その3 喪服×花嫁のにーちゃん×ねーちゃん
★宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ!
第一話『少年A・犬丸=スプリングフィールドは人間に非ず』
その3 喪服×花嫁のにーちゃん×ねーちゃん
teller:犬丸=スプリングフィールド
おれは、狼兄ちゃんの計らいでクビは免れて。
コズブレジェンダーズの下っ端戦闘員――から、雑用係に降格、という形で戦艦【ファンタジア】に引き続き乗船させてもらえることになった。
アプローズに乗れないのは、もちろん悲しいし悔しい。
だってこのままじゃおれは、あの人――【デイブレイカー】みたいなかっこいい正義の味方にはなれないんだから。
このままだとおれは、誰も、はっきりとした形で助けることなんてできない。
でもでも!
ぐっと両手でガッツポーズを作り、床を両の足で踏みしめる。
いっぱい泣いた。引くほど泣いた。
いつもおれはそう、涙を拭った後は全力で頑張るのみ!
たかが雑用係、されど雑用係。
雑用係だって、ちょっとだけとは言え人を助けられる立派な仕事だ。
あれ、ちょっとだけってわけでもないかな。
誰かが雑用しないと、みんな困っちゃうわけだし。
……と、言うことは、おれはとんでもなく重大な仕事を任されてしまったのでは!?
きらり、と自分の瞳が輝くのがわかる。
「よっし!」
ガッツポーズを解いて、ぱんぱん、と自分の両頬を叩く。
ポジティブに行こう、がむしゃらに頑張ろう。
もしかしたら、すっごくすっごく頑張ったら、周りの目が優しくなって、艦内の誰かがおれをパイロットに推薦してくれるかもしれないし!
頑張ろう、頑張りまくろう!
おれ自身の為に、それから皆の為に、それからそれから、宇宙の平和の為に!
頑張り続けてれば、きっといつかは報われるはずなんだから!
「がっんばっるぞー!!」
そう弾んだ声を上げて走り出した、その瞬間。
足元に特に何かが落ちてたわけでも何かに足が引っかかったわけでもないのに勢いあまって派手にすっ転んだ時点で、おれはおれの未来を察しても良かったのかもしれない。
「おいおい、張り切りすぎんなよ。お犬」
転んだ痛みに悶え、あれだけ拭った筈の涙がまた溢れてくる情けないおれの襟首を引っ掴んで起こしてくれたのは、狼兄ちゃん。
見慣れた漆黒の作業着がもはや眩しい。
かっけえよなあ。
艦内通路でも堂々とタバコを吹かす狼兄ちゃんの自由っぷりには少し憧れてしまうものがある。
いけないことではあるんだろうけど、狼兄ちゃんくらいの心の強さがおれにもあれば、なんて考えてしまうんだ。
「うう……ありがと、狼兄ちゃん……でもおれ、頑張るよ! せっかく狼兄ちゃんが口添えしてくれたんだし!」
「おう、頑張れ頑張れ。さて、と……清掃作業の説明は道すがらするとして、どうすっかな……」
清掃作業は狼兄ちゃんの領分、通り越して本分だ。
そんな狼兄ちゃんに師事できるのは心強い。
狼兄ちゃんはタバコを携帯灰皿に押し付けると、頭を掻いて呟いた。
「そうだな……とりあえず、木乃香に会いに行くか」
「コノカ?」
「ん。俺の恋人な」
「へ!? 狼兄ちゃんカノジョいたの!?」
「んだとコラ、居ちゃ悪ぃか」
「いだだだだ、いだい、いひゃいっ!」
ぐりぐりと両のこめかみを拳骨でぐりぐりといじめられる。
狼兄ちゃんは楽しそうだしおれもそんなに嫌じゃないけど、狼兄ちゃんは腕力と筋力がめちゃくちゃ強いので、こういったじゃれつきは結構なダメージをおれが食らう。
構ってくれるの、嬉しいからいいんだけど。
おれから手を離した狼兄ちゃんが、さっさと歩き出す。切り替えが早い。
「木乃香はこの戦艦の栄養士だ。食事絡みの雑用する時の注意事項、先に木乃香に聞いといた方がいいだろ」
「へー! 木乃香姉ちゃんって料理お上手?」
