業務
「もしかして馬車に乗って来た人かな?」
客相手にしてはフランクな話し方だが嫌な感じはしない。
馬車の護衛とは違い話し慣れていて、しっかり笑顔だ。
あとは、売ってやるという気持ちを感じない。
普段は店の中だから服や肌に汚れはないが、接客があるのに気を使っている様子が無い。
どう見ても買い物をしにきていない僕なんて無視でもよいのにわざわざ声をかけにきたのは、ちょっとした暇つぶしかもと思ってしまった。
昔は武器や防具を売っていて、平和になってからはそのツテで農具に切り替え、ついでに勇者効果で一山当てた男性。
まだ働ける年齢だが、すっかりアガってしまっている。
こういうタイプの人はもっとがっついてもよさそうだが、この村の雰囲気にほだされたのだろうか。
「はい、ここのことを知っていたのでせっかくだからと」
僕も視線を向けて笑顔を返した。
新聞屋をやっているクセか、話しやすい空気を作ろうとしてしまう。
「遠い所から来たの?西都市とか?」
「いえ、マーコヨハです」
そうなの?と口には出さなかった店主は少し不思議そうな顔をした。
わからなくもない。泊りで往復することになるとはいえ、割と簡単に来られる距離だ。
昔はマーコヨハから大勢来ていて、一度でも観光に来ていれば、わざわざここにはもう来ない。
普通の人からしたら、ここは元聖地なのだ。
僕ですらお土産をみてもの悲しさを感じているくらいに。
「あの、ここって武器屋とかだったのですよね?」
「そうだよ。見ての通り今は農具屋って感じだな。武器なんてここじゃもう売れないからね」
なら、なんでまだ置いているのか?
あのお土産も同じような状況ではないのか?
僕は少しこの男性に興味が湧いた。
同じ、勇者の存在に人生を左右された者として、この人はあの話を聞いたら何を思うだろうか?
そして、それを聞いて僕は何を感じるだろうか?
目的地まではまだ遠い。かならず記事を書くという約束もある。
この瞬間、僕はできる限り取材をしていくことを決めた。
「すみません、勇者について少しお話を伺いたいのですが」
「いいよ。聞かれるのもひさしぶりだな」
店主は軽く腕を組んで笑った。
ちょっとうれしそうにしているように見える。
「勇者が剣を買った時のことって覚えているのですか?」
まずは何度も話したであろう事から。
「あぁ覚えているよ。だって変な組み合わせだったからな。
まだ幼さが残る少年と、やたら威厳がありそうな老人、あとはその二人には似つかわしくない若い女。
剣を売るのを一瞬ためらったくらいだよ」
老人が師匠であるピスケで、女性の方がジェミ。
ジェミは名が売れ始めた冒険家で、この時に偶然出会っていたから後々また一緒に勇者と旅をすることになる人だ。
「なるほど。そういう感じですと、その時から何か感じるものがー…というのは無さそうですね」
僕はあえて消極的な聞き方をする。
「それがそうでもないさ。今にして思えばってのもあるが、あんなにまっすぐな子供を見たのはひさしぶりだった気がするよ。子供ってさ、遊びに夢中になることはあっても、周りの雰囲気がわからないわけじゃないだろ」
当時はそれだけ生きずらかったということだろう。
戦うことを決意している子供もいただろうが、その子達の顔はきっと険しかったに違いない。
それと比べて勇者は…という話だ。
店主は感慨深そうにしている。
この話をするのは本当にひさしぶりだったのだろう。話に気持ちがこもっているようだった。
「では、その子が勇者になったんだとわかった時は驚いたんじゃないですか?」
「それはもちろん。ここじゃ大物なんて生まれないからな、あの時受けた違和感はこういうことだったのか、なんてうぬぼれたこともあったよ」
店主は笑いながらお土産に視線を落とした。
あの時受けた衝撃を原動力に、このお土産ができたことを思い出しているのかもしれない。
店主の感情がそこそこ高まってきたのを感じる。
僕は本題を出すことにした。
「そうでしたか。こういうところでも勇者の存在って偉大ですよね」
「たしかに。平和になった後もこうして支えてくれるんだから、ありがたいよ」
「そうですよね。あんな話が出回っていますけど、きっとでたらめですよね」
「ん?あんな話って?」
心が沈んでいく感じがする。
新聞屋としては正しいが、勇者を崇拝する者としてはどうなのか?
それ以前に、実行できてしまっている自分はなんなのか?
僕は、公私を分けられているのか?
「あっ、聞いたことなかった感じですか…」
「なんだよ?なんか嫌な話っぽいけど、気になるよ」
少しためらった感じを出してから、僕は様子を伺いつつ話始める。
「その勇者が、自殺してしまったらしいですよ」




