで、今回の機体は?」
「国内製の小型機。リキッドパルサーの出力が低下してて、駆動周期も不規則になってた。」
「プラズマリアクターは?」
「PRX‐32。」
「おお、Xか。先端圧付きのスタンダードタイプね。」
「そう。海外製だけど、この機体なら使える。」
「つまり配管は?」
「スタンダード対応型。分岐口までの距離も十分にあるし、内径も問題なかった。」
「なら、パルスリンクも使いたいね。」
「でしょ。私も、教科書的な基礎知識だけはあるから、そう思いながら見てたんだよね。」
PRX‐32は、海外製の主流製品だった。
比較的高価だが、先端に圧力センサーを備えるほか、リキッドパルサーの駆動信号を検出して動作を自動で同期させる機能がある。それが、パルスリンクだ。家庭へ返却した後の長期使用を考えると、実際の供給圧を監視できることにも価値がある。今回のように、リキッドパルサーの駆動周期が不規則な機体には、適した選択だったように思える。
もっとも、私は現場を見ていない。
「それで、若手と転職組が取り付けに立ち会ってたんだよ。」
「うん。」
「私が別の作業を終えて見に行ったら、主任が来ててさ。」
「何をしてたの?」
「パルスリンクを切って、タイミングを手動で調整してた。」
「どんな風に?」
「収縮を、ものすごく早く。表示されてる作動室圧の波形で確認したら、可動膜が膨らんでる時間が、パルスリンクがオンのときと比べて三分の一くらいになってた。」
「三分の一?!」
「そう。」
私は少し考えた。
「リキッドパルサーの駆動周期は不規則なんだよね。」
「うん。」
「それで、次の駆動が始まるよりずっと早く収縮させた?」
「そういう設定。」
「え。何のために?」
「だから、それがわからないんだよ。」
彼女は少し笑った。
「主任は、ほら、こっちの方が綺麗やろ、って。」
「何が?」
「先端圧の波形。山がきれいに分かれてた。」
「なるほど。」
「私は現場の慣例なんて知らんのよ。専門じゃないから。けどまず、設定をポチポチ触りまくることは、比較実験というにはあまりにお粗末だと思った。」
「うん。それはそう。可能な限り変更点以外の条件を揃えなきゃね。でも、素人目にはわからないくらい高速で判断してたのかもよ?」
「まあ、実際のところは知らん。少なくとも私にはそう見えたって話。そんで結局、私は先端圧の平均値を比べるくらいしかしてないんよ。パルスリンクのときと、主任が満足げにしてた設定で表示されたやつね。」
「どうだった?」
「5.1MPaくらいから、4.4くらいに下がってた。」
「ふうん。まあ、設定の採否はご施設様のご判断で。かな。」
「出た、元メーカー。」
「だって、現場見てないもの。」
「まだあるんだよ。それまで出てなかった補償量不足の警報も繰り返してた。」
「それは気になるね。」
「でしょ。しかも、警報を確認して音を止めるんだけど、また鳴るんだよ。」
「それで?」
「……オフにしやがった。」
「……なるほど。」
え。そのままご家庭に帰すつもりなのか。
「それで、波形が綺麗になったって喜んでるわけ。」
私は飲み物に口を付けた。
可動膜を、次の駆動より十分早く収縮させる。そうすれば、収縮によって生じる圧力変動と、次の駆動による圧力変動は、時間的に分離されやすい。それぞれの波形が、独立した山として見える可能性はある。しかし、見やすくなったことと、補助効果が改善したことは別だ。
少なくとも、設定変更で警報が鳴るようになったのなら、収縮を早め過ぎた可能性を疑う理由にはなる。
「その設定だと、次の駆動時には、収縮による補助が得られなくなってるかもしれないね。一応、公式には悪い例として提示してるんだけどなぁ。」
私が言うと、彼女はうなずいた。
「ただ、実際の効果を判断するなら、条件を揃えて比較したいところだけど。」
「そこはわかってる。でもさ、少なくとも波形が綺麗ってだけで正解にはならないじゃん。」
