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ノーベル賞級の発明品でクールな後輩を毎日いじめちゃう変態部長が可愛すぎる  作者: そばうどん


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3/15

家でも考えちゃう

家に着いたのは、夜の八時を少し回った頃だった。

玄関の明かりをつけると、いつもの静けさが広がる。

両親はまだ帰っていない。冷蔵庫に貼られた付箋に「夕飯はレンジでチンしてね」と母の字。

私は鞄を床に放り、制服のまま自室に直行した。

部屋の電気をつけると、机の上に積まれた参考書とノートが目に入る。

今日は数学の予習を終わらせて、英語の長文を三題解く予定だった。

いつも通りのルーティン。いつも通りの私。

なのに――

座った瞬間、ふわっと甘い匂いが鼻を掠めた。

「……っ」

制服の襟元に、陽菜の匂いがまだ残っている。

シャンプーと、イチゴキャンディみたいな甘さ。

白衣越しに感じた体温まで、思い出されてしまう。

私は慌ててブレザーを脱ぎ捨て、ハンガーに掛ける前に一度、強く振った。

匂いが消えるわけがないのに。

「……最悪」

呟いて、椅子に深く腰を下ろす。

机の上の参考書を開く。

数学IIIの複素数平面。

問題を解こうとペンを握るが、頭の中が妙にざわついている。

(あの薬……本当に一時間で切れるんだろうか)

陽菜の声が、耳の奥でリプレイされる。

「大好きなお姉ちゃんって認識しちゃうんだって!」

(……うるさい)

私は小さく舌打ちして、問題に集中しようとする。

でも、すぐに別の考えが浮かぶ。

あの薬の成分。

桜色の液体。イチゴのような香り。

飲んだ瞬間に脳の報酬系を直接刺激し、特定の対象――陽菜――への愛着を異常増幅させる。

ドーパミン、セロトニン、オキシトシン……全部を同時に爆上げするような設計。

(……ありえない)

普通の薬理学では説明がつかない。

陽菜は高校三年生だ。

専門の研究室に通っているわけでもない。

なのに、あの効果はまるで――

(脳の可塑性を一時的に極限まで引き上げ、特定の人物を“絶対的な愛着対象”として書き換える)

そんなことが、可能なのか。

私はペンを置いて、椅子の背もたれに体を預けた。

陽菜の研究ノートを思い出す。

部室の棚に無造作に積まれた、ボロボロのルーズリーフ。

あそこには、信じられないくらい緻密な数式と実験記録が詰まっている。

フェロモン誘導体。

神経伝達物質模倣分子。

視床下部への選択的刺激。

記憶の再タグ付け。

どれも、大学レベルの論文でしか見たことのない内容。

それが、陽菜の手書きで、落書きみたいに並んでいる。

(……ノーベル賞、軽く取れる)

本気でそう思う。

生理学か、化学か、あるいは医学・生理学賞。

少なくとも、脳科学の分野で革命を起こせるレベルの発明を、陽菜は毎週のように作っている。

なのに。

陽菜は一度も「賞を取ろう」とか「発表しよう」とか言わない。

「涼香ちゃんの実験データが一番大事!」

「記録が残ればそれでいいよね♪」

「だって、面白いもん!」

それだけ。

作って、試して、記録して、次のアイデアにすぐ移る。

まるで、純粋に「楽しいから」だけのために、人類の常識を塗り替えるレベルのものをポンポン生み出している。

「……変態」

私は呟いて、額に手を当てた。

でも、変態なのは確かだ。

だって、ノーベル級の発明を、

「後輩を甘えさせるため」

「涼香ちゃんのレア顔コレクションのため」

にしか使わないなんて。

それなのに――

(……なんで、こんなに頭から離れないんだろう)

私は気づいて、はっとした。

いつの間にか、また陽菜のことを考えている。

あの笑顔。

あの声。

あの温もり。

薬が切れたはずなのに、

胸の奥に、薄い膜みたいに張り付いている。

「……嫌だ」

私は立ち上がり、机の上のノートを乱暴に閉じた。

勉強どころじゃない。

頭の中が、陽菜で埋まっている。

私はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。

「……もう、寝よう」

電気を消す。

暗闇の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。

考えるのをやめようとした。

でも、すぐに次の考えが浮かぶ。

(……明日、どんなものを作るんだろう)

一瞬だけ、胸が小さく跳ねた。

期待?

好奇心?

そんなものが、自分の胸に芽生えていることに、私はぞっとした。

「……違う」

私は枕を強く抱きしめる。

違う。

私はただの実験台にさせられているだけ。

陽菜はただの変態部長。

私は霧島涼香。

冷たくて、かっこよくて、誰にも心を開かない。

だから、明日も、いつも通り突き放して、

「二度と飲まない」と言い張って、それで終わり。

なのに――

(少しだけ、気になる)

その気持ちが、嫌でも消えない。

「……っ」

私は布団を被り、目をぎゅっと閉じた。

(寝れば、忘れられる)

そう自分に言い聞かせて、無理やり意識を闇に沈めた。

でも、眠りに落ちる直前まで、

陽菜の笑顔が、頭の奥でチラチラと揺れていた。

翌朝。

目覚ましが鳴る前に、私は自然に目を開けた。

カーテンの隙間から、朝陽が細く差し込んでいる。

まだ六時半前。

いつもより少し早い。

ベッドの中で、ぼんやりと天井を見つめる。

(……今日も、部活か)

自然に、そんな考えが浮かんだ。

そして、次の瞬間――

(今日は、どんなものを作るんだろう)

また、同じ考え。

胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

「……っ!」

私は慌てて布団を跳ね除け、

ベッドから飛び起きた。

「違う!」

声に出して否定する。

違う。

興味なんてない。

あんな変態の実験に、興味なんか持てるわけがない。

私は洗面所に駆け込み、冷たい水で顔を洗う。

鏡の中の自分は、いつも通り無表情。

だけど、少しだけ、頬が赤い。

「……最悪」

呟いて、タオルで顔を拭く。

制服に着替えて、鞄に教科書を詰め込む。

いつもの朝のルーティン。

でも、玄関のドアを開ける瞬間、ふと立ち止まった。

(……行きたくない、わけじゃない)

その事実に、私はまた嫌気がさした。

「……行けばいいんでしょ」

小さく呟いて、私は家を出た。

朝の空気が冷たい。

通学路の桜並木は、もうほとんど葉を落としている。

歩きながら、私は自分に言い聞かせる。

(今日は絶対に飲まない。どんなに強引にされても、絶対に)

でも、心のどこかで、小さな声が囁いている。

(……でも、もしまた「お姉ちゃん」って呼んだら、陽菜、どんな顔するかな)

その考えを、私は全力で振り払った。

鞄の肩紐を強く握りしめて、学校に向かって歩き出す。

今日も、あの変態部長が待っている部室へ。

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