第10話「誇りの代償」
離脱した若手騎士の一人が、死んだ。
報告は夜明け前に届いた。
街道脇の簡易宿。酒に酔い、都市商人の護衛と口論になり、剣を抜いた。止めに入った者ともつれ、転倒。打ちどころが悪かったという。
事故だ、と報告書にはある。
だが、アリアにはそうは思えなかった。
「名は」
「アルトゥール・ヘッセン。二十三歳」
セルマの声は硬い。
「将来を嘱望されていた若者です」
胸の奥が冷たく沈む。
辞表を出した者の一人だった。
誇りを守れぬと、去った騎士。
「遺族は」
「両親が城下に」
短い沈黙。
アリアは立ち上がった。
「会いに行く」
「令嬢」
セルマが制止する。
「今は感情が荒れております」
「だからこそよ」
逃げない。
王都での失敗を、繰り返さない。
城下の小さな石造りの家。
扉を開けた瞬間、泣き崩れた母親の姿が目に入る。
「どうして……どうしてあの子が」
父親は無言で立っている。
視線は鋭い。
責めるでもなく、だが許してもいない。
「私の改革が」
言いかけて、アリアは止まる。
それは自己弁護だ。
「私の責任です」
はっきりと言う。
部屋の空気が張り詰める。
「あなた様が、あの子を殺したのですか」
父親の問い。
真正面から。
「いいえ」
否定する。
「ですが、あの子が去る選択をした原因の一部は、私にあります」
母親の嗚咽が強くなる。
「誇りを、守れなかった」
父親が低く言う。
その言葉は、刃だった。
アリアは視線を逸らさない。
「守れなかったのは、私です」
沈黙。
やがて父親は言う。
「謝罪で戻るものは何もない」
「承知しています」
「では、何をする」
問いは重い。
アリアは息を吸う。
「制度を見直します」
即答ではない。
だが迷いもない。
「誇りを損なわぬ形に、もう一度」
父親はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……あの子の名を、忘れぬでください」
「忘れません」
深く頭を下げる。
城へ戻る道すがら、風が強く吹いた。
セルマが隣を歩く。
「令嬢」
「ええ」
「今回の件、制度そのものが原因とは言い切れません」
「分かっている」
感情の爆発は、積み重ねの結果だ。
だが、引き金は自分の改革だった。
「騎士団を集めて」
アリアは言う。
「全員に説明する」
夜、訓練場に灯がともる。
騎士たちが集まる。
ざわめき。
怒りと悲しみが混じる空気。
アリアは一歩前に出た。
「アルトゥール・ヘッセンの死は、事故です」
静まり返る。
「ですが、彼が辞表を出した背景に、私の改革があります」
ざわめきが強まる。
「私は、急ぎました」
言葉を選ばない。
「誇りを守ると約束しながら、守り切れなかった」
誰も否定しない。
「制度は続けます」
その一言に、怒号が上がりかける。
だが、続ける。
「ただし、修正します」
空気が止まる。
「農閑期制度は任意制とする。強制はしない」
「……任意?」
セルマが低く繰り返す。
「誇りは、強制で守れない」
視線を一人一人に向ける。
「参加する者には、追加の叙勲制度を設ける」
誇りを“減らす”のではなく、“積む”。
「剣を振るう場は、私が作る」
その言葉は重い。
「街道警備の拡充、治安部隊の再編。騎士の役割は減らさない」
ざわめきが揺らぐ。
「急がない」
はっきりと言う。
「合意が得られるまで、待つ」
静寂。
やがて、一人の騎士が前に出た。
「……本気で、我らの誇りを守ると?」
「本気よ」
即答。
視線が交差する。
しばらくの沈黙の後、その騎士は剣を鳴らした。
敬意の合図。
完全な支持ではない。
だが拒絶でもない。
セルマが静かに言う。
「次は、急ぐな」
「ええ」
アリアは小さく頷く。
夜空を見上げる。
星は変わらない。
だが、領地の空気は少しだけ変わった。
犠牲は出た。
取り戻せない命。
だがそこから、学ぶ。
誇りは削るものではない。
重ねるものだ。
アリアは静かに誓う。
「忘れない」
アルトゥールの名も。
自分の未熟さも。
改革は続く。
だが今度は、血の上にではなく、合意の上に積み上げる。
それが、彼女の選んだ道だった。