原理的には、プラズマリアクターは直前直後の駆動を滑らかに繋ぐように作動することで、効果が最大化される。後から取り付けるカートリッジは、ロボットと一体化するわけではないため、寸分たがわず協調させることはできない。ゆえに、理想論である。だからこそ、個別に調整の余地がある。
「そうだね。聞いてる限りだと、介入のせいで注意喚起している設定になっていそう。」
「それなのに若手は、本当ですね、ありがとうございます、だって。職人芸の披露か何かのつもりだったのかな?かな?」
感情を抑えようともしない同僚に、私は少し困った。
主任がどのような説明をしていたか、全てを聞いたわけではない。若手がどの程度理解していたのかも、わからない。私は、当事者ではないのだ。
ただ、彼女の話を聞く限り、主任が何を改善しようとしていたのかは、私にも説明できなかった。
「それだけじゃないんだよ。」
「まだあるの?」
「転職してきた経験者にまで言ってた。何で先端圧のスタンダードなんか入れたんや。ショート一択やろ。反応もそっちの方が速いんやから、って。」
私はグラスを置いた。
「……ショート一択、ね。」
◆
日本の家庭用ロボットは、世界的に見ると少し変わった発展をしていた。
海外では、人間を上回る体格を持つ家庭用ロボットが主流だった。高いところにも手が届き、十分な搭載空間があり、大きな荷物も運べる。何より、強そう。強さを競うものではないのだが。
しかし、日本の住宅事情には必ずしも合わなかった。
廊下の幅、部屋の広さ、家具の配置。そして、生活空間にゴツい機械が立っていることへの、独特の威圧感。日本では、小さくても必要な仕事をこなせるロボットが好まれた。軽自動車や軽トラックのように、使用環境に合わせた独自の性能を追求してきたわけだ。
ただし、小型化すれば内部の余裕はなくなる。
初期の国産小型ロボットでは、短い胸部の中に循環配管や分岐口が密集していた。海外製の長い補助カートリッジを挿入すると、可動膜が分岐口に重なってしまう機種もあった。そこで国内メーカーは、可動膜を短くしたプラズマリアクターを開発した。
EDGARD‐32。
通称、ショート。
長い可動膜を持つ海外製PRX‐32と、公称補償容積は同じ32mL。ただし、短くした分だけ太い。限られた直線配管に収まりやすい一方で、配管の内径によっては十分な拡張ができない場合もある。
先端圧センサーはなく、独自のセンサーを持たないことで指標が少ない。また、パルスリンクを含めた自動制御にも制限があるが、価格は安い。
国内の小型ロボットには、実によく合った製品だった。
一方、別のメーカーは、逆のことを考えた。
プラズマリアクターをロボットに合わせるのではなく、ロボットの循環系を、海外製の標準的なプラズマリアクターに合わせたのだ。小型化を維持しながら、補助カートリッジを挿入する部分だけは十分な直線区間を確保する。分岐口の位置を変え、可動膜の拡張範囲を避ける。そうすることで、海外製スタンダード型の自動制御機能を利用できるようにした。
どちらも、日本独自の小型ロボットという条件に対する、技術者たちの答えだった。
「日本製だからショート、って話じゃないんだよね。」
同僚が言った。
「そうだね。」
「今回の機体は、スタンダードを使えるように循環系が設計されてるんだから。」
「配管の直線区間も確認したんでしょ。」
「もちろん。私はね。取り付けた2人も、箱の表に書いてあるイラスト付きの説明くらい見て相談したでしょ。若手と転職組のペアなんだし。」
「その推測には納得できる部分はあるね。なら、スタンダードを選んだことには合理性があるよね。」
「でしょ。」
「ただ、ショート自体が悪いわけじゃないよ。」
「わかってるって。」
「短い配管しかない機体には、あれはよくできた製品だから。」
