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ノーベル賞級の発明品でクールな後輩を毎日いじめちゃう変態部長が可愛すぎる  作者: そばうどん


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2/15

効果切れた!

化学準備室の時計の針が、カチッと音を立てて六時を指した。

アルコールランプの青い炎はすでに消えていて、部屋は薄暗い。

窓の外はすっかり夜で、校舎の外灯がぼんやりとカーテンに影を落としている。

私――霧島涼香は、

星野陽菜の胸に顔を埋めたまま、ぴたりと動きを止めた。

「……ん?」

陽菜の声が、すぐ近くで響く。

少し心配そうな、でもどこか楽しそうな響き。

「……涼香ちゃん?」

私の体が、急に硬直する。

胸の奥で、何かが急速に冷えていく。

さっきまで熱くて、甘くて、溶けそうだった感情が、まるで氷水をぶっかけられたみたいに急速に萎んでいく。

「……はっ」

私は陽菜の胸から顔を離し、勢いよく後ろに下がった。

背中が薬品棚にぶつかり、ガラス瓶がカタカタと鳴る。

「……っ」

陽菜が目を丸くして私を見ている。

私は自分の唇に指を当て、そして――ゆっくりと、深く息を吐いた。

「……終わった」

声が、いつもの自分に戻っている。

低くて、冷たくて、感情の起伏がほとんどない声。

陽菜はぽかんとした顔で、首をかしげる。

「え……もう?一時間、経った?」

「……そうです」

私は無表情のまま、制服のスカートの裾を整える。

陽菜の匂いがまだ服に残っていて、それが妙に気になって仕方ない。

「……最悪です」

「ええっ!?なんで!?めっちゃ可愛かったのに!」

陽菜が両手を広げて抗議するように飛び跳ねる。

私は目を細めて、部長を睨む。

「今、思い出したくもないことを全部思い出しました」

「うそ、ひどい!涼香ちゃん、私のこと『お姉ちゃん』って呼んで、ぎゅーってして、すっごく甘えてたのに……!」

「……黙ってください」

顔が熱くなる。

耳まで熱い。

絶対に赤くなっている。

私は慌てて視線を逸らし、机の上の空になった試験管を睨む。

「……あの薬、二度と作り直さないでください」

「えー、でもあれ、めっちゃ成功だったじゃん!Ver.3.1、大勝利!」

「成功の定義が狂っています」

「だって涼香ちゃん、こんなに素直になれるなんて……一生の宝物だよ?」

陽菜はスマホを取り出し、ニヤニヤしながら画面をタップし始める。

「……何してるんですか」

「記録だよ!記録見せてあげる!」

「……は?」

陽菜がスマホの画面を私の方に突き出す。

そこには――

さっきの私。

陽菜の胸に顔を埋めて、

目をうるうるさせて、

甘えた顔で「お姉ちゃん……」と呟いている写真が、

数十枚、ズラリと並んでいる。

「……っ!?」

私は一瞬で血の気が引いた。

「消してください」

「えー!無理!これ、永久保存版だよ!」

「部長」

私は一歩踏み出し、陽菜の手からスマホを奪おうとする。

しかし陽菜はひょいっと身をかわし、スマホを高く掲げる。

「だーめ!これは人類の宝!涼香ちゃんのレア度SSS級の甘え顔コレクション!」

「……殺意が芽生えました」

「ひぃっ!涼香ちゃんの目がマジで怖い!」

陽菜は後ずさりしながらも、楽しそうに笑っている。

私は深呼吸して、冷静さを取り戻そうとする。

「……いいですか。部長」

「うん?」

「今この場で、全ての写真を削除してください。さもなくば――」

私はゆっくりと、陽菜の白衣の襟を掴む。

「――この部室から、部長の存在を消します」

「え、物理的に!?」

「精神的にも物理的にも」

陽菜は一瞬ビクッとするが、すぐにまたニコニコ笑う。

「涼香ちゃん、怒ってる顔も可愛い……」

「……ふざけないでください」

私は襟を離し、一歩下がる。

でも陽菜はまだスマホを握ったまま、

さらに写真を撮り始める。

カシャ、カシャ、カシャ。

「はい、今の睨み顔!超カッコいい!これも保存!」

「やめてください!」

私は手を伸ばすが、陽菜はくるりと回って逃げる。

「待って待って!あとちょっとだけ!怒ってる涼香ちゃんの連写、めっちゃ映えるんだから!」

「部長……!」

私は追いかける。

準備室の中を、二人でぐるぐる回る。

机を回りこみ、薬品棚の間をすり抜け、

古い黒板の前で陽菜が立ち止まる。

「はい、ストップ!」

陽菜が両手を広げて、私の前に立ちはだかる。

息が少し上がっている。

私も少し息が乱れている。

「……もう、限界です」

「涼香ちゃん」

陽菜が、急に真剣な顔になる。

「ねえ、さっきの……『お姉ちゃん』って呼んでくれたの、全部、薬のせいだけ?」

「……」

私は言葉に詰まる。

確かに、あの甘えた気持ちは薬のせいだ。

でも――

胸の奥に、ほんの少しだけ、残り香のようなものが残っている。

陽菜の温もり。

陽菜の匂い。

陽菜の笑顔。

「……薬が切れた今は、ただの変態部長です」

私はそう言って、視線を逸らす。

陽菜は一瞬、しょんぼりした顔をする。

でもすぐに、いつもの明るい笑顔に戻る。

「そっかぁ……でもさ」

陽菜はスマホをポケットにしまい、私の前に立つ。

「薬がなくても、涼香ちゃんのこと、すっごく大事だよ?」

「……」

「いつも実験台にしてごめんね。でも、涼香ちゃんがいないと、私、楽しくないんだ」

陽菜の声が、いつもより少しだけ柔らかい。

私は唇を噛む。

「……勝手に抱きつかないでください」

「うん、わかった!次からはちゃんと許可取る!」

「……次とかないです」

「えー!」

陽菜がまた大げさに落ち込む。

でも私は、もう一度だけ、小さく息を吐く。

「……写真は」

「ん?」

「……せめて、私が見ても恥ずかしくないやつだけ記録として残して」

陽菜の顔が、パッと輝く。

「ほんと!?やったー!じゃあ厳選して、涼香ちゃんの許可が出るやつだけ残すね!」

「……それでも全部消したいんですけど」

「だーめ!これは私の宝物!」

陽菜はそう言って、また私の頭をぽんぽんと撫でようとする。

私はそれを、素早く避ける。

「……触らないでください」

「はーい♪」

陽菜は手を引っ込めて、満面の笑みで私を見る。

私はため息をつきながら、

鞄を手に取る。

「……もう帰ります」

「うん!また明日ね、涼香ちゃん!次は『自主的に妹になりたい薬』作ってみようかなー」

「……絶対にやめてください」

私は振り返らず、準備室のドアを開ける。

背後で陽菜の声が響く。

「大好きだよー!涼香ちゃん!」

「……」

私はドアを閉める前に、ほんの一瞬だけ、小さく呟いた。

「……うるさい」

でも、口元が、ほんの少しだけ緩んでいることに、自分でも気づいていた。

廊下に出て、冷たい夜風が頬を撫でる。

まだ、陽菜の匂いが、ほんの少しだけ残っている。

「……最悪」

私はそう呟きながら、

でもどこか、胸の奥が温かいまま、帰路についた。

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