にゃんにゃんキャンディ 陽葵Ver
最初は陽葵です!
放課後の化学準備室は、今日は妙に静かだった。
ドアを開けると、陽菜の明るい声も、みゆき先輩の穏やかな話し声も聞こえない。
机の上に散らばった試験管とノートだけが、いつもの匂いを漂わせている。
「……誰も、いない?」
私は無表情のまま部屋を見回した。
すると、実験台の陰から小さな影がぴょこっと顔を出した。
「涼香先輩!来てくれた!」
陽葵だった。
中学校のセーラー服に大きなリボン。
金髪のツインテールが、いつものように元気に揺れている。
陽菜もみゆき先輩もいない。
陽葵一人だけ。
「……部長たちは?」
「今日はお姉ちゃん、みゆき先輩と一緒に外部の材料屋さんに行っちゃったんです。私だけ、部室の掃除当番で残ってるんですけど……涼香先輩が来てくれるかなって、待ってました!」
陽葵はにこにこしながら、ポケットから何かを取り出した。
棒付きの飴。
赤と白の渦巻き模様。
イチゴの甘い香りが、ふわっと漂う。
「……それ、また『にゃんにゃんキャンディ』?」
私は即座に一歩後ずさった。
陽葵は目をキラキラさせて、飴を私の唇の近くまで持ってくる。
「えへへ、そうです!今日はお姉ちゃんいないから涼香先輩にまた猫になってほしいなって……舐めてくださいね!ね?」
陽葵は笑いながら、私に近づいてくる。
私は壁際に追い詰められながら、冷たく言い返す。
「絶対に舐めません。前回のことは、もう忘れました?」
「忘れてないです!涼香先輩の猫耳、ふわふわで可愛かったもん!尻尾もぴんって立って……えへへ、また見たいんです!」
陽葵は興奮して、さらに一歩近づく。
でも、その瞬間――
陽葵の足が、実験台の下に置かれていた椅子に引っかかった。
「わっ!?」
陽葵の体が大きく傾く。
手から、飴がぽろっと飛び出した。
棒が回転しながら、弧を描いて飛ぶ。
壁に、ぽんっ、と当たる。
跳ね返る。
そして――
陽葵がよろめきながら起き上がった瞬間、ちょうど口の前に飛んできた飴が、
ぽとん、と陽葵の唇に触れた。
「ん……?」
陽葵は反射的に、舌で舐めてしまった。
「……!」
一瞬の静寂。
陽葵の目が、大きく見開かれる。
「にゃ……?」
小さな声が漏れた。
次の瞬間、陽葵の頭の上に、
ふわふわの猫耳が生えた。
背中からは、しなやかな尻尾が、ぴょこんと伸びる。
陽葵は慌てて自分の頭に手をやる。
「にゃあああ!?私、猫になっちゃったにゃ!?」
語尾に「にゃ」がついている。
陽葵は顔を真っ赤にして、両手で猫耳を押さえようとする。
でも、耳はぴくぴくと動いて、隠しきれない。
尻尾は興奮したように、左右にぱたぱたと振れている。
私は、呆然とその光景を見つめた。
「……陽葵ちゃん……自分で舐めちゃったの?」
陽葵は涙目になって、後ずさる。
「にゃ、にゃんにゃ……!違うにゃ!跳ね返ってきて……うう、恥ずかしいにゃ……!」
陽葵はドアの方へ逃げようとする。
でも、猫耳と尻尾が目立ちすぎる。
廊下に出たら、他の生徒や先生に見られてしまう。
「にゃあ……出られないにゃ……誰かに見られたら……死んじゃうにゃ……」
陽葵はドアの前で立ち止まり、体を縮こまらせる。
尻尾が、ぴくぴくと震えている。
私は、少しだけ、胸の奥がくすぐったくなった。
(……いつも、私がこんな目に遭ってるのに、今度は陽葵ちゃんが……)
少し、意地悪な気持ちが芽生える。