「だから、機体に合わせて選べばいいじゃん。」
「そうだね。」
「それを、ショート一択って言われてもさ。」
私はうなずいた。
ショート型には、私も思い入れがある。
その理由は、単にメーカーに勤めていたからというだけではなかった。
「型どおりイコール思考停止、正論や教科書に対するコンプレックス、ルールを破る俺、カッコいいの残滓、からのマイルールは正義ですか?って。」
少し昔のことを思い出していると、何やら同僚の感情が爆発していた。
◆
「でもさ。」
同僚は話を続けた。
「波形が綺麗になったこと自体は、別におかしくないんだよ。それを考えると面白くてさ。」
「うん。」
「機械的に条件を揃えれば、綺麗な波形なんて出るでしょ。」
「出ることはあるね。」
「私は自分の専門分野で機械的な入力に対する応答を調べたことがあるんだけどさ。あまりにも同じ結果が出るんで、統計を取るのが馬鹿らしくなったくらいなんだよ。」
「へぇ。そりゃ、面白い。今日びロボットだってなかなかそうはならんのに。」
「もちろん、機械だってばらつきがないわけじゃないよ。でも、同じ条件で同じ動作を繰り返せば、ものすごく揃うことがある。」
「さては基礎実験だな。それならわかる。基本、最小単位では決められた動きを繰り返すからね。」
「だから今回も、プラズマリアクターの動作を次の駆動からきれいに切り離すように調整したら、そりゃ、一見お綺麗になるだろうよ、って。」
可動膜を早期収縮させることで、リキッドパルサーの次の駆動との協調が失われる。前の駆動との協調は適切でも。駆動周期が不規則である場合、長めに設定すると、次の駆動の影響が重なる場合が出てくる。では、短く設定すれば。
「確かに、相互作用が減れば、それぞれの圧力変動を見分けやすくなる可能性はあるね。」
聞いた話を単純化すると、直前の駆動とは滑らかに繋がっているが、直後の駆動との間には分離がある。そういう設定である。
「でしょ。でも、それが補助効果を最大化できたことの証明になるのか、って話なんだよ。」
「そこは別に評価する必要があるね。」
「そう。」
私はコースターの上に指で線を引いた。面白くなってきた。
「可動膜を収縮させた後の圧力変化はさ、周囲の配管の弾性や、配管内の近位、遠位それぞれからの作動液の流入まで考えると、指数関数的な減衰として……。」
「いやいや、一足飛び過ぎんか。」
「え?」
早々に水をぶっ掛けられた。まあ、熱くなったことは認める。
「言いたいことは、実際は、リキッドパルサーとプラズマリアクターだけの関係じゃ説明できないってことでしょ?」
「まあ、そうだね。」
「だけど、そんな説明をいきなりされたら、専門用語でマウント取られたと思う子もいるでしょ。そこに上下関係なんかがあれば特にさ。」
「別に、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。」
「わかってるって。だから、何でも厳密に言えばいいってことじゃないんだよ。」
彼女は、私が指で描いた線をなぞった。
「例えばさ、配管だって、圧力が掛かれば少しは伸び縮みするでしょ。っていう平易な言葉で繋ぎを入れてあげるべきなんだよ。」
「うん。」
「そしたら、経年劣化で主配管が硬くなったらどうなるか。同じように圧力を掛けても、反応が鋭くなって、波形がなまらなくなることがある。」
「圧力波の伝わり方や反射も変わるからね。」
「そう。そういう話をしたら、リキッドパルサーだけじゃなくて、主配管の状態まで波形から疑えることがあるんだよって、現場教育への橋掛けにもなるじゃん。」
「なるほど。」
「もちろん、それだけで配管が硬化してるって断定するわけじゃないよ。でも、波形の変化から、見えてないところに何が起こってるのか考えられる。」
「そうだね。」
