その6 きみと私のあいだの、引力。
★宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ!
第一話『少年A・犬丸=スプリングフィールドは人間に非ず』
その6 きみと私のあいだの、引力。
teller:穂祈=トロイメライ
歌が、響いていた。
もう誰の声かもわからないけれど、その旋律は、私の中に在り続けた。
ずっとずっと、私は歌い続けていた気がする。
永いあいだ、ずっと、くらやみで。
歌って、歌って、歌っていたから――。
――私、眠っていたことすら忘れていたの。
◆
穂祈。
穂祈=トロイメライ。
そう、確かきっと、私はそんな名前だった。
頭が、記憶が、ぼうっとしているけれど。
思い出ぜんぶに靄がかかったようだけれど。
私は、穂祈。
きっとそう。
そういう名前。
その響きだけが、輪郭を持って頭の中に在る。
ぼんやりした視界の中で、私は光を見ていた。
どうやら白いベッドの上に私は居て、瞼を開けたら知らない男の子が立っていて。
目覚めたらそこにいた男の子。
何もかもがぼんやりしていて何もかもがわからない私が、最初に見つけたひと。
最初に出会ったひと。
確か彼は、こう名乗った。
いぬ、まる。
いぬまるくん。
犬丸=スプリングフィールドくん。
私の世界は、この人から始まったんだ。
他にどこを見たらいいかわからないから、犬丸くんをぼうっと見つめる。
うん、光だ。
彼の目が、とてもきらきらと輝いている。
煌めく、青い青い瞳。
きれいな色だ、とても。
黒髪に大きめの帽子。
確か、ええと、キャスケット。
そんな名前の帽子だったはず。
犬丸くんのキャスケットには、大きなゴーグルが取り付けられていた。
レンズも、きらきらしててきれい。
彼の服装は、えっと、そう、オーバーオール。
犬丸くんを見つめていると、色々な名前を思い出す。
靄だらけの頭の中に文字が生まれて、少し安心する。
だけど、その名前をどこで知ったのか、私は何も思い出せなかった。
「痛……っ」
ずき、と頭が痺れるような、眩むような感覚が走った。
片手で額を押さえると、犬丸くんが慌てたような気配がした。
「だ、大丈夫……!? どこか痛いの、苦しいの……?」
犬丸くんが、上体だけ起こしていた私の背中を支えてくれた。
痛みが引くのを待っていると、犬丸くんが私の顔を覗き込んでくれる。
また、光。
犬丸くんの瞳のきらきらが、近くなる。
彼の瞳と同じ青いもの。
何か広く大きいものを私は知っていたはずなのに、これは名前が出てこない。
だからか犬丸くんの瞳が気になってしまった。
とても綺麗で、眩しくて。
優しい色。
「……あり、がとう」
「……え」
「……えっと、背中……支えて、もらえると……すごく、楽、だから……」
目覚めたばかりだからか、正直上手く声が出ないけど、それでも途切れ途切れに私はお礼を言った。
声を、感謝を、心を。
私にあったはずのものを思い出していく。
犬丸くんを通じて、私は世界と繋がっていく気分だった。
「ぅ、え、あの」
ふと、犬丸くんが焦ったような声を上げた。
背中に触れてくれる手が、熱くなった気がした。
犬丸くんを見ると、新しい色を見つけた。
犬丸くんの顔が少し赤くなっていて、きらきらの瞳が揺れていた。
熱くて、ゆらゆらした空気。
その中に居ると、犬丸くんと見つめ合っていると、自分も熱くなる気がする。
なんだろう、これ。
心臓がうるさいのに、理由がわからない。
顔が近いからかな。顔が近いと、どうしてどきどきするんだっけ。
体験する気持ちや取り戻したい『当たり前』 を得るスピードが速くて、頭がぐるぐるしそうだった。
少し離れた方がいいかと思って身体を動かそうとして、私はようやく違和感に気付く。
身体が、特に脚が上手く動かない。
脚に至っては感覚がとても鈍くなってしまっている。
ずっと眠っていたから?