「……いや、木乃香は直接は料理作れねえよ。身体弱いからな」
狼兄ちゃんが立ち止まり、通路の舷窓に目を向けた。
丸い窓の外に広がる暗い海。広い宇宙。
通路を通る度に近くの星が変わるこの景色を見つめながら、狼兄ちゃんは言った。
「俺たちは基本は宇宙の旅だし、狭い戦艦だからな。定期的に仕入れる食材の書き出しとか、乗員の栄養バランス考慮して日々の食堂の献立考えてるのが木乃香だ。知識だけはめちゃくちゃあるからな」
「へえ〜……木乃香姉ちゃん、頭良いんだね!」
「お犬や俺と違ってな」
「う、そこを突かれると……ってあれ、狼兄ちゃんも?」
おれが首を傾げると、くしゃりと狼兄ちゃんがおれの頭を雑に撫でた。
少し、笑った顔で。
「ーーお生憎様、俺もお前と同じ猪突猛進型なんだよ。……だから、ほっとけねーのかも」
ほっとけない、とはっきり言われて。
狼兄ちゃんに気にかけてもらえていることは重々承知だったけど、狼兄ちゃんにまだ見捨てられていないのが、なんだか嬉しくて。
おれは笑いながら狼兄ちゃんについていった。
さっきまでの涙とか絶望とか自己嫌悪とかが、嘘みたいに。
また、夢を追う気になれたんだ。
◆
狼兄ちゃんから艦内の清掃作業の説明を聞きながら辿り着いたのは、他の隊員の自室群からは離れた個室。
医務室近くの、小さな部屋。
狼兄ちゃんは、その扉を小さくノックしてから、専用の解除キーで扉を開けた。
ーー最初に感じたのは、薬品の匂い。
だけど不快になるほどじゃない。
室温や空気中の成分が、随分と調整されているらしい。
部屋に入るなり感じた安堵感は、経験したことのないものだった。
「ろーくん……?」
カーテンに仕切られたベッドから、か細い声が聴こえた。
「邪魔するぜ、木乃香」
狼兄ちゃんは、普段の大雑把さが嘘みたいにゆっくりゆっくり、とても静かに歩を進め、ベッドの上の人物と二言三言話してから仕切りのカーテンを開ける。
そこから姿を現した女の人と、目が合った。
ベッドの上で上体を起こし、分厚い紙製の本を手にしている人。
小柄で、痩せ細った人だった。
でも、上品で儚い美しさがある人だった。
色素の薄いプラチナブロンドの長い髪の一部を三つ編みにして前に垂らした、白いワンピースのお姉さん。
暖かそうなカーディガンも羽織っている。
心配になるくらいに、肌も髪も服も、お姉さんの全てが白い。
狼兄ちゃんと並ぶと、狼兄ちゃんの黒い作業着が喪服に見えるくらい。
対してお姉さんの雰囲気は、あまりに純粋で、ひたすらに純白で。
ーー花嫁、みたいだった。
「……こんにちは、犬丸くんだよね。ろーくんから良くお話聞いてるよ。わたしは木乃香=レインズフォード。こんな身体だけどコズブレで栄養士をやらせてもらっているの。よろしくね」
「あ、えっと、よろしくお願いします! あの……木乃香、姉ちゃん?」
「ふふ、初めて呼ばれる呼び方だ」
「まあ、俺が『狼兄ちゃん』らしいからな。そうなるか」
木乃香姉ちゃんがくすくす笑って、狼兄ちゃんまで苦笑する。
木乃香姉ちゃんが、狼兄ちゃんを見上げた。
「でも、珍しいね。ろーくんが私の前に誰かを連れてくるなんて」
「あ? あー……お犬のことはまあ、気に入ってるしな。可愛い弟分みたいなもんだよ」
「……狼兄ちゃん、おれ泣いちゃう。キャパオーバー起こしちゃう」
「はあ? 何でだよ。ほんっと泣き虫だなお前……」
呆れたように肩を竦めた狼兄ちゃんが、おれに近付きまた頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
だってこういう好意的な感情向けられるの、おれ慣れてないんだよ。びっくりしちゃうんだよ。
木乃香姉ちゃんがさっきから優しく微笑みかけてくれてることだって、嬉しいんだよ。