「でしょ。そこで興味を持った子には、配管の、抵抗とか圧力変化を緩衝する性質とか、もっと詳しい話をすればいい。そこに興味を示すようなら、指数関数だって話せばいい。」
私はうなずいた。
「でも、わからなければ聞いてくれればいいんじゃない?」
「そこなんだよ。」
彼女は、待ってましたとばかりに指を差した。
「お、おう。」
「そういうのも、わからないヤツが悪いっていう圧になるんだよ。しかも、何でわからないって言わなかったのか、って後から圧を掛けるための伏線にしか見えんのよ。」
「そんなつもりがなくても?」
「なくても。教える側が何を意図したかと、教わる側がどう受け取るかは別でしょ。」
「それはそうだけど。」
「それに、わからないって言える関係を作ってるのかって話でもある。そんな環境作られたら、聞けるか!って思うわ。」
私は少し考えた。
「確かにね。」
「別に、専門用語を使うなって言ってるわけじゃないよ。最初からそこへ飛ぶ必要はないってだけ。」
「なるほど。」
「だから、教科書に載ってることを、そのまま言えばいいってものでもないんだよ。」
私は思わず笑った。私は、この局面において、私の話を聞いてくれという圧で、負けたのだ。
「ふふ。熱くなるじゃん。」
「だって、今回の件でマジかって思ったポイントだもん。波形が綺麗。終わり。え?馬鹿なの?って。気持ち悪さすら覚えたね。」
「ずいぶん辛辣だね。」
怒りの持つエネルギーは凄い。正義を主張すると、残酷になれるとも言う。そのエネルギーから生み出される彼女の生々しい話は、なかなかどうして面白い。
「いや、私だって知らないことはあるよ。間違えることもあるし、人に教わることだってある。でもさ、何でそうなるんだろうって考えることまでやめたら、何が残るの?それを考えるのが面白いと思える自分が、職場では特殊だってのは自覚してるけどさ。」
彼女は、一口飲み物を飲んだ。
「まして、それを若手に教えてるんだよ。波形が綺麗なら正解なんだって。そんなの、何を見て判断する仕事なのか、教える機会を自分から捨ててるじゃん。」
私は返事をしなかった。
確かに、私なら圧力の応答を面白がって数式で説明することができる。しかし、説明できることと、相手に理解してもらえることは違う。彼女は私が使った言葉から、何を説明しようとしているかをすぐに理解した。そのうえで、若手に対して同じ説明をしてよいのか、と問うている。
私が面白さに任せて省略したところに、彼女は教育上の問題を見つけたのだ。
「それで若手が今日になって、先輩は波形が綺麗かどうかで設定しないんですか、って聞いてきたんだよ。」
「最初の話に戻るわけだ。」
「そう。私は、プラズマリアクターについて、教科書的な基礎しか知らんというのに。でも、私はこう言った。場合による。って。」
「便利な言葉だ。」
「そこで終わればね。でもちゃんと、教科書から受け取ったものが違うってことは示したつもり。リキッドパルサーに不規則な挙動が出てるロボットに対して、今回、拡張時間を三分の一にしたことで現れた綺麗さは、補助効果を最大化できたことの証明になっているのかどうか。それをちゃんと考えな。ってね。」
「なるほど。」
「聞いてきたこと自体はいいんだよ。むしろ、この子はまだ大丈夫なのかもしれないって思ったくらいよ。」
「まだ大丈夫?」
「主任がやったことに疑問を感じたのかもしれないじゃん。それで、別の人に聞いてみようと思ったのかもしれない。」
「そうだね。あるいは波形が綺麗なら正しいと学習していて、基礎しか知らないというあんたが、別の考え方を提示した。じゃあ、どう判定すべきなのかって思ったのかもね。」
「ただ、私に聞いたことで考えて、主任とぶつかって、口答えすんなとか言われるのも見えてしまうんだよ。」
「うん。」
「なんなら、誰にそんなこと言われたんや、なんて詰められて、私に繋がって、あいつか、みたいになるとかね。」
