その2 ヒトのかたちの出来損ない
★宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ!
第一話『少年A・犬丸=スプリングフィールドは人間に非ず』
その2 ヒトのかたちの出来損ない
諦めたつもりは、なかった。
多分、諦めなかったからおれはまだ生きてる。
だけどおれは、勝てなかった。
撃墜された後の記憶は、ひどく曖昧だった。
おれにとっての勇気の証を身につけたはずだった。
ゴーグルに縋って、ヒーローになろうとしたはずだった。
だけどおれの変身は、見事に失敗した。
ゴーグル越しに世界を見たのに、足掻いてやろうと、逆転のチャンスを探したというのに。
機体の揺れの衝撃で、おれは呆気なく気を失い、そのまま戦艦に回収されて。
――おれは今、司令室で正座させられている。情けないことに。
◆
――さて、改めて。
おれの名前は犬丸=スプリングフィールド。
年齢はぴちぴちの16歳。
大人への憧れはあるけれど、人生経験とか性格とか精神年齢とか、色々、とにかく多分。
まだまだおれは子どもなんだろうなあとは、自分でも思う。
そんな、ポンコツ。
それがおれ。
人間擬きの、出来損ない。
かつておれは、軍事惑星に制圧された故郷の星を、正義の組織【宇宙防衛隊コズブレジェンダーズ】に救われた過去を持つ。
その時からずっと、おれはコズブレジェンダーズ、略してコズブレに強烈な憧れを抱いていた。
だから数ヶ月前に密航同然で、コズブレの巨大戦艦【ファンタジア】に乗船を決行して。
無理を言って土下座する勢いで、何なら周囲の隊員の足に縋り付いてしがみついて、物凄く強引な形で、念願のコズブレの隊員にしてもらった。
……わけ、なんだけど。
コズブレは、人型ロボットーー【アプローズ】を駆って、宇宙に蔓延る悪を成敗するのが主な仕事だ。
【アプローズ】は、搭乗者の『勇気』を原動力にして動く。
勇気が強烈であればあるほど【アプローズ】は高い戦闘能力を発揮するし、逆に少しでも精神がマイナス、ネガティブな方向に傾き、勇気が損なわれれば、がつんと動かなくなってしまう。
勿論、戦術や機転も大事だけど、心の力で強さを発揮できる【アプローズ】の仕組みに、おれはとても惹かれていた。
なのに。
おれはコズブレの末端戦闘員として初めて試験用【アプローズ】に搭乗させてもらって以来、とんでもない失敗を重ねてばかりだ。
なんと言うか、機体がおれの言うことを聞かない。
すぐに機体が暴走してしまう。
勢い余ってしまう、という言い方が一番正しいかもしれない。
いつもおれがイメージしている以上の動きを【アプローズ】は見せて、おれはそんな機体の動作についていけず、振り回されてばっかりで。
あらぬ方向に機体が飛び回って、軍事惑星の兵器とか宇宙海賊側のロボットを道連れにする形で【アプローズ】を大破させたり、大仰に動きすぎるせいで相手の良い的にされて呆気なく撃墜されたりでーー色々、やらかしすぎて。
なんと今日で、機体を派手にぶっ壊して十回目。
ついに二桁。
被害総額については考えたくない。
今のおれじゃ絶対に支払えない額のことは確か。
幸い流れ弾とかで味方の機体まで巻き込むような失敗をしたことはなかったけれど、一緒に戦場に立つ身となったらおれ以上に味方に危険視されてしまうやつもそうそう居ないと思う。
ほら、その証拠に。
司令室の空気が、とんでもなく重い。
おれは目の前の冷たい視線に耐え切れず、慌てて周囲にちらちら視線どころか顔を向けた。
でも、無情にも司令室に居るほぼ全員に目を逸らされた。
ーーどうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
そんな不毛なことをいくら考えても、今さらどうしようもないことくらいわかっている。
司令室に居る大半は、おれの面倒を任せられていたコズブレ内の一小隊の隊員さんたち、それとエンジニアさんたちの面々。
だめだ、味方が誰一人として居ない。
完全におれの孤立無援状態だ。
でもおれの今までの失敗を考えると、これではもうみんながこんな冷たい反応をするのも仕方ない、と思う。
「――犬丸=スプリングフィールド隊員」
「ひゃっ、ひゃい!」
可愛らしいソプラノで名前を呼ばれたと言うのに、おれの声は恐怖でひっくり返っていた。
正座しているおれとは違い、その子は、艦長室の座り心地が良さそうな椅子に座っていた。
机越しにおれをじっと見据えている女の子。
銀髪の長いツインテール。
黒いリボンに黒い軍帽、ゴシックロリータ調の衣装を着て、透明なヴェールで素顔をうっすらと隠した幼い女の子。
と言ってもヴェールは限りなくスケスケで、あどけない素顔はわりかしばっちり見えてるのだけど。
幼い女の子、と言う言い方をしてしまったが、おれはこの子の正式な年齢を知らない。
何せ、この小柄な少女こそ――我らがコズブレの戦艦【ファンタジア】 の女艦長・千永=バイアットちゃんなのだから。
何でこんな容姿のちみっこい女の子が艦長なのか疑問は尽きないけど、少なくともおれが入隊した時には既に千永ちゃんは艦長だったので、まあ、何か裏でとんでもない事情が働いたんだろう。多分。
「犬丸=スプリングフィールド隊員」
「え、はい、聞いてるっす!」
おれは正座したまま、ぴんと背筋だけを伸ばす。
だってわかるんだ、千永ちゃん、めちゃくちゃ怒ってる。
先程、おれは宇宙海賊との戦闘で機体を派手にぶっ壊したばかり。
しかもそれは初犯じゃない。
やっぱり、きっと、と言うか絶対、千永ちゃんの堪忍袋の緒はとっくのとうに切れている。
おれがもうほとんど死刑宣告みたいな状況で判決を待っていたら、千永ちゃんは残酷な判決を言い渡した。
「犬丸隊員、今日限りで貴方はクビです。あなたの迂闊なミスで艦内設備や乗員にこれ以上被害を被らせるわけにはいきません。限界です」
「うええっ!?」
思わず立ち上がってしまった。
クビ、おれがクビ。憧れのコズブレを。
さっ、さっ、と順々に同僚たちに涙目で視線を送る。
が、ものの見事にスルーされる。
と、言うことは。
おれが居なくなっても、別にみんな困らないということで。
それどころか、おれが居なくなれば、みんなはむしろ嬉しいかもしれなくて。
そう思うと無性に悲しくなって、ぶわっと情けなく涙が零れて。
「やあだ!! やだやだやだやだ、いやですーーーーー!!」
おれはその場に寝転がり、じたばたと駄々をこねた。
それはもう、幼子のように。
【アプローズ】に乗りたい、ちゃんと宇宙の平和を守りたい。
『あの人』みたいな、かっこいい大人になりたい。
幼年期のおれを助けてくれた、サングラスの兄ちゃん。
今は引退して行方知れずらしいけどーーコズブレ歴代最強のパイロットにして、宇宙最強のヒーロー・【デイブレイカー】。
おれの憧れ。
おれのヒーロー。
ああいうヒーローになりたくてここまで来たのに。
ーーおれも、人間に、なりたかったのに。
でも、この場に居るほぼ全員が、冷たく蔑むような目をおれに向けている。
ああ、それもそうだ。
他人に迷惑をかけるだけかけて、自分本位の我儘で、居座りたいと騒がしく駄々こねて。
やることなすこと、誰の為にもならなくて。
