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「10年目の初恋」  作者: れんれん


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1/3

第1話 「ねえ、私たちって、ちゃんと夫婦してるのかな」

「ねえ、私たちって、ちゃんと夫婦してるのかな」

そんな言葉、口に出せるはずもなくて、

私は今日もいつも通り「おかえり」と言った。

玄関のドアが開く音。

時計は夜の九時を少し回ったところだった。

「ただいま」

少し疲れた声。

ネクタイを緩めながら、あなたはリビングに入ってくる。

それだけ。

それ以上、何もない。

「ご飯、温め直すね」

そう言いながらキッチンに立つ私に、

あなたは「うん」と短く返すだけで、ソファに腰を下ろした。

テレビのリモコンを手に取り、無意識のように電源を入れる。

流れ出すバラエティ番組の笑い声。

でも、そのどれもが、私たちの間には届いていない気がした。

——昔は、違ったのに。

ふと、そんなことを思う。

「今日さ、こんなことあってさ」

「聞いて聞いて、ほんと面白くて」

くだらない話を、笑いながらしていたはずなのに。

あなたも、よく話してくれた。

仕事のこと、上司の愚痴、将来の夢。

それを聞く時間が、私は好きだった。

“この人と一緒にいるんだ”って、ちゃんと実感できたから。

でも今は——

同じ空間にいるのに、遠い。

食卓に並べた料理は、どれもあなたの好きなものだ。

ハンバーグに、少し甘めのソース。

副菜は、前に「これ好きだな」って言ってくれたやつ。

「いただきます」

そう言って箸を取るあなた。

会話はない。

テレビの音だけが、やけに大きく感じる。

「……どう?」

気づけば、私はそう聞いていた。

あなたは少しだけ顔を上げて、

「うん、うまいよ」

と、短く言う。

それだけ。

嬉しいはずなのに、

どうしてこんなに、寂しいんだろう。

「そっか」

私は笑ったつもりだったけど、

ちゃんと笑えていたかは、自分でもわからなかった。

子供たちはもう寝ている。

さっきまで賑やかだった部屋は、急に静かになる。

本当なら、ここからが“夫婦の時間”のはずなのに。

あなたは食べ終わるとすぐにスマホを手に取った。

仕事の連絡なのか、それともニュースなのか、

私にはもう、わからない。

「ねえ」

呼びかけようとして、やめた。

何を話せばいいのか、わからなかったから。

話したいことは、たくさんあるはずなのに。

今日あったこと。

子供のちょっとした成長。

スーパーで見つけた新しいお菓子。

でも、それを口に出す前に、

“今じゃないかも”

って思ってしまう。

忙しそうだから。

疲れていそうだから。

そうやって、私は何度も言葉を飲み込んできた。

その結果が、これなのかもしれない。

会話のない、静かな食卓。

「ごちそうさま」

あなたはそう言って席を立つ。

食器を下げるのは、いつも私。

それが当たり前になっている。

——当たり前。

その言葉が、やけに引っかかった。

結婚して、十年。

二人の子供に恵まれて、

大きな不満なんて、きっとない。

あなたはちゃんと働いてくれているし、

家族を大切にしていないわけじゃない。

むしろ、十分すぎるくらい“ちゃんとしている”。

わかってる。

わかってるのに。

どうして私は、こんなに満たされないんだろう。

洗い物をしながら、

ふと手が止まる。

リビングの方を見ると、

あなたはさっきと同じ姿勢でスマホを見ていた。

その横顔を見て、思う。

——遠いな。

手を伸ばせば届く距離なのに、

どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

昔は、少し触れるだけで嬉しかったのに。

指先が触れただけで、ドキドキして。

隣に座るだけで、幸せだったのに。

今は、触れる理由がない。

触れなくてもいい関係になってしまった。

それって、本当に“いいこと”なんだろうか。

「ねえ」

もう一度、呼びかけようとする。

でもやっぱり、声は出なかった。

代わりに、心の中で呟く。

——ねえ、私たちって、ちゃんと夫婦してるのかな。

そのとき、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。

通知の光が、暗い部屋の中でやけに目立つ。

何気なく画面を見る。

そこに表示されていたのは、

カレンダーの通知だった。

「——結婚記念日」

一瞬、意味がわからなかった。

日付を見て、ようやく気づく。

今日だった。

私たちの、結婚記念日。

思わずリビングの方を見る。

あなたは、何も変わらない様子でスマホを見ている。

気づいていないのか、

それとも——

気づいていて、何もしないのか。

どっちなのか、わからない。

わからないまま、

胸の奥がじわっと熱くなる。

悲しいのか、寂しいのか、

それともただ、空っぽなのか。

自分でもうまく整理できない感情が、

静かに広がっていく。

「……」

私はスマホの画面をそっと伏せた。

言えばいい。

「今日、記念日だよ」って。

それだけでいいのに。

それだけのことが、どうしてこんなに難しいんだろう。

もし言って、

「あ、そうだっけ」って軽く返されたら——

たぶん、私は、耐えられない。

だから、言えない。

言えないまま、

今日が終わっていく。

時計の針が、またひとつ進む。

その音がやけに大きく聞こえて、

私はただ、そこに立ち尽くしていた。

同じ家にいるのに、

同じ時間を過ごしているのに、

どうしてこんなに、ひとりみたいなんだろう。

(第2話へ続く)


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