ううん、そもそも。
――どうして私は、ここで眠っていたんだろう。
「……穂祈ちゃん? 大丈夫? まだどこか痛い……?」
ぐるぐると混乱してしまったのが顔に出ていたのか、犬丸くんがまた心配そうに訊ねてきた。
犬丸くんに呼ばれる私の名前が、なんだかくすぐったい。
そのくすぐったさがまた私に温度を与えて、首を傾げそうになる。
さっきから、犬丸くんは私が苦しむ度に悲しそうな顔をする。
それが私も苦しいけれど、何もわからないなりに全てを話してしまいたくなった。
「えと……からだ、がね、上手く、動かないの。立てない、と思う。……たぶん、ずっと寝てたから……」
私の言葉に、犬丸くんがはっと息を呑んだ。
その時、世界がぐらりと大きく揺れる。
遠くで音が響いていた。
歌なんかじゃない。
何か、悲しい重たい音が鳴り響いている。鳴り止まない。
歌。
そうだ、この部屋にはずっと音楽が、旋律が流れていた。
オルゴール、みたいな。
私はこの歌を、知っている。
世界が揺れた時だと言うのに、ずっと知っていたはずの歌について考えていたから。
目覚めてからずっとぼんやりしていたから。
ただなすがままに世界の揺れに身を任せて、私はベッドの外に投げ出されそうになった。
そんな私の身体を、犬丸くんが抱き止めてくれた。
伸ばされた手が、私を抱えてくれる腕が、想像よりも大きくて。
犬丸くんは当たり前のように私を抱き上げてくれた。
立てないし歩けない私のぶんまでそこに立っている犬丸くんが、やっぱり私にはとても大きく見えた。
「戦艦が攻撃されてる……っ! 穂祈ちゃん、おれに掴まってて! 一緒に逃げよう! 大丈夫、きみはおれが守るから!」
守る、と言ってもらえた時。
私は目覚めてからいちばんの――ううん、私が知る中でいちばんの心臓の高鳴りを感じた。
惹きつけられるように、また犬丸くんの瞳を見つめ返す。
その光が、私を照らして――。
「うぉわっ!?」
「ひゃっ……」
忙しないことに、また世界が揺れた。
悲しい音がした。
犬丸くんは『攻撃』と言っていたから、この悲しい音は、攻撃の音、なのかもしれない。
どてん、とバランスを崩して転んだ犬丸くんと一緒に、私も床に投げ出された。
二人して、ひっくり返ったように床に転がっている。
それが、なんだか。
「っ……ぁ……ごめ……っ! ごめんっ、穂祈ちゃん……! お、おれ、守るって言ったのに――」
「……あははっ……」
「え……?」
不思議だ。
犬丸くんと居ると、ずっと気持ちが不思議だ。
起きたばかりで寝ぼけているのに、気持ちのスピードがずっとおかしい。
きもちが追いついてないうちに、また色々なきもちを知って、こうして転んだり、色々なことが起こって。
それが何だかおかしくて、可笑しかったから。
だから私は、初めて笑えた。
「笑っちゃってごめん……なんかね、おかしくて――」
転んだまま、それでも私を抱えていてくれた犬丸くんを見上げようとして、私は知らない温度を知った。
ぽたり、と温かいものが溢れて私の頬を濡らす。
犬丸くんの瞳が、きらきらの青が、ぐらぐらに揺れて潤んで、涙を作っている。
犬丸くんが、泣いている。
それがとても、何よりも悲しいことに思えて、犬丸くんの頬に手を伸ばす。
上半身ならぎこちないけど動かせたから、私の手はゆっくりと犬丸くんの濡れたあたたかい頬に触れた。
犬丸くんの涙の雫だけを落とされてる私の頬より、ずっと濡れた頬。
ずっと熱い、ほっぺた。
犬丸くんは、くしゃくしゃの声を上げた。
「……ゆるして、くれるの」
「……ゆるす?」
「きみは……きみは、こんなおれをゆるしてくれるの……?」
許す、という言葉を思い出そうとする前に。
犬丸くんのきらきらが、瞳の光が、涙のせいで新しい光を宿していたことに気付いた。
光。
青くて、広くて、濡れて。
――ああ、そうだ。海だ。
犬丸くんは、優しい海の色をしていた。
いちばん大きくて、いちばん広い。
そんな強くて優しい色。
きらきらと輝く色。
何も、思い出せないけれど。
目覚める前、私はずっとくらやみに居た気がする。
だからか、私は犬丸くんの光をずっと見ていたかった。
頬に触れた手で彼の涙を拭って、また視線が合う。
目覚めてからずっとそれが、嫌じゃなかった。
犬丸くんと、瞳を合わせることが。
攻撃の音がしないし世界も揺れない代わりに、また私の心臓が揺れる音がしたその時。
病室の奥から、また新しい音がした。
犬丸くんと一緒に振り返ると、そこには知らない扉があった。
さっきまでは無かったはずの扉。
その扉の奥から。
オルゴールの旋律が、強く聴こえた。
私と共に在る旋律が、強く。