流す涙の勢いだけはいっちょまえで。
どう、しよう。
これじゃおれ、ずっと、人間になれない。
良いことをしなくちゃ、正しくいきなくちゃ。
おれは、ずっと――。
「ばーーか。いい歳してみっともなくギャンギャン泣いてんじゃねえよ、お犬」
突然。
冷えた空気を壊すかのように、からっとした声色が耳に届いた。
同時に、おれの頭に衝撃が走った。
そんなに痛みはないけど、棒状のもので頭を叩かれたような感覚はある。
振り返ると、そこに居たのは黒いもじゃもじゃ髪かつ、喪服みたいにこれまた真っ黒な作業着を着た、背の高い兄ちゃん。
「狼兄ちゃん……」
この人は狼月=ブラッドレイ。
愛称は狼兄ちゃん。
コズブレの本拠地である、この戦艦ファンタジアで働く清掃員のお兄さん。
面倒見がいい人で、おれを『お犬』と呼んで、まるで本物の兄ちゃんのように接して気にかけてくれている人だ。
狼兄ちゃんの手には清掃用のモップが握られている。
どうやらさっきは、あのモップでおれを小突いたらしい。
狼兄ちゃんは司令室だと言うのに堂々とタバコを吹かしながらおれの首根っこを引っ掴み、千永ちゃんを見やる。
「いきなりクビってこたあねえだろ、艦長さんよ」
「……貴方が口を出す問題ではありません。下がりなさい」
おれなら震えるくらいの圧を発する千永ちゃんの瞳に睨まれても、狼兄ちゃんは一切動じないし臆さない。
千永ちゃんの言葉には応じず、狼兄ちゃんはぐるりと司令室内を見渡す。
おれを囲んでいた人たちの表情が、強張っていく。
狼兄ちゃんの視線があまりにも真っ直ぐだろうか。
しばらくして、狼兄ちゃんはおれを引きずったまま踵を返し、司令室を後にしようとする。
千永ちゃんが、それを冷たく呼び止めた。
「……どこに行くのです、狼月」
「だってあんたらは、お犬要らないんだろ? だったら俺の下によこせよ。そもそもいくら人手不足とはいえ最初から戦闘員任せるなんざ無茶だろ。お犬はまだガキなんだし、俺がまず雑用係として戦艦のルール叩き込めばいい」
どこか楽しそうにそう言うと、狼兄ちゃんは本当に司令室を出てしまった。
おれを引きずったまま。
司令室を出るなり、首根っこから手が離れ、とすりとおれは膝をつく。
狼兄ちゃんが、しゃがんでおれの顔を覗き込んだ。
「そんなしょげんなよ、お犬。自分にやれることからこなして返り咲きゃいい。諦めるにはまだはえーだろ?」
狼兄ちゃんの言葉に、おれは上手く答えられなかった。
だって、まだ泣いてたから。
狼兄ちゃんの計らい。
嬉しかったのかもしれない。
まだあきらめなくてもいいと励まされて。
悔しかったのかもしれない。
狼兄ちゃんに助けられないと、何もできない弱い自分が。
役を、棄てたはずだった。
おれは、主人公になりたかった。
一番のライトを浴びたかった。
だけど今のおれはあの頃の、ただの少年Aのおれ以下。
脇役以下、だ。
諦めたくない。これはおれの本心。
まだ足掻いていたい。これもおれの本心。
だけどあの日、ヒーローに憧れてから。
あの日、夢を一人で誓ってから、もう十年。
十年、だ。
ステージに立っているつもりだけど、本当は。
舞台から降りろと、目障りだと石を投げられて、それでも泣きながら、おれは舞台にしがみついている。
主役になれないし、人間にもなれない。
舞台に上がる資格すらない。
おれはまだ、人間じゃない。
だって人間だったら、正しく優しく潔く舞台を降りて、誰も不快にさせないんだろう。
実際のところ、おれは。
夢をまっすぐに追えてすらいなかった。
夢にしがみついて、諦め悪く離そうとしないだけだった。




