視点
「休憩中ですか?」
護衛の男性の真横くらいまで来て僕はそう尋ねた。
「まぁな」
要件をどうぞ。無言だがそんなニュアンスが伝わってくる。
「朝聞かせてもらった話の続きをいいですか?」
僕は丁寧かつ手短に言った。
「別にいいが、なに?そんなに勇者が好きなの?」
「それもありますけれど、勇者と戦ったことがあるあなたから聞いてみたい話があります」
そして、少しためらいがちにこう尋ねた。
「勇者が自殺してしまったことをご存じですか?」
たったの二回。それだけで僕はこの言葉がすんなり出てくるようになっていた。
キャッチーな雑談を振るような態度に、心が慣れてきてしまっている。
「ん?自殺!?」
男性は険しい顔でそう聞き返してきた。
驚きつつも信じていないような反応。それだけ、そんなことをするイメージが無かったということ。
それは僕も同じである。
「はい、僕もまだ話でしか聞いていないのですが、どうやら本当らしいです」
男性は腕を組んで首をひねる。
なんでそんなことになるのか?そして、なんでそんなことを俺に聞くのか?
僕が新聞屋という立場であることがじわじわと染みてくる。
「それで?俺から何を聞きたいわけ?」
特に話を打ち切る理由は無いが、意図を聞いておかないと気持ち悪いといったところだろう。
「たいした理由はありません。色んな人に話を伺って、何を思うのかを集めているだけです。それをまとめて記事にするかもしれませんが、誰の言葉であるかを出すことはしないです」
少し僕を疑うような態度をとっている。
だが、自分は勇者を見たことがあるだけである。引き出されるものなど無いし、あえて嘘を話す意味も無い。おそらくそんなことを考えているのかも。
「勇者が、自殺ねぇ…」
男性は天を仰いで少し考える。
「そうだな。それだけを聞いて俺が思ったのは、嘘なんじゃないかってことくらいかな」
僕のことを見ずに、つぶやくようにそう言った。
「勇者は実はまだ生きているということでしょうか?」
「いや、もしかしたら殺されてしまったんじゃないかってことだよ」
足が浮き。めまいがするような感覚に襲われた。
心が急に膨らんで大きさのわりに空っぽになったような、ふわふわした感覚。
その線も当然考えた。いくらあの勇者とはいえ、例えば身内に裏切り者がいれば。
現実味がある。自殺なんかよりも。
「どうして、そう思いましたか?」
この人は僕が見えていないものを見ている。そういうことなのだろうか?
「変な話だけどさ、世界を平和にするのに他に方法が無かったのか?って思っている奴らがいる」
「他の方法、ですか?」
「あぁ、戦いに参加してなかった奴からしたら世界が平和になってバンザイって感じだろうが、人によっては勇者が原因で始まった戦いってことにもなりえるからな」
ちょっと意味がわからなかった。
世界を平和にするために、勇者が戦わざる負えなかったのではないのか?
「えーと、新聞屋は勇者のことをどう思っているんだ?」
「尊敬しています。僕は勇者に命を救われていますので」
「…なるほどね」
とても含みのある言葉だった。
そして、男性は自分の考えをこう語ってくれた。
「各地でそれなりに問題があったのは事実だけどさ、世界の危機なんてどれだけの人間が受け入れていたんだって話なんだよ。
台風や地震の被害があったとしても、次起こった時に備えるだけで根本を無くそうなんて話にはならないじゃないか。人によってはうまく付き合っていこうという考えもあって、それを勇者がいたずらに大きくして、世界が平和になった代わりにそいつらの生活が無くなってしまった。勇者きっかけで起こった大きな戦いがいくつかあるわけだから、なくはない話だろ」
あぁ、これはたしかに僕には見えていなかったことだ。
世界の危機があって、勇者のおかげで世界が平和になった。僕はそう聞いた。現に僕は助けられている。
でもそれは、僕が今こうしてそれなりに幸せな生活を送れているからである。
戦いに参加させられた者、戦いに巻き込まれ被害を受けた者、勇者の行いに懐疑的だった者。
世界の危機なんて、普通に暮らしていたら感じられるわけがない。
だから…。
そもそも勇者に巻き込まれたのかもしれない?
思わず僕は爪が食い込むくらい手を強く握った。
僕は今、勇者を否定しようとした?
それを打ち消そうといくつもの言葉が浮かび上がる。勇者が称えられているいくつもの理由を並び立てる。
それらはいつも僕を安心させてくれた。
だけどなんでだろう?今は何かに引っかかってうまくいかない。
「大丈夫か?」
頭の中がぐるぐると回り、僕はこの男性と会話をしていることを一瞬忘れてしまっていた。
「す、すみません。そういう、考えもあるのですね。貴重な意見です」
「だといいけど、そこまで勇者を肯定している人だったとはな」
動揺しているのが顔に出ていたのだろう。
男性はここまで深刻に話をするつもりはなかったようで、これ以上する気はなさそうにしていた。
もう少し聞きたいところがあるが、僕としても冷静に聞いていられるとは思えなかった。
「ありがとうございました。僕はもう休みます」
僕は立ち上がり、馬車の方へ体を向ける。
それを追うように、でも引き止めるわけでもなく男性は最後にこう言った。
「あぁは言ったが、勇者ってのはすごい存在だった。現に世界は平和になっている。
だから、勇者は勇者でいいと俺も思っているよ」
僕は何か返事をした気がしたが、振り返ることはなかった。