その5 きみがおれの、重力だった。
★宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ!
第一話『少年A・犬丸=スプリングフィールドは人間に非ず』
その5 きみがおれの、重力だった。
teller:犬丸=スプリングフィールド
営倉の狭い空間の中、おれは膝を抱えていた。
これから先のことが、見えない、わからない。
夢は叶えられなかった。
人間にはなれなかった。
この宇宙の真ん中で叫ぶ気力をなくした今のおれに、スポットライトが当たるわけがない。
光からも弾かれたおれは、退場するべき場所がわからないくらい迷子で。
ごめんなさい。
誰に向かった謝罪かもわからない、その場凌ぎの言葉がおれの喉の奥の奥、おなかの奥底から漏れたときだった。
――戦艦ファンタジア全体が、大きく揺れた。
突然の衝撃に、おれは弾かれたように顔を上げる。
なに、どうして。
撃たれてる?
攻撃?
どこから?
ただ混乱していることしかできないおれの身体が、ぐらりと揺れて、後ろの壁に叩きつけられる。
痛みと同時に、ピ、と何らかの電子音が鳴った。
次に響いたのは、轟音。
戦艦が揺れる音とは別の音。
戦艦の内側から響く音。
何とか立ち上がって振り返って、おれは呆然とした。
壁があった場所が開けていて、その奥に隠し通路が伸びていた。
色とりどりの照明に照らされた、不思議な空間。
ひかりが、そこにある。
そう思ったら、おれの足は勝手に通路に進んでいた。
ああ、おれ、やっぱりばかだ。
おれはまだ、ひかりに照らされたがっている。
まだ、ヒーローになりたがっている。
ヒーローの精神もまだないくせに、足だけ動くおれの耳に、何かが聴こえた。
おれの背中を押すようなその旋律は――たぶん、オルゴールの音色だった。
◆
長い、長い、通路を歩いて。
辿り着いたのは、真っ白な病室だった。
木乃香姉ちゃんの病室とはまた違う。
薬品の匂いすらしない、何も五感に響かない、ただただ病室の形だけをした部屋。
部屋の真ん中に置いてある大きなベッドを覗き込んで、息を呑んだ。
――息が止まるくらいにかわいい女の子が、そこに眠っていた。
桜色の、長い髪。
白いリボンでツーサイドアップに結われたその桜の髪が、綺麗だった。
リボンと同じ白色の入院着を着た小柄な女の子、だった。
髪以外の、全てが白い。
肌すらも。
心配になるくらい。
小さくて、細くて、華奢で、壊れそうで、弱々しくて。
だけど、かわいいと思った。
眠っているだけの女の子相手に、おれの心臓はどかどかと騒ぎ出す。
この子のほっぺたは真っ白なのに、おれのほっぺたはきっと赤くなっている。
「……ねえ、起きて?」
気付いたら、おれは彼女に呼びかけていた。
どうして彼女がここにいるのかとか、どうして眠っているのかとか、そもそもここがどこなのか、そんなものは全部頭から抜けていた。
きみは、誰なの?
きみと、話したいよ。
そんな気持ちが、今のおれを突き動かしていた。
おれの声がこの子に届くわけない。
この子を目覚めさせるのはおれじゃない。
なんて言葉の数々は、さっきの営倉で膝を抱えていた時のおれのままだったらおれの脳内をループしていただろう。
だけどおれの心臓は、懲りもせずまた高鳴っていた。
鏡なんてないけれど、おれの瞳にはきっと懲りもせず、光がまた宿っていた。
おれがまた、動き出そうとしている。
動き出したおれがろくなことをしないことくらい、おれは何度も知ったはずなのに。
馬鹿なおれは、きみと出会った今に、何かを感じていた。
運命よりもっと強い、何か。
知らない感情。
名前のわからない、歓び。
きみの瞼が、ぴく、と動く。
おれはそれだけで全身が固まった心地だった。
おれの視線が、全神経が、きみだけに集中している。
変だ、これ。
頭の中が、名前も知らないかわいいきみでいっぱいになっている。
ゆっくりと、きみが上体を起こした。
とろん、と眠そうに、きみが瞼を開ける。
翠色の、瞳。
懐かしい色。
故郷の、草原の色。
優しい風の色。
この空の上じゃ、知ることのない色。
きれいな瞳だと思った。
まあるくて、澄んでいて。
瞳の色が、わかる。
そっか。
きみは、おれなんかの声で目覚めてくれたんだ。
始まってくれたんだ。
きみが、ぼんやりとおれを見つめてくれる。
目が合うだけで、こんなに身体の全てが痺れる気持ちになるのは。
おれだけ、なんだろうか。
「……あなたは、だれ……ですか?」
「……おれ、は……犬丸。犬丸=スプリングフィールド……きみの、名前は……?」
きみが、少し俯いて、何かを考えるような顔をして。
そうして、まだぼんやりしたまま、それでも。
きみはおれに、きみだけの大切な名前を教えてくれた。
「私は……穂祈。穂祈=トロイメライ、です……」
きみの声はきれいだった。
きみの名前は美しかった。
なのにきみはやっぱり、かわいかった。
きみの声を聴いていたいのに、何でか騒がしいおれの心臓の音に、全てが掻き消されそうになる。
全部かわいいって思うのに、気の利いた褒め言葉がちっとも出てこない。
きみとの――穂祈ちゃんとの出会いは、おれの心に新しい宇宙を作っていた。
それくらいの、理由がわからない衝撃をおれは全身で感じていた。
穂祈ちゃんの声だけに耳を澄ましていたせいで、おれが惹かれたオルゴールの音色がこの部屋から響いていることに気付いたのは、もっと数拍も後のことだった。
それくらい、おれはきみに、きみだけに。
穂祈ちゃんに、心を奪われていたんだ。




