エース
東都市マーコヨハを出てから約3日、僕は西都市カサオーに到着した。
カサオーは他の都市に比べると少し貧しいところではあるが、様々な食文化を持ち、飢えとは無縁であるおかげか明るく人情味がある人が多い。
嫌な見方をするなら楽観的な思想が根付いていると言えるかもしれない。
10年前の戦いで一番被害が無かった都市でもある。
何十年間もなんとかなってきているこの現状が、このゆるい雰囲気を作っている。
カサオーは勇者が自殺したとされている場所から一番近い都市である。
その割には、特に荒れている様子が無い。
それとなく飲み屋付近で聞き耳を立ててみたが、何も聞こえてこなかった。
まだ世間に出回っていないようだ。いや、隠されている?
それならどうやって…。
「いたいた、よかったー私の読みが当たって」
横から女性が近づいて来て、僕の顔を確認してニコッと笑った。
「ヌイさん!?」
彼女はヌイ=グッド。新聞屋レプテスのエースであり、勇者が自殺したという情報を入手した女性だ。
ぱっと見はどこにでもいる普通の人である。
髪型も顔つきも体つきも服装も声色も、特徴的な所は無い。
強いて言うなら持っている鞄が大きいくらいだが、あちこち行く人だと知っていれば当然の大きさ。
見た目の印象に引っ張られると、気が付いた時には情報を抜かれているというわけだ。
「えと、僕を待っ…探していたのですか?」
「うん、きっと君が来ると思っていたし、来るなら最速の馬車だろうし、ちょっと柄が悪そうな所から攻めるのが君のやり方っぽいし」
怖いくらい的確な推理。
はずれた場合のこととか考えないのだろうか?外見はともかく中身は普通ではない。故にエース。
「個室予約してあるから、話はそっちでしましょう」
たまにしか会わないから毎回驚かされる。
僕が新聞屋としてこの人のようになれることはあり得るのだろうか?
僕がいた場所から都市の中心街に向かって行き、洒落たお店へと案内される。
店内は暗めの照明で、ほぼ満員というのを感じるが誰の顔も見られない。
奥の個室に連れてきてもらう。窓に向かって二人が並んで座る小さな部屋。
どう考えてもカップル向けの個室。ヌイさんが先に座り、僕が後から座る。
頑張って端に座っても拳一つ分くらいしか隙間ができない。
僕がどうにかもう少し広げられないかと考えている間に、ヌイさんはささっと注文を済ませてしまった。
「まだ馬車で移動してきただけだと思うけど、何か拾い物あった?」
店員がいなくなると、さっそく仕事の話になった。
普通無いのが前提ではあるが、ヌイさんはいつもこの質問から始める。
何を考えてそれを聞いているのかを確認したことはないが、そのおかげか記事に関係ありそうなものをなんとなく探すクセがついた。
ただの移動の中で二人の人間に話を聞こうと思ったのはこれが影響していると思う。
「すみません、特に情報は得られませんでしたが…」
「が?」
「この件について取材をしました。二人ほど」
「取材?」
ヌイさんがちょっと驚いた顔をした。
それを見て、僕は重大な失敗をしていることにようやく気が付いた。
まだ記事にしていないことを口外している。新聞屋としてあるまじき行い。
顔から血の気が引いていくのを感じていると、ヌイさんがふふっと笑った。
「普通だったら大目玉だっただろうけど、これに関しては大丈夫だよ」
「な、なんでですか?」
その言葉に安心半分心配半分の状態になった僕は、ヌイさんにすがりつくように質問する。
「大丈夫っていうか、第一報は誰もが納得するところからでないと印象が悪い。
だから新聞屋の仕事はその一報が出る前に裏取りすることだよ。"本当は何があったのか?"世間が知りたがるのはここだからね」
誰もが納得するところ。国王や勇者一行からということだろうか。
ヌイさんが伝言だけよこしてここに残っているのも、記事の内容がまだ薄すぎて新聞屋としての質を問われかねない。勇者が自殺した、その一文だけで本当だとどうやって思えるだろうか。
それではその後の記事に悪影響が出てしまう。
ヌイさんが僕の失態について何も思っていないことがわかりほっとする。
その様子を見て、ヌイさんが僕の話に戻した。
「それで、その取材で何か聞けたの?」
「はい、僕としては面白い話が聞けたと思っています」
「へぇ、どんなの?」
勇者の自殺について、まったく異なる二人の人間の思いをヌイさんに伝える。
僕としてはなかなかの発見だと思っていたが、言葉にしてみるとなんだか軽く感じた。
結局はなんの根拠もない妄想。取材にもなっていないただの感想。
これが本当に記事に使えるのか?
みるみる僕から自信が抜けていくが、ヌイさんは最後まで普通に聞いていてくれた。
むしろ、興味深そうにしているとさえ思えた。
「君、あと何人くらいにその話を聞こうとしていた?」
「特に決めてはいませんでした。聞けるだけ聞こうかと」
「ふーん…。勇者信者の君がねぇ。うーん、むしろ君だからか?」
ヌイさんが何か考え始めると、注文したものが運ばれてきた。
テーブルにおいしそうな料理や飲み物が並ぶ。
普段口にしないものばかりで僕は目を泳がせていたが、ヌイさんにとっては珍しくもなんともないようだった。
特に乾杯とかもすることなく、ヌイさんは自分のお酒に口をつける。
僕は黙って次の言葉を待った。