その4 人間ではない、なにものでもない
★宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ!
第一話『少年A・犬丸=スプリングフィールドは人間に非ず』
その4 人間ではない、なにものでもない
teller:犬丸=スプリングフィールド
さあ雑用を頑張ろう、と思って。
第一段階。
まずは巨大戦艦【ファンタジア】の艦内を、隅から隅までピカピカに掃除しようとした。
やっぱり綺麗な環境だと、みんなのやる気も出るよね! ってことで。
狼兄ちゃんから簡単に清掃作業のやり方については聞いていたし。
まずは拭き掃除から始めようと思った。
ファンタジアの艦内は、宇宙空間だと言うこともあって本来なら水が球体になって浮くなど、地上とはまた別の現象が起こってしまう。
それでも艦内の重力はコズブレ特有の設備の制御下にあるから、という理由で、ファンタジア艦内は地上とほぼ同じ生活を送ることができるよういくらか工夫がされている。
空気が澄み、風が歌うような館内。
宇宙空間という、地上からは遠い遠い宙の彼方を泳いでいても、ファンタジアの中はきれいな世界だ。
現代、宇宙の旅の中の生活では、重力の影響を受けない【聖水】の存在が必須とされている。
それはコズブレに限った話じゃなく、この宇宙全体で。
定期的な供給が必要な聖水をさまざまな資源として、おれたちはいつも宙の生活を送っている。
というわけで、バケツに聖水をなみなみと注いで、ぞうきんをびちゃっと浸して、ぎゅっと絞って。
さあ始めるぞ! と思って勢い良く立ち上がった瞬間、足がバケツに当たって、おれはバケツを派手にひっくり返してしまった。
やば、と思って傾いたバケツを引っ掴んだら、おれを水浸しにする形で聖水が全部無駄になった。
それどころか、辺りが水浸しになって掃除する箇所が増えた。
後から聞いた話だけど、この時に零した聖水が運悪く艦内のどこかの機関に染み込んで、技術班にも迷惑をかけたらしい。
◆
第二段階。
掃除でだめだめだったおれだけど、せめてみんなに美味しいご飯くらいは作ってあげたいと思った。
おれが料理をできるのかと言うと、答えはノーだ。
カレーをちょっとたまに作れるか作れないか、その程度。
だけどやらないよりはやる方がマシだと思って、おれはカレー作りに着手した。
厨房での注意事項は木乃香姉ちゃんに事前に教えてもらっていたし。
でも、本当に久々に作るから色々勝手を忘れていて。
あと、みんなの健康を考えてあれもこれも、と薬草とかサプリメントとか、栄養ドリンクとかどばどば入れてみた。
おれはまだ、素人料理はレシピに勝手にアレンジを加えたら失敗しやすいということすら知らない程度の段階で。
なんか良くわかんないけど、どれも健康に良いものだったから、全部混ぜれば凄いものができそうかなって思って。
それで、味見をしようと完成品を一口食べた瞬間、おれは白目を剥いてぶっ倒れた。
見た目がダークマターだった時点で察すれば良かった。
なんか異常にどろどろしてた。
味、というものが正しく存在するのかもわからなかった。
とてもおれの語彙力じゃ表現できない不味さだった。
ダークマターの処理の手間を炊事班にかけさせてしまったし、医務室に運ばれたおれのせいで、薬がいくらか減ってしまった。
この頃には、狼兄ちゃんと木乃香姉ちゃん以外のみんなのおれを見る目は、もうすっかり優しくなんてなかった。
◆
第三段階。
掃除、料理と来て次こそは! と意気込んだおれが目を付けたのは、洗濯だった。
技術班の作業着とか、みんなのオフの日の私服とか、そういうのを片っ端から掻き集めて、洗濯機に詰め込み洗剤をどばどば入れた。
入れ終わってから、あれ、洗剤ってどのくらいの量で入れるのが正しいんだっけ? と疑問に思ったけど、いっぱい入れるだけ入れたら洗濯物も綺麗になる気がした。
ついでに柔軟剤もどばどば入れておいた。
何故か異常にたぷたぷになった洗濯機の中身に首を傾げつつも、洗濯機の蓋を無理矢理閉めてスイッチを押す。
ごうん、と鈍い音がしたかと思うと、それきり洗濯機が止まってしまった。
あれ、動いてない?
