全部見られた
日曜日。
部活のない、珍しく静かな休日。
私は自室のベッドに寝転がり、スマホを片手にぼんやりと天井を見上げていた。
カーテンの隙間から差し込む午後の陽光が、部屋の白い壁に細長い影を落としている。エアコンの低い唸り音だけが、静寂を埋めていた。
(……今日は、部室に行かなくていい)
そう思うだけで、少しだけ胸が軽くなる。
陽菜の笑顔も、陽葵のキラキラした目も、あの変態発明品の記憶も、今日は遠く感じる。
でも、どこかで、「今日は何も起こらない」という安心が、逆に物足りなくもあった。
そんなことを考えていると、スマホがぶるっと震えた。
画面を見ると、陽菜からのメッセージ。
【陽菜】涼香ちゃん、今からお家行くね♪よろしくー!
「……は?」
意味がわからない。
【涼香】何?来ないで
既読がつくのは早かった。
【陽菜】もう家出たよー!15分くらいで着くと思う!楽しみにしててね♡
「……嘘でしょ」
私は慌てて起き上がり、部屋を見回す。
散らかった参考書。
床に放り投げられた制服。
そして――
(……最悪)
私は今、部屋着姿だ。
ピンクのフリル付きキャミソールに、短めのショートパンツ。
裾に小さなリボンがついていて、全体的に甘ったるいデザイン。
中学生の頃に買ったまま、なぜか捨てられずに残っていた、割に合わないくらい可愛らしいやつ。
普段は絶対に人に見せない。
家族ですら見せない。
なのに、今から陽菜が来る?
(……ドア開けなきゃいいだけ)
そう思って、私はベッドに潜り込んだ。
でも、心臓がどくどくと鳴っている。
(来ないで……来ないで……)
10分後。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
私は布団の中で固まる。
もう一度、ピンポーン、ピンポーン。
連続で鳴る。
「……っ」
仕方なく、私は布団を跳ね除けて立ち上がった。
(無視したら、近所迷惑になるかも……)
自分に言い訳しながら、玄関に向かう。
ドアを開けると、そこにいたのは、予想通り、陽菜だった。
私服姿の陽菜。
白いブラウスにデニムのスカート。
いつもの白衣がない分、妙に普通の女子高生に見える。
「やっと開けてくれたー!涼香ちゃん、遅いよー」
陽菜はにこにこしながら、勝手に靴を脱いで上がってくる。
私はドアの陰に隠れるようにして、声を低くする。
「……帰ってください」
「えー、せっかく来たのに?」
陽菜は私の姿を上から下まで眺めて、目を輝かせた。
「わあ……!涼香ちゃんの部屋着、めっちゃ可愛い!フリルついてるし、リボンもついてるし!こんな甘々系、似合うんだ……♡」
「……っ!」
顔が一瞬で熱くなる。
思い出した。
今、自分はあのピンクのフリル部屋着だということ。
陽菜の視線が、キャミソールの胸元や、短いパンツの裾に注がれている。
「や……見ないでください……!」
私は両腕で胸を隠し、後ずさる。
陽菜はくすくす笑いながら、さらに家の中へ進む。
「いいじゃん、かわいいんだから!あ、涼香ちゃんの部屋ってこっち?」
「待って入らないで!」
私は慌てて陽菜の腕を掴もうとするが、陽菜はひょいっと身をかわして、私の部屋のドアを開けてしまった。
「わー!涼香ちゃんの部屋だ!」
陽菜は嬉しそうに中へ飛び込む。
私は追いかけるように部屋に入る。
「出てってください……!勝手に入らないで!」
でも、もう遅い。
陽菜は私の机の上に広げられた参考書を眺め、本棚を指でなぞり、
クローゼットの扉をぱかっと開け始める。
「へえ、教科書こんなに並べてるんだ。勤勉だね、涼香ちゃん」