泣きそうに潤む目をごしごし手の甲で擦っていたら、ふわ、と綺麗な空気に混じってタバコの匂いが漂ってきた。
狼兄ちゃんの作業着に染み付いている匂いだ。
そういえば木乃香姉ちゃんは病弱だと聞いたけど、恋人のはずの狼兄ちゃんがタバコを吸っているのは良いんだろうか。
でも、おれのその疑問はすぐ掻き消える。
狼兄ちゃんが落ち込むおれを励まそうとしたのか、お決まりの話題を振ってきたからだ。
「ほら、泣くなよお犬。元気出せって。……お前の大好きなヒーローは、そんなすぐ泣かないんじゃねえの?」
狼兄ちゃんの言葉に、おれは弾かれたように顔を上げる。
にやつく狼兄ちゃんに対し、目を丸くする木乃香姉ちゃん。
「ヒーロー?」
「うんっ! あ、木乃香姉ちゃんは知ってるかもしれないけど……おれね、コズブレに昔居た、すっげー強いパイロットさんに憧れてここに来たんだ! 名前は【デイブレイカー】!」
「ああそれそれ、デイブレイカーさんな。それで? そのデイブレイカーさんとお犬は、なーんかあったんだっけか?」
「へへっ、何回も話してるじゃん、狼兄ちゃん! 昔、おれを助けてくれたんだよ! もうすっごいかっこよかった! それでなんて言ったと思う? 『サングラスをかけりゃ、誰でもいつでもヒーローになれる』だって! シビれる! かっちょいー!」
おれはテンション高くおれのヒーローへの憧れを語り、自分がキャスケット帽に付けていたゴーグルを片手で触る。
「……このゴーグルも、デイブレイカーの影響なんだ。おれ、サングラスは持ってなかったから。でもあんなヒーローになりたくて、勇気のスイッチっていうかおれのヒーローの証っていうか変身アイテムっていうか……うん! 勇気のしるし! ピンチの時はこのゴーグルをかけたら、心が前を向く気がするんだよ!」
まだ気休め程度だけど。
本物のヒーロ=には程遠いけど。
でも、おれだっていつか。
おれの話を、狼兄ちゃんはいつも、それはそれはとても楽しそうに聞いてくれる。
そういえば狼兄ちゃんに気に入ってもらったきっかけは、たまたま目の前でデイブレイカーへの憧れを語ったことだったかも。
凄く熱心に、時々にやつきながら聞いてくれたから。
もしかしたら、狼兄ちゃんはデイブレイカーと知り合いでファンなのかもしれない。
それからおれはきらきらとしたデイブレイカーへの憧れとおれ自身の夢を狼兄ちゃんと木乃香姉ちゃんに語って。
当初の目的通り、木乃香姉ちゃんに厨房での雑用の注意事項をあらかた教えてもらって。
弾むような足取りで、木乃香姉ちゃんの自室を後にした。
「んじゃっ! まずはお掃除頑張ってきまーっす!」
「おー、頑張れよー」
デイブレイカーの話をしたからだろうか。
初心に返った気がする。
勇気と元気が湧いて、笑顔になれる。
もっと勇気をおれにちょうだい、と変身アイテムのゴーグルをかけて、通路を走って。
狭くなった視界に対応できずまた転んで。
……やっぱりこんな風にかっこ悪く転んだ時点で、おれはおれの未来を察しても良かったのかもしれない。
◆
teller:狼月=ブラッドレイ
お犬から『デイブレイカー』の話を聞いて、にやにやと、にやつきを未だに表情から消せずにいたら。
木乃香に咎めるように苦笑された。
「……もう、ろーくん。意地悪だよ? そんなに嬉しそうにしちゃって」
「わりぃわりぃ。でもさ、嬉しいだろ」
そう言ってまた笑って。
デイブレイカーへの憧れをあんなにきらきらした瞳で語るお犬の表情を思い出して。
作業着のポケットから取り出したもんを掲げて、部屋の灯りにかざす。
「……嬉しい、だろ」
俺の手にある漆黒のサングラスは、光を浴びてなお闇を保っていた。
未だに存在を、強く主張していた。
――かつて散々俺と共に在った夜明け前の象徴を、俺は未だにその手に掴んでいたのだ。