おかしいな、とばんばんばんばん、巨大洗濯機をあちこち全力で叩いてみる。
機械は叩けば直るって、昔、故郷のお年寄りたちが噂してたのを聞いた覚えがあったから。
反応が悪いのかとも思ったから、片っ端からスイッチも押しまくって。
それで、がつんと強めに叩いた瞬間、洗濯機が大きな音を立てて爆発した。
げほげほと突然発生した煙に咳き込んで、涙目の視界に映った洗濯物は――全部、ものの見事に黒焦げだった。
◆
最終段階。
おれは再び、艦長――千永ちゃんの前に、正座していた。
空気がさっき以上に重たい。
千永ちゃんの視線が冷え切っている。
ごめんなさい、と口にするその前に、傍に居てくれた狼兄ちゃんが気まずそうにフォローするよりも前に。
「出て行け!!!!」
普段の丁寧な言葉遣いが崩れるくらいぶち切れた千永ちゃんにきつく怒鳴られて、ひいっと涙が零れて。
――おれは、次の星に着くまで、営倉行きが確定してしまったのだ。
◆
営倉行きの後は、次の星に着くなりすぐに戦艦ファンタジアを降りることになった。
荷物をまとめ、ふらふらと通路を歩いていたら。
後ろからばたばたと慌ただしい足音が聴こえた。
追いかけて、探してきてくれたのだろうか。
珍しく焦った顔の狼兄ちゃんが、そこに居て。
「……お犬、お前ここで諦めちまうのかよ。デイブレイカーみたいになりたいんだって、お前あれほど……っ」
「……あのね、狼兄ちゃん」
落ち込みすぎて、涙すら流れない。
おれの脳裏を占めるのは、故郷の大人たちの言葉。
早くに両親を失って、周りからすれば厄介な存在だったろうおれに、彼らがぶつけてきた言葉。
「おれね、人間じゃないんだよ」
「……は?」
「今日で狼兄ちゃんもわかったよね。おれ、だめなの。ドジなんてレベルじゃない。人の役に立ちたいって思ったら絶対おかしな失敗して、逆に人を不幸にしちゃう。だめ、なんだって。普通じゃないんだって。出来損ないなんだって。……普通じゃないのは、人間とは呼べないんだって」
狼兄ちゃんが、息を呑んで目を見開く。
どうしてそんな顔をするのかわからないけど、おれはおれが今まで真実として認識していたことを、おれが信じていたことを赤裸々に語る。
「でもね、いいことをしていれば、いつかおれも人間になれるんだって。優しく正しく生きれたなら、そしたらおれでも人間って呼べる生き物になれるんだって。……でも、駄目だ。やっぱりおれ、人間じゃない。優しくないし正しくない。おれ、違う。全部違うよ」
抱えた大きな荷物を抱き締め、最後くらいは笑顔でお別れしたいな、と思ったから。
狼兄ちゃんに、ただただ笑いかける。
「……いっぱい、優しくしてくれてありがと……狼兄ちゃん。狼兄ちゃんと、木乃香姉ちゃんと話せた時、おれ……人間になれたかもって思えたよ……」
一礼をする。
そういえばおれ、礼儀も全然知らないんだ。だめじゃん。
自分が嫌いでみっともなくて、そんな気持ちはきっとおれから一生消えない。
沈んだ気持ちを荷物と一緒に抱えたまま、営倉へ行こうと狼兄ちゃんに背を向けた時。
ぐい、と狼兄ちゃんに切羽詰まったように肩を掴まれて振り向かされた。
狼兄ちゃんが、おれの両肩を強く掴む。
屈んで目を合わせる。
まっすぐに、おれなんかの目を見てくれる。
「……お犬。お前は、人間だ」
「……え」
「人間だよ、お前。人間だ。……お前、人間だよ……っ」
ああ、どうしよう。
泣きそうだ。
泣き虫の自分も嫌いなのに。
これで最後なのに、おれはもうお先真っ暗なのに。
どうして狼兄ちゃんは、最後までおれに優しくしてくれるの。
気付いたら、おれは性懲りもなく大粒の涙を溢していて。
ぼやけた視界に映る狼兄ちゃんは、当たり前ではあるも涙を流していなかったけどーー何故か、おれには泣いているように見えた。




