A year later
"それは願いを叶える軌跡の石。されど試練からは逃れられない"
願いとは、タサン病から家族同然の村人達を守ること。
軌跡とは、家族のために命を分け与えてきた人達の歴史。
試練とは、いずれ訪れるであろう争いの予言。
私は、そんな伝統から逃げるように集落を出た夫婦の間に生まれた娘。
物心がついた頃から歩き続けていた。
文字や数え方はもちろん、生きていく術を両親から学んだ。
そして、旅を続けている理由も包み隠さず教えられた。
当時の私はもちろん、今の私からしてもただの両親の思い出話でしかない。
後にその集落やその種族がどうなったのかを知っても特に思うところはなかった。
そんな私に、少しだけ気になる人物の話が舞い込んできた。
その前に伝えられたあの子の死もショックではあったけれど、あまりいい死に方はしないような気がしていた。
人を訪ねることなんて滅多にしない上に、些細な興味だけで来てしまうのは初めてのことかもしれない。
さて、こんな私を相手にちゃんと話をしてくれるだろうか?
聞いた限りだと、気になる点以外は普通の青年のようなのだが。
この辺に住んでいて、仕事帰りと思われるおじさんに声をかける。
探している人物の名前を伝えると、ラッキーなことに知っていてくれていた。
「あぁ、ここを真っすぐ行くとドアが青くて目立つ家があるからそこですよ。
でもまだ仕事中でしょうから、長いとあと二時間は帰ってこないかも」
付き合いもあるようで、彼の生活リズムも知っていた。
「ありがとうございます。のんびり待つのには慣れていますので」
「待つと言っても陽が暮れてしまいますが」
私の身なりを見て少し警戒してはいるものの、一応女性であることを心配してくれている。
近くにある明るい飲食店まで教えてくれて、おじさんは去って行った。
さすが東都市マーコヨハ、民度が良い。
教えてもらった道を歩いていくと、言われた通りの青いドアが目に入った。
たしかに目立つ。周りの家はもちろん、この家もドア以外は白とか茶色とかよくある色である。
私はこのドアの色の意味を知っている。海と空はこの世界の象徴、そこから一歩外に出た先が我々が暮らす領域。
でも知らないこともある。最近のことならともかく、何年も前にこのドアにするのは結構勇気がいることではなかったのか?知らないけど。
部屋の電気は消えていて、試しにノックしてみるがやはり反応は無かった。
おじさんが言う通りまだ仕事中なのだろう。
私は荷物をドアの前に置き、ドアを背もたれにして座った。
膝にひじを立てて頬杖をつく。
誰も歩いていない静かな場所。貧相ではないが、大きい家や新しい家は無く、どこか寂しさがある。
一人でいる時間の方が圧倒的に多いのに、こう人の営みに囲まれると孤独を感じさせられる。
まぁ、ここは私の世界ではないのだから当然か。
そういう意味では彼は私と正反対の道を選んだのかもしれない。そう思うとまた少し興味が湧いた。
ぼーとひたすら待つ。狩りのように集中力がいらない分楽である。
長い時間をかけて何人か私の目の前を通り過ぎた。
みんな特にリアクションは無いものの、やっぱり少し警戒はされていた。
そして、ついにリアクションをとっている人物がこちらに近づいて来ている。
きっとこの家の家主だろう。
私は彼を見ることなく、目の前に来るまで夜になろうとしている空を眺めていた。
「あ、あの、僕に何か御用でしょうか?」
人と話すにしては離れた位置から声をかけられた。
いつものことなので慣れている。
なるべく清潔にはしているが、何度も汚しては洗ってを繰り返しているボロボロの服、ずっと陽に当たって焼けている肌、あきらかに石鹸で洗っていない髪、きっとそんな女はこの都市にいないだろう。
男だったらもっと警戒されているのだろうなーとも思っている。
十分怪しまれているところからスタートしているので変な前置きはいらない。
むしろ、さっさと自己紹介をした方が向こうにとってもいいだろう。
「私はジェミ。冒険家で、勇者ライブと一緒に旅をしたこともあるよ」
私の名前を聞くと、彼はわずかに震えて驚きの表情を浮かべた。
声こそ上げないものの、思っていたよりも大きな反応があった。
「えっ?あの、それは本当ですか?
ジェミさんってほとんど写真がないからお顔とかわからないのですけれど」
なるべく失礼が無いように、私が本物であるかを確認しようとしている。
「残念だけどそれを証明するものは持っていないよ。
昔冒険家仲間だったリトから君のことを聞いてね。少し話をしてみたくなったから来てみただけ。
相手できないっていうなら、このまま去るよ?」
そんなことを言われて彼はますます困っていた。
そこから何かを思いついたようで、こんなことを言ってきた。
「…マズー霊石のせいで勇者は死んだ」
忘れていた何かを思い出すように、彼の目がだんだんと真剣になっていく。
「やっぱり、君がシーノ=イノブくんだね」
彼の身なりはどこにでもいる会社勤めの男性であるが、頭の前半分には薄いターバンが巻かれていた。