私はゆっくり陽葵に近づいて、しゃがみ込んだ。
「……陽葵ちゃん」
「にゃっ!?涼香先輩、近づかないでにゃ!」
陽葵は後ずさるが、背中が壁に当たる。
私は、そっと手を伸ばして、陽葵の猫耳の先を、
指で軽く触った。
「にゃうっ!?」
陽葵の体が、ビクンと跳ねる。
耳のふわふわした毛が、指先に柔らかく絡む。
敏感すぎるのか、陽葵の頰が一瞬で真っ赤になる。
「や、やだにゃ……耳、触らないでにゃ……変な感じになるにゃ……」
陽葵は両手で耳を覆おうとするが、私がもう片方の耳を、優しく撫でる。
「にゃあっ……!両方……だめにゃ……!」
陽葵の声が、甘く掠れる。
尻尾が、ぴんと立って、小刻みに震えている。
私は、さらに手を下げて、尻尾の付け根を、指でそっと撫でた。
「にゃうぅ……っ!」
陽葵の体が大きく震えて、膝がガクガクする。
尻尾の付け根は、特に敏感らしい。
陽葵は壁に背中を預けて、涙目で私を見る。
「涼香先輩……意地悪にゃ……こんなの、恥ずかしいにゃ……」
私は、少しだけ微笑んだ。
「……いつも、私がこんな目に遭ってるんだから、少しは、仕返ししてもいいよね」
陽葵は首を振る。
「にゃんにゃ……ごめんにゃ……もう、キャンディ使わないにゃ……許してほしいにゃ……」
陽葵の声が、震えている。
私は、尻尾を優しく握って、根元から先端まで、ゆっくり撫で下ろした。
「にゃあああ……!」
陽葵の体が、弓なりに反る。
喉から、ごろごろという小さな音が漏れる。
陽葵は慌てて口を押さえる。
「にゃ……喉、鳴っちゃってるにゃ……やだ……こんなの、私じゃないにゃ……」
私は、陽葵の猫耳をもう一度、指で軽く弾いた。
「にゃうっ!」
陽葵の目から、ぽろりと涙が落ちる。
恥ずかしさと、変な気持ちよさが混ざって、陽葵の顔は真っ赤だ。
私は、ようやく手を離した。
「……ごめん。ちょっと、やりすぎたかも」
陽葵は壁に寄りかかったまま、息を荒げて私を見る。
「にゃ……涼香先輩ひどいにゃ……でも……ちょっと、気持ちよかったにゃ……」
陽葵は恥ずかしそうに呟いて、すぐに顔を覆った。
「にゃああ!今、変なこと言っちゃったにゃ!」
私は、小さく笑ってしまった。
「……陽葵ちゃん、可愛いね」
陽葵はますます赤くなって、尻尾をぴんと立てたまま、体を縮こまらせる。
三十分が過ぎるまで、陽葵は猫のまま、私の膝に頭を預けて、ごろごろと喉を鳴らしていた。
効果が切れると、猫耳と尻尾がすうっと消える。
陽葵は普通の姿に戻って、床にへたり込んだ。
「……終わった……」
陽葵は顔を真っ赤にしたまま、私を見上げる。
「涼香先輩……今日のこと、お姉ちゃんに言わないでくださいね……」
私は、静かに頷いた。
「……秘密にするよ。でも、もう二度とキャンディ使わないで」
陽葵はこくこくと頷く。
「うん……約束です」
私は立ち上がって、陽葵の頭を軽く撫でた。
「……陽葵ちゃんも、少しは私の気持ち、分かった?」
陽葵は恥ずかしそうに、小さく笑った。
「にゃ……じゃなくて、はい。すごく、分かりました……」
準備室の窓から、夕陽が柔らかく差し込んでいる。
私は、陽葵の隣に座って、二人で少しの間、静かに座っていた。
(……変な部活だけど、今日は、少しだけ、楽しかったかも)
そんなことを、心の奥で思った。
次はちゃんと涼香に恥ずかしい目にあってもらうので安心してください