私は、すぐには返事をしなかった。きっと、私に接するときには決して見せない顔をするのだろう。部署が違うとはいえ、同じ会社だ。そんな話は、よく耳にする。
「私には、まだ大丈夫な子を見付けても、なんとかしてやれる立場がない。」
「じゃ、なんであんたに聞いたのよ。」
「そりゃ、私も一応、現場見てたし。良く捉えれば、自分の専門分野では何度だって言葉を尽くすから、聞きやすかったとか。」
「安易に答えだけ聞こうとしてただけかもしれないけどね。」
「あー、そうだったらもう知らん。かな。」
彼女は少し笑った。だけど、少しだけ嬉しそうだった顔は、陰っていた。
「……誰かが言っていた答えらしきものを、どれだけ多く聞いたか、ってタイプなのかね。」
「というと?」
「どれだけ多く、自分で答えらしきものを考えたかってのも大事なんだよ。……ちゃんと考えな。の後に、少なくとも私はそうは思えない。考えてからまた、聞きに来るといい。ってのも、付け加えれば良かったなぁ。」
「あー、うん。」
「ロボットは複雑だからさ。わけのわからない不具合だって出てくる。だから、基礎を学んで、現場で実物に触れて、生データを見て考えて、相談して。」
彼女は、テーブルの上で指を折った。
「それで、自分の考えが違ってたとわかったら、また考え直せばいい。誰かの説明を聞いて納得できたら、今度はそれを実際に見た現象と照らし合わせてみればいい。それを面白いとまで思わなくてもいいけどさ、そうやって少しずつ、できることを増やしていくもんなんじゃないの?」
「そうだね。」
「なのに、答えを知ってる人から聞いて覚えました。それが増えたらベテランです、って。」
「経験者から学ぶこと自体は大切でしょ。」
「もちろん。自分より詳しい人に相談できることだって、必要な能力だよ。でもさ、相談って、ただ答えをもらうだけのことじゃないでしょ。」
「うん。」
「どうしてそう考えたのか聞いて、自分の見てる現象と合ってるか考える。そこから違う疑問が出てきたら、また聞けばいい。」
私はうなずいた。
「別のベテラン技士はさ、偉い人みんなそう言ってます、なんて言っててさ。私を褒める文脈だったけど、気持ち悪さは同じだった。」
「偉い人みんな、か。」
そこには、権威のフリをする人も含まれている。そういう話だろうか。
「そう。何人から同じ答えを聞いたか、じゃないんだよ。それぞれが何を根拠に言ってるか、自分はどう考えるか、そこが大事なんじゃないの?その答えを聞いて、ちゃんと自分の知っている基礎知識に繋げたのか?って。自分に不足している基礎知識に、目を向けたのか?って。」
「なるほど。」
「ロボットなんて、同じ症状でも原因が一つとは限らないんだから。」
「そうだね。」
「たくさん答えらしきものを聞いた。それだけをベテランの証にされてもね。たくさん答えらしきものを考えた。こっちだって、ちゃんと評価されるべきでしょ。」
彼女は、少し間を置いた。
「だから、若手にも考えな、って言ったんだよ。」
「うん。」
「……まあ、考えてくれるかどうかはわからないけどね。面白いのになぁ。」
私はグラスを置いた。
彼女は、若手が何を考えて質問してきたのかを知らない。主任が若手にどう接していくのかも、まだわからない。だから、若手を褒めることも、主任が若手を潰すと決め付けることもしない。
それでも、自分の知っている範囲で、考えるための材料を渡した。
その材料が、この先どう扱われるのか。
彼女には、そこまで関わる立場がないのだ。
◆
「ところで……さ。」
私は話を変えた。
「ショート型にこだわる理由なら、少し心当たりがあるんだよ。」
「何?」
「昔、事故があってね。」
「へぇ。」
「まだ国内製の小型ロボットに、スタンダード型の適合条件を満たさない機種が多かったころ。」
私は、メーカーにいたころのことを思い出した。
