勇者の葬儀
ウィルコさんの親戚が言うには、例年通りならまだちょっと先だったらしい。
勇者の葬儀の日、ゆらゆらと雪が降っていた。
まばらな小さい粒が空からゆっくりと下りてきて、地面について消えていく。
積もることは無さそうだが、昨日よりも冷え込んでいた。
ソリーサさんとウルスさんは上着を持ってきていたが、ワナキーオからカサオーへ戻る予定だった僕は何も持っておらず、これも親戚のお世話になった。
肌さわりが良く、厚手で温かいのに僕が持っているものよりも軽い気がする。とても高級なのなだろう。
ウィルコさん、ソリーサさん、ウルスさん、付き人の2人、そして僕。
親戚の家から歩いて葬儀の場へと向かう。
出かける時に挨拶をしてから、誰も一言も発しない。
重い雰囲気というわけではなく、それぞれ思うところがあるからか、心なしか足取りが早い。
僕はというと、純粋にとても緊張していた。
あれこれ考えておきたいことがあるのに、とにかく心臓が早いだけで頭は回っていない。
まるで走馬灯のように、これまでの旅を思い返すことしかできなかった。
ちょっとだけ仕方のないことだとも思っている。なにせあっという間に門前払いをくらって終わる可能性があるのだ。これまでの苦労が一瞬で消える怖さ。逆に緊張しない奴は賭博狂いとかくらいだろう。
先頭を歩いているウィルコさんが足を止め、手に持っている地図に目を落とて、目の前の建物を見つめる。
「ここのようです」
それなりに大きな建物ではあったが、もともとは別の目的で建てられたもののようで、葬儀をするような所には見えなかった。
庭は手入れされていて、壁は古くはないがきれいというわけでもない。
両開きのドアは閉まっていて、そこには誰もいなかった。
正式に葬儀をする気はないのか?
勇者を弔うよりも、隠し事の方が重要ということなのか?
勇者の自殺には何かあると確信を得ると同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
もしその隠し事が勇者ではなく別の何者かのためであったら、とても許してはおけない。
「シーノさん、よろしいですか?」
ウィルコさんが僕に準備はいいかと尋ねてくる。
「…はい」
良い意味でも悪い意味でも、できることはもう無い。
ウィルコさんの付き人二人がドアを開けてくれる。
大きな赤い絨毯が引いてあり、その少し先には女性が立っていた。
黒い服を身に纏っていて修道女かと思ったが、どちらかというと魔法使いのようだった。
髪には白髪が混じり、年齢は60歳くらいに見える。
女性は一人ひとりの顔を確認していき、僕を見つめてこう言った。
「どなたですか?」
バクバクと動いている心臓を掴まれたような気がした。
低い声で落ち着いついた雰囲気なのに、敵意のようなものを感じずにはいられなかった。
「こちらはシーノ=イノブさん。最近始めた事業を手伝ってもらっています。
その、私の不注意で葬儀のことを聞かせてしまい、実は彼もライブさんと交流を持っていましたので…」
ウィルコさんが事前に打ち合わせておいた僕の素性を説明してくれる。
「なるほど、事情はわかりました。ですが、ここへ立ち入ることはできません」
でしょうね。と思ってしまうほど予想通りの反応だった。
どんな理由で誰がつれてきたとしても、きっと同じ反応だろう。
だけど、ウィルコさんの説明を疑っている様子は無い。
少しくらいなら食い下がってみる価値があるかもしれない。
「どうしてもダメでしょうか?ライブさんは僕の命の恩人なのです。せめて最後に感謝を伝えさせていただけないでしょうか」
正体は嘘であるが、伝えたことは紛れもなく事実である。
「申し訳ありませんが、例外はありません。ですが、埋葬を遠くから見守るくらいなら構いません」
断られている間、僕はソリーサさんをちらりと見た。
この女性があの魔法使いなら何か感じ取っているかもしれない。
ソリーサさんも女性の声に耳を澄ませていた。
わからないというより、必死に昔の記憶を呼び起こしているように思える。
もう少し何か情報がほしい。
僕は黙って女性を凝視した後、何かに気づいたような演技をしながらこう聞いてみた。
「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
女性は少し目を細め、僕の真意を探るような顔つきになったがすぐに答えてくれた。
「タリサージと申します」
その名を聞いて、下を向いていたソリーサさんが顔を上げた。
そして、僕に見えるように首にかけているペンダントを手に握る。
それは、あの魔法使いであるという合図であった。
いきなりの発覚に思わず声が漏れそうになる。
もしかしたら勇者を訪ねた時に自己紹介をしていて、それをソリーサさんが聞いているかもしれないと考えた故の質問であった。
聞いたことがあるその名前が、ソリーサさんのあの日の記憶を蘇らせる。
おそらく葬儀のどこかでも名乗ることがあっただろう。
でもこの場面で名乗ってもらえたからこそ、僕も魔法使いの名前と人相を知ることができた。
僕にしてはかなりの大成果である。
これなら、葬儀に参加できなくともやれることがあるかもしれない。




