視覚指示服従システム・トリプル標識セット
放課後の化学準備室は、いつもより少し重い空気に満ちていた。
ドアを開けた瞬間、三つの視線が同時に私に注がれた。
陽菜。
陽葵。
そして、毎日来るようになったみゆき先輩。
三人とも、机の前に並んで立っていて、揃ってこちらを見ている。
陽菜はいつもの明るい笑顔。
陽葵は目をキラキラさせている。
みゆき先輩は、静かで穏やかな微笑みを浮かべている。
「……何ですか、この雰囲気」
私は無意識に一歩後ずさりした。
陽菜が手を振って、元気よく迎える。
「涼香ちゃん、おっそーい!今日は三人揃ってる特別デーだよ♪」
陽葵がぴょんぴょん跳ねながら続ける。
「涼香先輩、今日もよろしくですー!」
みゆき先輩は軽く頭を下げて、柔らかい声で言った。
「霧島さん、こんにちは。今日も……楽しみにしていたわ」
楽しみに、って言葉が、妙に不気味に響いた。
私は鞄を机の端に置き、警戒しながら尋ねる。
「……今日は、何するんですか」
陽菜はにやりと笑って、手に持っていたもの差し出した。
小さな、棒付きの標識のようなもの。
プラスチック製の四角い板に、棒が付いていて、まるでデモで使うような簡易看板。
その板には、黒いマジックで大きく「×」マークが描かれていた。
そして、その「×」マークの下に、服のイラストが描かれている。
「……それ、何?」
陽菜は標識を私の方に、ゆっくりと向けた。
「これね、『禁止標識・服脱ぎバージョン』!この標識を見た瞬間、服を全部脱ぎたくてたまらなくなっちゃうんだ♪」
「は……?」
標識の「×」とを見てしまった瞬間――
頭の奥で、何かがぽきんと切れた。
体が、勝手に動く。
指が制服のボタンに掛かり、ブレザーを脱ぎ捨てる。
スカートのファスナーを下ろし、ブラウスを脱ぐ。
「……っ!?」
何が起きているのか、理解できない。
なのに、手は止まらない。
あっという間に、下着姿になってしまった。
白いブラとパンツだけの姿で、準備室の真ん中に立っている。
「……や、やめて……」
声が震える。
慌てて床に落ちた制服に手を伸ばす。
でも、その瞬間――
みゆき先輩が、
静かに二枚目の標識を出した。
今度は、人のシルエットが直立しているイラスト。
シンプルな棒人間が、ぴんと背筋を伸ばして立っている絵。
それを見た瞬間――
体が、ぴたりと止まった。
背筋が伸び、両手は体の横に下ろされ、
足は肩幅に開く。
完全に、直立不動の姿勢。
動こうとしても、体が石のように固まっている。
「……何、これ……」
声だけは出るのに、体は微動だにしない。
陽菜がくすくす笑いながら、三枚目の標識を陽葵に渡した。
「最後は陽葵の番ね!」
陽葵がにこにこしながら、標識を掲げる。
今度は、大きな「にこにこマーク」。
丸い顔に、満面の笑みが描かれている。
それを見た瞬間――
口角が、勝手に上がった。
頬が引きつるように、無理やり笑顔になる。
下着姿で、直立不動で、満面の笑み。
そんな自分が、鏡に映っているのが見えた。
「……っ、う……」
涙がにじむ。
でも、笑顔は崩れない。
陽菜がスマホを構えて、写真を撮り始めた。
カシャ、カシャ、カシャ。
「はい、完璧!下着姿で直立笑顔の涼香ちゃん、最高のショット!」
陽葵が手を叩いて喜ぶ。
「わー、涼香先輩、めっちゃ可愛い!」
みゆき先輩は、少し離れたところで、静かに私を見つめている。
陽菜がスマホを撮りながら、今回の実験の説明を始めた。
「これね『視覚指示服従システム・トリプル標識セット』!それぞれの標識を見た瞬間、体が自動的に従っちゃうんだ。
一枚目:服脱ぎ禁止標識→ 服を全部脱ぎたくなる
二枚目:直立シルエット標識→ 背筋を伸ばして直立不動
三枚目:にこにこマーク→ 強制的に笑顔になる
三つ揃えると、こんな風に、下着姿で直立笑顔のポーズが完成するの!」
陽菜は満足げに息を吐く。
「しかも、これ全部、視覚だけで効くんだよ。言葉じゃなくて、ただ『見る』だけで、体が勝手に動く。これ、すごい応用がきくよね!」
私は、笑顔のまま、涙をぽろぽろとこぼしていた。
(……やめて……こんなの、嫌……恥ずかしい……)
頭では叫んでいるのに、口はにこにこ笑っている。
体は微動だにせず、下着姿のままで立っている。
陽菜がスマホを近づけて、顔のアップを撮る。
「涼香ちゃんの涙と笑顔のコントラスト、芸術的すぎる……これ、永久保存決定!」
陽葵が私のそばに寄ってきて、頬をぺたぺた触る。
「涼香先輩、泣いてるのに笑顔だよ?不思議ー!」
「……う……うぅ……」
声が漏れる。
みゆき先輩が、静かに口を開いた。
「霧島さん……ごめんなさいね。私も、止められなかった」
その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。
でも、体は動かない。
陽菜が標識を一つずつ下げていく。
最初に、にこにこマークを下ろす。
笑顔が、ゆっくりと消えた。
次に、直立シルエットを下ろす。
体が、ようやく力が抜けて、膝がガクガクと震えた。
最後に、服脱ぎ標識を下ろす。
私は慌てて床に落ちた制服を拾い、体を隠すように抱きしめた。
「……っ、ひどい……」
涙が止まらない。
陽菜はスマホをしまい、私の頭を優しく撫でた。
「ごめんね、涼香ちゃん。でも、今日もすごく綺麗だったよ」
「……綺麗とか、関係ない……恥ずかしいだけ……」
陽菜は少しだけ、寂しそうに笑う。
「うん。わかってる。でも、涼香ちゃんの全部が、私の大事なデータなんだ」
陽葵が私の手を握って、上目遣いに見上げる。
「涼香先輩、怒ってる?でも、可愛かったよ?」
「……怒ってます」
みゆき先輩が、静かに近づいてきて、私の肩に手を置いた。
「霧島さん。辛かったら、いつでも言ってね。私も……陽菜を止められる立場じゃないけど、味方よ」
その言葉が、少しだけ、胸を温かくした。
でも、今はまだ、涙が止まらない。
私は制服を抱きしめたまま、床に座り込んだ。
準備室の窓から、夕陽が赤く差し込んでいる。
三人の視線が、まだ私に注がれている。
私は、ただ、小さく震えながら、涙を拭った。
(……もう、どうしたらいいんだろう)
下着姿で笑顔を強制された自分が、頭から離れない。
でも、どこかで、この部室から、逃げられない自分がいることも、分かっていた。
そろそろ一回立場逆転させようかなと思います