ある施設から、プラズマリアクターについて問い合わせがあった。家庭に返却したロボットが突然停止し、学習核の一部まで損傷したという。その機体には、プラズマリアクターが取り付けられていた。動作記録を調べると、冷却系への作動液の供給が不足していた。
そして、その不足は、プラズマリアクターの作動と関係している可能性があった。
私は他の担当者とともに、現場へ向かった。まず、配管図を確認した。次に、実際のカートリッジの挿入位置と、分岐口までの距離を測定した。
取り付けられていたのは、海外製のスタンダード型だった。
その機体は、初期の国産小型モデルだった。
短い直線配管の先に、冷却系へ向かう分岐口があった。
「可動膜が分岐口に重なったってこと?」
同僚が聞いた。
「その可能性が高かった。」
「何を確認したの?」
「寸法を測ったら、可動膜が広がる範囲に分岐口が入ってた。それから、取り外したカートリッジにも接触を疑わせる痕跡があった。」
「うん。」
「動作記録でも、プラズマリアクターの作動に伴って冷却系の流量が低下していた。」
「かなり黒いじゃん。」
「少なくとも、取り付け位置に問題があったことは確認できたよ。」
「じゃあ、何でそんな場所に取り付けたの?」
「そこなんだよ。」
作業記録には、分岐口との干渉確認が済んでいることになっていた。
しかし、実際に測定した寸法では、必要な余裕がなかった。
「確認した人は?」
「作業記録に名前があった。」
「誰?」
私は、少し間を置いた。
「主任技士。」
「……え?」
彼女は、しばらく私の顔を見ていた。
「それで……、どうなったの?」
「関連のない別のトラブルとして処理されたよ。」
「それだけ?」
「少なくとも、メーカー側に伝えられた最終的な扱いはね。」
「いや、だって、確認済みって記録があったんでしょ。」
「そう。」
「実際には干渉する位置だった。」
「そうだね。」
「それで、何もなかったの?」
私はグラスを置いた。
「装置の状態については報告したよ。取り付け位置に問題があったことも、記録との食い違いも。」
「うん。」
「ただ、どうして確認済みと記入されたのか。実際に何を確認していたのか。そこまでは明らかにならなかった。」
「でも、本人が取り付けたんでしょ。」
「作業記録ではね。」
「……納得できる?」
「メーカーとして調べた結果には、納得してる。」
「そういうことじゃなくて。」
「わかってる。」
私は、少し笑った。
「だから、今でも引っかかってるんじゃない。」
彼女はしばらく黙っていた。
「で、その事故の後からショートにこだわるようになったわけ?」
「少なくとも、そういう話をするようになっているって聞こえてくるね。」
「なるほど。自分がスタンダード型で事故を起こしたから、短い方を選びたくなる。そういうことなのかな。」
「そう考えることはできる。」
「でも、そこは断定しないんだ。点と点は、もう繋がったようなもんじゃん。」
そう考えていた時期は、私にもあった。
「本人がそう言ったわけじゃないもの。」
「ほんと、徹底してるね。」
「だって、過去の事故を知ってることと、今の本人が何を考えているかを知ってることは別だから。」
「まあ、繋がったようなものと繋がったの間には、字面以上に隔たりがあるもんだからね。そこは、あんたに免じて一応反省しておいてやる。」
私は、あの日のことを詳しく覚えている。
現場で何を調べ、何を測定し、どのような記録が残っていたのか。そこは、私自身の経験だ。
しかし、その後の年月を主任技士と一緒に過ごしたわけではない。彼が何を考え、何を学び、何を教えてきたのか。
私は、すべてを知っているわけではない。
◆
「でもさ。」
彼女が口を開いた。
「その事故を知ってるなら、むしろ若手にちゃんと教えればいいのにね。」
「うん。」
「スタンダード型が悪いんじゃない。分岐口に重なる位置で使ったら駄目なんでしょ。」
「そうだね。」
