戦闘
気が付けば二日目の夕方。
一泊したズシオから目的地のカサオーまでの間に町や村は存在しない。
故に、今日は馬車の中で眠ることになる。
比較的開けた川のほとりに馬車を並べ、大きな焚火が作られる。
暖められたスープとパンが配られ、昨日の晩御飯とは比べ物にならないほど簡単な食事をいただいた。
そもそも、移動中のお昼ご飯も同じようなものなわけで、普段だったら残してしまうかもしれないようなものなのだが、不思議とおいしく食べられてしまう。
空は少し明るさが残っているが星がちらほらと見え始めている。
少しだけ寒い風がスープの温かさを際立たせる。
固くて味気ないパンだが、火の前で食べていると気分が踊る。
子供の頃、毎日のように思い描いていた勇者の冒険の一幕。そんな幼心が蘇る。
もちろん楽しいことだけではない。
トイレは無いし虫も出る。普段いかに自然から離れているかを思い知る。
そして危険もある。獲物を求めて彷徨う獣や、旅人を襲う盗賊がいるかもしれない。
そんな時のために雇われているのがあの男性たちだ。
明け方話した人以外に、あと三人いる。みんなどこか、所謂普通ではない。言葉が通じる同じ人間というだけで棲んでいる世界が違うのだろうと感じていた。
明日も日中は馬車の中なのだ。
僕は眠くなるまで火と星をぼーと眺めていようと思った。
最初はみんな揃っていたのだが、一人また一人と馬車へ戻っていき、客で外にいるのは僕だけになってしまった。
だからと気を使ってもらえるわけでもなく、運転手と護衛で話をしていて僕は一人だった。
こういう人たちにも取材したいところだが、ただの雑談で終わってしまうのは避けたい。
そんなことを思いながら気長に座っていると、急にピリッとした緊張感が走る。
周りを見ると、まずは護衛の人たちが武器に手を添えながら山の方に視線を送っている。
その様子が何を物語っているのか運転手はわかっているようで、同じく山に目を向けながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。
静まり返り、焚火と風の音だけが聞こえる。
きれいだった夜空が、突然暗黒へと変わった気がした。
「来ているのか?」
この馬車の責任者が静かな声で護衛に聞く。
「あぁ、残念ながらただの様子見でもなさそうだ」
護衛の人がそう言うと、責任者が僕の腕を引く。
「戦闘になります。あわてず馬車の中へ避難してください」
その人の顔は真剣そのものだった。
怖くなってきているが、僕はまだどう危険な状態なのかわかっていない。
馬車での長距離移動は何度もしているが、こんなことは初めてだった。
言われた通り、僕は馬車に乗り込む。
本当はもっと奥に引っ込んでいた方がいいのだろうが、新聞屋の職業病か、少し顔を出して外の様子を見守った。
馬車の運転手たちも隠れると、護衛たちは少しずつ広がっていく。
すると、山の右端からかすかに音がした。
じっとそちらを見てみるが、特に何も出てこず護衛の人がそちらに構えているだけ。
ギャン!!
逆側から甲高い悲鳴のような音がする。
体を強張らせながら視線だけがそちらに向いた。
護衛の人の剣に、四足歩行の獣が突き刺されている。
最初の音は囮だったのだ。右に集中させておいて、左側から襲う作戦。
恐ろしい。自然とはこんなにも厳しい世界なのか。強いだけでも賢いだけでも生き残れない。
「来るぞ!」
護衛の掛け声とほぼ同時に獣の群れが飛び出してきた。
作戦は失敗したのだ。引き返しても良さそうだが、それほど飢えているのか、はてまた仲間の弔いか。
瞬く間に一匹また一匹と飛び掛かってくる。
しかし、護衛の人たちはそれを剣でいなし、地面に倒すことができた奴を他の護衛の人が仕留める見事な連携で倒していく。
三匹に剣を突き立てたところが、さすがに勝ち目が無いことを察して逃げていった。
その足音は目に見えている数より多く、聞き取れた数よりも多かったのかもしれない。
終わってみれば圧勝、誰一人ケガをすることなく、地面には獣の死体が転がっているだけだった。
危険が去ったことが乗客に伝えられ、少しの間騒がしくなる。
とても怖い思いをした安堵からか、上品そうな客も興奮しているようだった。
たしかに、こんなスリルは金を積んでも味わえない。
外野から見ているだけだったのに、命のやり取りは本能を引き付ける魔性の儀式だと思った。
護衛の人たちが山から戻ってきた。
獣の死骸を山の方へ運んでいっていたのだ。できれば朝にしたかったが、死は次の戦いを引き寄せるとのことらしい。
あれだけの戦いをして、重たい獣を背負って山から下りてきているのに、護衛の人たちに疲れが見えない。
すごい人たちだ。高圧的な感じはやはり苦手だが、その強さには憧れてしまう。
そんな、尊敬のような眼差しで状況を見守っていると、明け方話をした護衛の人が一人休憩に入っていた。
話を聞くチャンスかもしれない。僕はそう考えて馬車を降りる。
真っすぐ近づいていくと、向こうもすぐに気が付いた。
「ん?…あぁ、朝あった人か」
はぐらかした?ことを覚えていたのか、その人は苦笑いをした。