「触らないで……!」
陽菜は無視して、ベッドの下に目を向けた。
「……あれ?何か見える」
「やっ!」
私は慌ててベッドに飛び乗り、陽菜を押し退けようとする。
でも、陽菜はすでに手を伸ばしていた。
引き出されたのは――
黒いビニール袋に入った、
明らかに怪しい形の物体。
「……これ、電マじゃん」
陽菜がにやにやしながら袋を開ける。
「しかも、かなり使い込んでる感じ?コードがよれよれだよ、涼香ちゃん」
「……っ!ち、違う!それは……それは、肩こりにいいって聞いて……!肩に当てるだけだから!」
私は必死に言い訳を並べる。
陽菜は爆笑しながら、電マを手に持ってスイッチを入れる。
ブィィン……
低い振動音が部屋に響く。
「肩こり用って、こんなに強力なの?嘘だー!涼香ちゃん、絶対オナニー用でしょ!」
「……う、うるさい……!」
顔が熱い。
耳まで熱い。
陽菜は電マをベッドに置いて、今度は本棚の奥に手を伸ばす。
「次は何かなー?」
引き出されたのは、古いアルバム。
「……やめて!それ、見ないで!」
陽菜は無視してページをめくる。
「わあ、涼香ちゃんの小学生時代!ツインテール!めっちゃ可愛い!」
「やだ……!昔の写真なんて……!」
ページをめくるたび、幼い頃の自分が現れる。
運動会の写真。
家族旅行の写真。
そして――
「……あ、これ!水着!涼香ちゃん、意外とスタイルいいんだね!」
「……っ!」
私はアルバムを奪い取ろうとするが、陽菜は高く掲げて逃げる。
「もうちょっと見せてよー!この頃からもうクールビューティーだ!」
「返して……!」
私は陽菜に飛びついて、必死にアルバムを取り返そうとする。
陽菜は笑いながら、私の体を抱きしめるようにして、さらにページをめくる。
「可愛い可愛い!涼香ちゃんの全部、見ちゃうんだから!」
「……もう、嫌……」
私は力が抜けて、陽菜の胸に顔を埋めてしまった。
陽菜は私の背中を優しく撫でる。
「ごめんね、涼香ちゃん。でも……こうやって、涼香ちゃんの全部を知りたくなるんだ」
「……変態」
「うん。変態だよ」
陽菜はアルバムを閉じて、私の頭をそっと撫で続ける。
「でもさ、こんな可愛い部屋着着て、こんな可愛い昔の写真持ってて、ベッドの下に電マ隠してて……全部、涼香ちゃんの大事な一部でしょ?」
「……恥ずかしいだけです」
「恥ずかしい涼香ちゃんも、大好きだよ」
陽菜の声が、耳元で甘く響く。
私は顔を上げられず、ただ陽菜の胸に顔を押し付けた。
(……なんで、こんな人に、全部見られちゃうんだろう)
悔しい。
情けない。
でも、どこかで、陽菜に全部見られたことが、少しだけ、安心するような、
変な感覚があった。
陽菜は私の髪を指で梳きながら、
小さく呟く。
「また来ても、いい?」
「……勝手に入らないで」
「約束できないかも」
陽菜は笑う。
私はため息をついて、ようやく体を離した。
「……もう、帰ってください」
陽菜は少し名残惜しそうに立ち上がり、鞄を肩にかける。
「うん。今日は楽しかったよ、涼香ちゃん。また明日、部室でね!」
「……明日は、行きません」
「えー、待ってるよ♪」
陽菜は手を振って、部屋を出て行った。
玄関のドアが閉まる音が響く。
私はベッドに崩れ落ち、枕に顔を埋めた。
(……全部、見られた)
電マ。
昔の写真。
フリル部屋着。
私の隠していた部分が、陽菜の目に焼き付いてしまった。
恥ずかしくて、悔しくて、涙が出そうになる。
(……最悪)
私はそう呟きながら、
でも、明日も部室に行く予感が、もう止められなかった。