「だったら、何を確認するべきだったのか、教えればいいじゃん。配管の長さ、内径、分岐位置、プラズマリアクターの可動膜の拡張範囲。全部、説明できることだよね。」
「そう。」
「実際、ショート型を開発したメーカーも、海外製スタンダード型に合わせて循環系を設計したメーカーも、そこを考えたんでしょ。」
「そのとおり。」
「違う方法で、同じ問題を解決してきたわけだ。」
「うん。」
「それを、ショート一択って。」
私は返事をしなかった。
あの事故は、確かに起こった。しかし、そこから導かれる答えが、ショート型だけを使え、というものだったとは思わない。むしろ、技術者たちは、その問題を解決するために複数の方法を考えてきた。
プラズマリアクターを小型化したメーカーがあった。
小型ロボットの循環系を再設計したメーカーもあった。
どちらも、目的と条件を考えた結果だ。だから、現在も異なる特徴を持つ製品が存在している。
ただし、それを知っていればそう説明できるが、それを知らなければ。当然、事故のことを話すことが頭をよぎるだろう。その方が楽だとしても、彼は、その選択は、絶対にしないだろう。そんな気がした。
「しっかし、ここまで話してみてもさ。」
彼女は言った。
「教科書に載せられない職人技なんて、一つも出てこないね。」
「波形が綺麗、みたいなことを言っているなら、そうだね。」
「配管の構造を確認する。可動膜の形状を考える。駆動信号と動作タイミングを見る。先端圧を確認する。」
「うん。」
「わからなかったら、原理に戻って考える。」
「そう。」
「説明できない現象があったら、測定して確かめる。」
「そうだね。」
「考えてみて間違ってたら、考え直せばいいじゃん。」
「うん。」
「なのに、上の人がそう言ったら、それを正解にしている。」
彼女は首を振った。
「しかも、あの主任、地域の技術協議会でも教育を担当してるんだってよ。」
「知ってる。」
「知ってるのかよ。」
「そりゃあね。」
「私なんか、たまたま別件で、事件の翌日にそれを聞いてさ。良く出来たオチだと思ったってのに。」
「確かに。」
今はそう言えるくらい、皮肉に思えている。
「なのに、若手が学んだのは、波形が綺麗なら正しいってことなんだよ。」
「うん。」
「本当は、今回みたいな事例こそ、何を測定して、何を比較して、どこまで判断できるのか考える機会になるはずなのに。」
私は、グラスに残っていた飲み物を口にした。
「結局、真面目に若手を教育するより、権威のフリをする方が楽なんだよ。圧力掛けて議論を打ち切ってさ。」
彼女は、首を振った。
「いーや、あの人はそもそも、それしか方法を学ばなかったってだけだよ。その裏で捨ててきたことを、自分にとっての学びの機会だと、思わなかったんだ。」
「ま、良くも悪くも前時代的ってことで。」
「良く、の要素あったっけ?もしかして、最初の話につながる、とか?」
「え?」
「あの人、まだそんななんだって言ったじゃん。」
「あー。確かに。てゆーか、そんなひと言拾ってるのかよ。」
「つまり、前時代的で良かった部分も明確にあったと?」
「しまった。墓穴掘ったわ。」
彼女が、にやりと笑った。
「お?お?話してみ?まだまだ夜はこれからぞ?これからぞ?」
ご施設様の判断で。夜が更けるにつれて、そんなことを口にしなくなっていった。自分に正義があると信じると、人は残酷になれるもんだ、なんて自嘲しながら、そこにはもう、自重はなかった。
◆
「今日さ、あり得ないことがあってさぁ。」
後日、どこかでよく聞くぼやきが放たれた。
「ふふ。愚痴大会ね。付き合うよ。」
「それがさぁ。」
先日のご家庭から、切ったはずの警報が鳴ったという問い合わせを、よりによってあの主任が窓口となって受けたようだ。確認してみると、自分の設定と異なっていたという。
自動制御、警報、オン。
今日のサシ飲みも、また長くなりそうだ。




